ともだち
「どうして? まさかクロフォード嬢がそのようなことを言うとはな」
先ほどの私の呟きを拾ったらしい。殿下は私の方に一歩ずつ近づいてきた。大理石の床に乾いた音が異様に響く。ホールは音がしないほど静かなわけではないのに。
違う。あなたに言ったのではないわ!
そう心の中で言うけれど、もちろん相手には伝わらない。
頭を下げ続けている私には正確な姿は見えない。けれど殿下の気配が近づいてくるのはわかる。乾いた靴の音が重なっていく。
「あなたはそこにいるジル・ハント嬢と友人として仲良くしつつ、しかし裏では陰湿ないじめをしていたとの話が上がっているんだ」
「え?」
目の前に殿下の靴先が見えたかと思うと信じられない言葉が聞こえた。
——私が、ジルを……?
ジルは友人だ。それこそ、この学園に入ったばかりで仲の良い人もおらず孤立していた私に声をかけてくれたのがきっかけだ。そんなジルがなぜ?
あまりに信じられなくて、つい殿下の方へ顔を上げてしまった。
「なんだ、その知らなかったとでも言う顔は」
「っ、失礼いたしました」
顔を上げた拍子、殿下の奥に他の友人と共にいるジルの姿が見えた。友人に守られ、私の姿が見えないようにされていた。しかし人垣の合間に一瞬見えた彼女の顔は涙こそ流していても、口元には笑みが浮かんでいた。
その笑みは私の心の目を涙で濡らすのに十分過ぎるほどだった。いったい彼女は2年もの間どんな気持ちで私と過ごしていたのだろう。私が馬鹿なのか、人を見る目がないのか。これではまた叱られてしまう。
……いや、もう叱ってくれる人もいないのか。
そんな思いに囚われていたが、すぐに現実に引き戻される。
「誰にも見られることもなくうまくやったものだな」
殿下は私の顎を握るようにして掴み、無理やり上を向かせた。
「このお綺麗な顔に学園の皆が騙されていたよ。醜い魂が隠されていようとはね」
殿下の淡い金髪の奥にある冷たいアイスブルーの瞳が私に突き刺さる。それだけでなく顎を掴む手にも力が入ってきて骨が軋む。
「そんな辛そうな顔をしたって無駄だ。わたしは騙されない」
殿下はグッと顔を近づけて私を睨む。
騙してなんかいない。そもそも私はジルをいじめてなんかいない。そう言いたい。……でも。
その間も殿下は手を離さない。力は緩まることなく、だんだん強くなるようだった。
痛い、痛い! お願い、やめて!
痛みで涙がにじむ。しかしやめて欲しくてもそんなことは言えない。まして殿下を突き飛ばすこともできない。
私は“ジルをいじめた”女。殿下の敵。たとえ助けを期待しても誰一人として動かないだろう。こんなに大勢が集まっているのにまるで誰もいないみたい。当たり前だろう。誰だって不利益は被りたくない。
私一人のために殿下の機嫌を損ねたくはないだろう。
そう、きっと誰もが。
「殿下」
嗅ぎ慣れた爽やかな香りがわたしの鼻腔をくすぐった。