♥13
セイラは頑固な性格をしているが、決して人の言うことを耳に入れようとしないレベルではない。
きっと話せばわかるし、最善の選択がそれであると理解するだろう。「最善の選択」が果たして彼女の意見を百パーセント飲むことかはわからないが。
しかし、結果的にそうなる。砌原が嘉代子に告白しなかったら、そして振られていなかったら事態は難航しただろう。
嘉代子はまるで自分がセイラの操り人形かのように感じた。触るのだって、砌原との関係だって、禁止しているのはセイラ一人だ。そして自分はそれを受け入れている。不満がないと言えば嘘になるが、セイラのためなら喜んで傀儡になろう。
虚言やその場しのぎの言葉では断じてない。小説という嘘物語を書いているからといって、嘘が得意なわけではないのだ。心の底から、本気。
その代わり、セイラは嘉代子の傍にずっといる。職も持たず、家からも出ず、仕事から帰る嘉代子を迎え入れるだけのヒモ女。
嘉代子はセイラの命を握り、セイラは嘉代子の精神を握っているのだ。その関係が心地良い。共存でも、同棲でもなく、共依存。
なのに、寝室にセイラがいない。
せっかく謝ろうと思ったのに。深夜近いコンビニでプリンを買ってきたのに。
そこにはベッドと、それに不釣り合いなほど豪勢な金のドレッサーのみだった。鏡は妖しく嘉代子の顔を映す。
化粧品はオレンジやレッド、ブラウン系が占めていたが、最近はコーラルが増えた。そして気恥ずかしそうに、隅っこに桜色の区画がある。
「セイラ?」
やけに暑かった。湯気がでそうなほどむわっとしていて、かすかにゴムの匂いがした。
たまにこういうことがよくある。不快とまではいかないが快では決してないので、カフェカーテンを退けて窓を開けた。すかさず網戸で閉じ、夜の風だけを浴びた。
おでん屋台とは打って変わって、その空気は冷淡だった。まだ冬の名残を残しつつも、春は確実に近づいている。いや、地球は回る。私たちが春に向かっているのではないだろうか。
結局、セイラは嘉代子の前に姿を現さなかった。やっぱりまだ拗ねていたりするのだろう。
さっき風呂場で彼女の新しい抜け毛があった。星をかき集めたような金色の一本線。それすらも愛おしい。
そして、明日にはセイラに会えると確信している。なぜなら、紺珠賞の発表だからだ。彼女がそれを見逃すとは考えられない。絶対的な信頼がそこにある。
嘉代子はベッドに潜り、リビングに向かって少し大きめに叫んだ。
「おやすみ、セイラ。また明日ね」