♥1
朝の白さは目に沁みる。
窓から強く差し込む光は熱く、朝と言ってもほぼ昼に近いのだろうと悟った。やっぱり、カフェカーテンなんか選ぶんじゃなかった。
嘉代子はベッドから起き上がらずに、その眩しさに目を細める。枕元に置いたスマホを手さぐりに掴んで時刻を確認した。……もう十一時を過ぎている。
「セイラ?」
「おはよう。よく眠れた?」
隣で寝ていたはずの人物がいないことに不安を覚え名前を呼んだが、すぐに返事が返って来た。ベッド横にあるドレッサーの前に座っていた。なんだ、すぐそこにいたじゃない。
嘉代子はようやく眠い目を擦りながら体を起こした。布団がやけに重く感じた。外から灯油販売の音楽が流れているので、曜日感覚を忘れつつあったが日曜日だとわかった。思いきり体を反らせ、脳を覚ます。セイラの「あはは」という笑い声が聞こえた。
セイラはドレッサーの鏡を覗いていた。金色の長い髪が日の光を浴びてサテンのように輝いている。嘉代子は彼女の美しさに見惚れるとこで、一日の始まりを感じるのだ。
「どうかな、これ」
半開きの目にセイラの顔が映る。彼女はブラウンのアイシャドウにアプリコットのリップを塗っていた。頬骨あたりのチークは控えめで、その代わり瞼が輝いている。この間嘉代子が買ったバレンタインコフレの一部だった。
「セイラ、ブルべじゃん。なんでその色にしたの」
「変?」
「……そういうわけじゃ、ないけど」
彼女が使っている化粧品は嘉代子のものだ、セイラはそもそも持っていない。嘉代子とは違ってブルーベースの肌が羨ましい。にもかかわらず、彼女はイエベメイクだった。
「でしょ? 肌の色なんて関係ないのよ。好きなものをつければいいの。嘉代子は気にしてるようだけど」
実際、セイラの化粧は似合っていた。「私、可愛い!」と言いながら鏡の前ではしゃいでいる。その度に彼女の白いネグリジェの裾が宙に揺れた。
対して、嘉代子は真っ黒なボブカットに色気のない上下セットのスウェット。女を捨てていると言われそうだが、世の女はそんなもんだ。セイラが例外というのが正しい。
「だけど、世間がどう言うかわからないじゃない。周りはピンクのあたしなんて求めてない。赤が似合う、気の強そうな女だよ」
「世間? 今更?」
セイラが鼻で笑った。シャドウがちらちらと星の瞬くように輝く。そして椅子から降り、嘉代子の眼前に顔を近づけた。少し顎を動かせば、お互いの唇が触れ合うほど。セイラは意地悪そうに囁いた。鼻にかかる吐息は春のように生温い。
「……『世間』は私たちのことを知ってるんだよ?」
「全部は知らないでしょう。そんなことより、これはキスしていいってこと?」
「駄目だよ!」
嘉代子から離れ、またドレッサー前に戻った。柔らかな声でぴしゃりと言い放たれた「駄目」は妙に心地よかった。
「私たちはそういう決まりでしょ。お互いを愛してるけど、触れ合ったら駄目。キスもハグも、手を繋ぐことだって」
「……わかってるよ」
ようやく嘉代子はベッドから降りた。布団の外は思ったよりも暖かかった。
「セイラ、朝ごはんは?」
「まだ」
「じゃあ『あひるごはん』だね。ケロッグにしよっか」