そうだ、逃げよう
ベッドに寝転び、ぼーっとしていると、いつのまにか寝てしまっていたらしい。ベランダから差し込む光が鮮やかなオレンジになっていた。レースカーテンがひらひらと風にそよがれている。夕日が透けてとても幻想的だ。
カーテンを閉めようと立ち上がると、タイミングを見計らったようにノックの音が響く。
「どうぞ」
ノエルだろうか、それとも私が起きたことに気づいた使用人の誰かが様子を見にきたのか。
そう思いながら返事をすると、扉の隙間からすぐ見えたのはボロボロの外套だった。
「ひ!?」
奇襲者か誘拐犯か!?
慌てた私はそばにあった重そうな本を手に取る。何かあった時の盾にしようと構えるが、相手は動かない。チラッと本の影から窺うと、扉を背にしている。さらによく見ると外套の顔あたりから涙が何粒も落ちていた。
嘘、泣いてる? え!?泣いてる!?
「あの……」
いても立ってもいられず声をかけてしまった。
「知らない人に声をかけては行けません」と言われた幼い頃の記憶が蘇る。が、そんなの知るかと思考から追い出した。
「……ァ」
「はい?」
「リヴィア……!」
外套が駆け出し、私に抱きつく。驚いたが、先程の声は聞き慣れた優しい女性の声だった。
外套を頭から外し、顔を見ると予想通り。
「母さま?」
「リヴィア、リヴィア……!」
「落ち着いてください。どうされたのですか?」
泣き続けている母をソファへと促し座らせると、ハンカチを手渡した。
卒業パーティーのことが耳に入ったのだろうか。ここまで母さまが取り乱しているところを私は見たことがない。いつも落ち着いていてふわふわしている母がこんなになるなんて、パーティーのことしかないだろう。だとしてもこの外套は一体?
「……急にごめんなさいね。時間がないの。動きやすい服に着替えましょう。お父さまが帰ってくる前に逃げなければ」
泣き止み、落ち着いた母さまが私のドレスを脱がし始める。何が何だかわからないが、今、母は逃げると言った。泣いていたのはやはりパーティーのことだったか。母さまは手を動かしながら説明をしてくれた。
「リヴィア、あなた殿下に婚約破棄されたのでしょう? 友人いじめの濡れ衣を着せられて。お父さまは優しい方だけれど、エヴァンス公爵であり、この国の宰相よ。殿下に婚約破棄されたあなたをどうするかわからない。裏口に馬車をお願いしているから、王都から一旦逃げましょう」
「お父さまが……?」
家族を愛している父が私に何かするだろうか。連れ子とはいえ、お父さまは私に愛を注いでくれた。だが冷酷宰相と呼ばれる父だ。その名は自国だけでなく他国にも知られている。可能性がないわけではない、かもしれない……。
「さあ、いきましょう」
ワンピースを着せられ、外套を羽織らされ、私たちは馬車へと向かった。