服を着ろ
そして俺は何とか楓の父親と会わない方法は無いかと考えたが無理だった。
今日は部活があるから帰ってもらって、また後日という提案をしたのだが、絵麻に「あまり人を待たせるものではないわよ? 幸いやる事は無いのだから今日はもう帰りなさい」と言われたのだ……親交を深めるとは一体なんだったのか……
「あの感じの悪い車か?」
校門の前には長い高級車と言えば想像に難くない黒塗りのソレが停まっている……そう、リムジンである。
「そうそう! 普段はあんな車で迎えに来ないんだけどね。多分車の中で話しがしたいんじゃない?」
「嫌だねぇ……話す事なんて何も無いんだけど、まぁ楓と付き合う事によって少し学園生活の面倒事が減るから付き合うけどね」
「あは! もう少ししたら本気で私に惚れちゃうよ〜?」
この自信は何処から来るのだろうか? ツインテールからなのか? 三次元で金髪ツインテールにするくらいだ……あのツインテールには何かある……わけない。
俺達が車の前に着くと、運転席から男性が降りて後部座席のドアを開けた。
「失礼します」
俺は軽く挨拶をして車内に入る。 車内は広く座席は縦に二つ並んでいる形だ。
「そこに座りたまえ」
車内に入るとすぐに楓の父と思しき、スーツ姿の男に着座を促された。あまり似ているとは思えないが、それなりに整った顔であると言えるだろう。
俺が座ると、それに合わせて楓も座った……俺の膝の上に。
「おい」
「なに?」
「何って事は無いだろう。おま……君の親御さんに挨拶をしたいんだけど、これじゃあ顔も見えないからどいてくれないか?」
「いやだよ〜」
この女……質が悪い。俺もふざけるのは嫌いではないが時と場合、それに相手の気持ちくらいは考えるぞ。
「ふざけているのかな?」
楓の父親が俺にそう言うが、どう見てもふざけているのは貴方の娘さんでしょう。
「いえ、僕にそんなつもりはないのですが、楓さんを退かそうにも親御さんの前で娘さんに触れるのも、また問題があると考え……正直どの様な対応をしても不正解に思えて困っているというのが本音です」
「なるほど……君は頭が回るみたいだな」
お宅のお嬢さんは頭の上で何か回ってますけどね。
「2人とも、私の事は気にしないでお話ししていいよ!」
「楓はやはりお母さんに似て可愛いな!」
なんだこの親子……とりあえず父親が親バカなのは分かった。いや、馬鹿親の可能性もあるか。
「すみません……それでこの状況はどうしたらいいでしょうか?」
「堪能したまえ」
そう言った楓父の顔は至って真顔であった。
まぁ父親がこの状況に文句が無いなら、彼女の父親への初めての挨拶時に、彼女が彼氏の膝の上に乗っている事は一先ず置いておくのが無難……なのか?
「えっと、じゃあ自己紹介はこのまましても失礼ではないでしょうか?」
「んーん? 娘の楽しそうな顔見れるんだ! 失礼なんてあるはず無いだろう? それに君の事は聞いているから自己紹介の必要は無い……僕の名前も君は知る必要無いだろう! 君は僕をお父さんと呼ぶのだから!」
あ! こいつアレだ! 駄目なヤツだ! この父親には言っておかないと後々面倒な事になりそうだな。
「あの、僕と楓さんの関係についてなんですが……」
「いやいや細かい話しは必要ないよ! その事についても聞いているからね。どちらにしても付き合っているのは事実なんだ。僕と妻もね、初めは形だけのものだったよ。しかしね、中身というのはソレを入れる入れ物……つまりは何らかの形があって初めてソレを入れる事が出来るんだ……わかるね?」
こえーー! 何だよこの人? 凄え良い顔で何か語り出しちゃったよ! 全然意味わかんねーよ‼︎
「はい、わかります」
「そうか、良かったよ。じゃあ娘を頼むよ? 一先ず2人を君の家まで送ろう」
「パパ、ありがとう。でもね?」
「どうした楓?」
「だったら最初から荷物降ろさせないでくれない?」
楓の正論を笑って流す楓父。そして意外にも家までの道中、俺と楓の話しは無く、楓父は自分の妻、つまりは楓の母が如何に素晴らしいかを語り続けた。
「それじゃあパパ、ママと水入らずを楽しんでねー」
そうして俺達は家の前で車を見送り、妹の待つ家の扉を開けた……別に待ってはいないだろうが。
「ただいま!」
「おかえりー……?」
心のおかえりに疑問符が付いているのは、ただいまを言ったのが俺ではなくて楓だからだ。
「あれ? 華香院さん?」
「不束者ですがよろしくお願いします」
「え? 何? お兄ちゃん? どういう事?」
「今日ウチに泊まるんだってさ。もしお前が嫌なら今からでも……」
「あぁなんだそういう事か。私ちょうど今日友達の家に泊まりに行くからご飯だけ一緒に食べようと思ったんだけど、華香院さんがいるなら寂しくないか!」
「……いやいや心? さすがに2人きりはマズイよーお兄ちゃん想定外だよー」
心が泊まりに行く? 楓を心に押し付けてゆっくりしよう作戦が台無しだ……
「何がマズイの? 恋人同士なんだから2人きりでマズイ事なんて無いでしょ?」
恋人同士だからマズイんではないでしょうか?
「私としては心とも親交を深めたかったけど仕方ないなー楽しんで来てね!」
「うん! 私も明日の夜には帰って来るけど、それまで華香院さんいる?」
「いない!」
「お兄ちゃんには聞いてない」
「心さえ良かったら明日も泊まるー」
「全然構わないよ! お兄ちゃんと仲良くしてあげてよ! じゃあご飯2人分作ってあるからよかったら食べて? 私は早めに友達の家に行くとしよう!」
俺を置き去りにして話しは進む。
何が、心さえ良かったらーだ。キャリーバッグ持って言ってもな……確実に元々明日も泊まる気だったろこいつ。
その後既に支度は済んでいたらしく、心は10分くらいで友達の所に行ってしまい、俺と楓はリビングの椅子にテーブルを隔て向かい合わせに座っていた。
「お腹空いたら言えよ?」
「ノアのペースでいいよー」
これ1番困るやつだ……俺のペースなんて無いに等しい。
いつも家では心のペースで動いている俺としては決めてほしいものだが……まぁ他人の家で自分のペースで動く程非常識な人間では無いか。
「お前風呂は浸かる?」
「家では一応夏でも毎日入ってるよ」
「あっそう、じゃあお湯入れてくるわ」
「一緒に入る?」
「俺、お湯浸からないタイプだから」
「お湯浸からないダイブ?」
「何が何でも入らせようとすな! 俺シャワーだけだからそのまま浴びちゃうわ」
「恥ずかしがらなくてもいいのに〜」
「お前みたいな幼児体型にそんな感情はねーよ」
――――――――――
「はぁ」
俺は髪を洗いながら考える。
俺の描いた生活からかけ離れてる。俺は人と関わらず平和な生活を送ろうとしていたのに……別に人が嫌いな訳ではないし、むしろ人は好きなんだが……関わるとなると面倒なんだ。
中学生の時は関わったせいで面倒な事があった。
小学生から中学2年生までは、自分で言える程には人気者な学生生活を過ごしていたが、とある出来事から俺は学年、クラスからはぶかれた。
俺としては、その結果自体は嫌なモノでは無かったのだけど、同じ学年に心がいるという事まで考えられていない子供であった。
その時の事も考えて、この学校では初めから人と関わらない選択をした。結果的に言えば余計な事だったんだろう……
心はそんな俺を心配して無理矢理にでも人と関わらせようとしたのだと俺は思っている。
でも少し違うんだ……俺は人は好きだけど別に自ら関わりたい訳ではないんだよ。
例えば動物が好きでも、好きだから絶対に飼う訳では無く、世話やかかる費用などを考えて飼うか決めるだろう。
好きだからってだけで飼える訳では無い。人も同じで好きだから関われるモノでは無いのだ。
まぁ部活のアイツらは嫌いじゃない。面倒な奴等だが関わっていても不思議と疲労感は無い。ただゆとりには気を使わせてしまっている気がするのは何故だろうか?
まぁいいや、考えても分からんしそろそろ出るか。
「えー? ノア、ダル着だと細すぎない? 筋肉つけないとー」
俺の風呂上りの姿を見ての反応がこれ、まぁ運動もしてないし筋肉なんてつかないわな。体質なのか脂肪もつかないのは良かったと思ってる。
「いいから入って来いよ」
「そんなに私のお風呂上がりの姿を見たいの? はっ! それとも覗く気⁉︎」
「覗くんなら一緒に入ってるわ!」
「つまんないなー。じゃあ行ってくる」
よし決めた! シャワーの音が消えたらちょっとイタズラしてやろう! その間に飯の支度しちゃうか……考えるのもダルいしいつものペースで食べよう。
暫くしてシャワーの音が消え、どうやらお湯に浸かっているみたいなので脱衣所にいない事を気配で確認して開ける。
「楓? 入るぞ?」
「うひゃ‼︎」
風呂の中から素っ頓狂な声が聞こえてくる。
「どうした? 一緒に入ってもいいんだろ?」
「まっ…………どうぞ〜」
全く……察しのいいガキは嫌いだよ。
「ごゆっくり〜」
さて、それなりに面白い反応も見れた事だし部屋でいつもの作業を済ますか。
「ノアー?」
俺が部屋で作業をしていると楓の声が聞こえた。
15分くらいか? 長風呂はしないタイプなのかな?
「……すぐ食える? 後はご飯よそうだけだけど」
「大丈夫だよ! それより何の反応も無しなの?」
そこには下着姿の楓がドヤ顔で立っていた。
先程のイタズラの仕返しのつもりなのだろう、妹持ちをなめるな! 女子の下着姿などなんて事ないわぁ‼︎
「ん? 生憎だけど女みたいに下着が可愛いとか拘りは無いな、それより家でも下着姿なのか? イタズラのつもりなら風邪を引く前に服を着ろ」
「は? 少しは動揺したりとかないの⁉︎」
「別に無い。動揺させたかったら全裸で待ってるくらいするんだったな」
「くぅ……服着てくる……」
まぁ実際全裸で待ってたら動揺ってよりマジで引くだけなんだけどね。