弟、ノエル
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9歳の頃、母さまは再婚した。
その家は母さまの実家のフリエル伯爵家よりも家格が高くて、私はその旨の話を聞いた日からずっと緊張していた。
「大丈夫よ、リヴィア。新しいお父さまもあなたのことを楽しみにしているわ。1つ年下の弟もできるのよ」
念願の兄弟ができる。楽しみで、でもちょっと不安で。そんな気持ちのまま当日を迎えた。
「エヴァンス領、クロフォード家へようこそ。領民一同、歓迎するよ。さあ、ノエル」
「ノエル・ウィリアム・クロフォードです。これからよろしくお願いしますね」
初めて会ったエヴァンス公爵とノエルは邸の前で私たちを出迎えてくれた。お父さまは威厳のある方だったけれど、その全身が愛に溢れていた。
私は恥ずかしくて母さまの後ろに隠れてしまった。でもそんな失礼な私にもノエルは優しく微笑みかけてくれて。
その微笑みがあまりにも美しくて、彼は絵画から出てきたんだとしか思えなかった。
「ほうら、リヴィア。ご挨拶は?」
母さまに促されて、私は慌てて大きく息を吸いこむ。そこで呼吸が止まっていたことに気がついた。
「ッ! けほっ」
「大丈夫ですか? ゆっくり呼吸をして」
初対面なのにまともに挨拶もできず、それどころか咳き込んでしまった私にノエルはずっと優しかった。
「落ち着きましたか?」
「はい……。ありがとうございます」
「それでは」
ノエルは私の顔を覗き込みながら、そっと手をとった。
「よければ僕にお名前をお聞かせくださいませんか、レディ」
その姿は大好きな絵本で見た紳士そのもので。私はつい魅入ってしまった。
私たちの上で、母さま達が「あらあら」なんて会話をしているのも耳に入らなくて。
「オリヴィア・フォン・フリエルと申します……」
「オリヴィア、素敵な名前ですね」
そう言うとノエルは私の手を引っ張って走り出した。
「わっ!」
「父さん! オリヴィアにこの屋敷を案内してきます!」
「構わないが、父さんにもオリヴィア嬢と仲良くなる時間をくれよ!」
「はーい!」
ノエルはさっきまでと打って変わって年相応の無邪気な少年になった。柔らかい黒髪の巻毛に深い青の瞳が印象的な彼は、私の方を振り向くといたずらっ子のように笑った。