リア充
「ただいま」
俺は玄関の妹の靴があるのを確認して言った。
すると妹が「おかえり」と言いながらリビングからパタパタと足音を立てて玄関までやってきた。
毎度思うのだが、わざわざ玄関まで迎えに来るな。お前は理想の新妻か!
「何そのネクタイ?」
絵麻といい、女という生物はこんなにも目敏いのか?
女はみんな探偵にでもなればいいのではないだろうか?
「説明するのが面倒なんだが……」
「ふーん、でも私は説明するまで聞くから説明しないともっと面倒な思いをするよ?」
何だその、したり顔は?
ある一件から心は俺の事を何でも知りたがるようになった。別に隠すような事も無いからいいのだけれど、そんなに引きづらなくてもいいと思うのだが……まぁいいか。
「華香院楓と付き合って交換したんだよ」
「……え? 何で?」
「何でって、うちの学校にはそういう風習があるんだろ?」
「ちがうちがう。何で華香院さんと付き合ったのか聞いているのであって、風習がどうだとかそういう話は今どうでもいいの。わかるかな?」
何で? から一度もまばたきをしていない所に恐怖を感じるが……何故か浮気がバレた夫の気分になる。
「付き合った理由か……ドラマでもあるまいし、学生が付き合うのに大した理由なんてないだろー。まぁお前、仲良くして紹介しろって言ってたんだ。丁度いいだろ?」
「いやいや仲良くしすぎじゃない? それにお兄ちゃんに限っては理由も無しに恋人なんて作らないでしょ!」
相変わらず俺に対する理解度が高い妹だな。
「わかったわかった、ちゃんと話すからそこどいてとくれ。着替えたら話すよ」
そう言って俺は妹を通り過ぎ部屋に入った。
――――――――――
「と。いうわけだ」
着替えてリビングのソファーに座り、俺がピンクのループタイをするに至った理由を説明した。
「なるほどねぇ。まぁ確かに華香院さんと付き合ってるって分かったら告白出来る子はそうそういないだろうね。でも別の弊害もあるんじゃない?」
「……男子からの妬みとかか?」
「わかってて付き合ったんだ? なら何か考えがあるんでしょ?」
やれやれ……全く当たり前じゃないか。
可愛い女と付き合ったら周りからの嫉妬は避けられないだろう。
だが、俺に関してそれは無い。絶対ではないが、まず無いと分かっている。
「心……お前は頭が悪いなぁ。こんな簡単な事もわからないのか」
「え? 何? そんなの分かる訳ないじゃん!」
「お前は俺の妹だろ?」
「うん……だからってそこまでの以心伝心は無理だからね?」
「お前が俺の妹だろ」
「いや、だから分からないって」
「いや、だから答えだよ」
「はい? ……はっ⁉︎ まさかお兄ちゃん私を利用するつもりじゃ」
「いや別に俺は何もしないよ? ただまぁ一年じゃ、ゆとり、楓もいるけど、心……お前も男子からかなりモテるだろう? 可愛い可愛い心ちゃんのお兄ちゃんに嫌われたい奴が果たしてどれくらいいるかなぁ」
「悪魔かな?」
失敬な奴だな。あくまで俺は何もしないんだから悪い事なんて何もないだろう。
成り行き状そうなるってだけの話なんだから。
あ……雨降ってきた……けど19時過ぎてるぞ。これなら絵麻の洗濯物は無事だろう。
「心? お兄ちゃんはお腹がすいたよ? 晩御飯は何かな?」
「この匂いでカレーって分からない人はカレーを食べた事無い人くらいだと思うんだけど」
「お兄ちゃんを馬鹿にしちゃあいけないよ? カレーの匂いには当然気付いているさ。しかしカレーにも色々――」
「うるさい!」
暴言を吐きつつもキッチンに向かう可愛い妹よ……お前がいつか嫁に行くと思うとお兄ちゃんもいつか結婚しなければならないと億劫な気分になるよ。
妹がキッチンでご飯の支度をしていると、テーブルに置いてある妹の携帯が鳴った。
「だれー?」
妹が確認しろと促すので画面を覗いて確認した。
「みかさんて人からだよ」
「お兄ちゃん……残念ながら私の友達に、みかちゃんはいないの。それは実家って読むの! 今手が離せないから出てくれる?」
はぁ……俺は実家に住まう馬鹿どもとは誰とも話したくないんだけどな。
「はい」
そう思いつつも仕方なく電源に出る。
「希望……? 久しぶり……ね」
義母だ……俺が電話に出るとは思っていなかっただろう。少し緊張しているみたいだ。
「そうだね。心は今手が離せないらしいけど何か伝言する? それとも掛け直させようか?」
「いえ、いいのよ。大した用事でもなかったから……希望は元気にしてた?」
「うん。まぁ普通だね。これからご飯だから用事が無いなら切っていい?」
「あ……ごめんなさい。希望……あの時の事も」
「俺の事はどうでもいいよ。嫌味でも何でもなく本当に気にしなくていいから。俺が言った事を忘れないでくれればいいよ」
「勿論わかってる……」
「ならいいんだ、それじゃあね」
電話を終えたが……少し感じ悪過ぎたかな?
どうも案配が難しいんだよなぁ! 面倒くさい! だから話したくないんだよ。
「誰だった?」
妹がカレーと飲み物を持ってきた。
「お母さんだった」
「そっか、なんだって?」
「大した用事じゃないから掛け直さなくていいってさ」
「そう、お兄ちゃんまた無愛想な対応しなかった?」
「そりゃしたよー!」
「もう……昔の事なんだから……」
「いや、まだ1年くらいしか経ってないし、それに……まぁいいや! 食べようぜ?」
「はぁ……分かったよ」
まぁ反省はしているんだろうけどね……心が許した分、俺は許してる素振りを見せてはいけないって思っているだけで、怒っている訳では無いけど、人は許されると自分の罪を無かった事にしがちだからな。
「あ、そうそう、お前楓の事不思議な人って言ってたけど何が不思議なんだ?」
「ん? あー話した事は無いけど、皆が言うようにクールに見えるんだけど、前に1人でいる時たまたま見かけてさ。その時に「楽しいなぁ」って言ってたの! 変じゃない?」
「何がだ? 楽しかったんじゃないのか?」
「だって皆から距離を置いていつも1人でいるんだよ? しかもその時の顔が凄く楽しそうだったの!」
凄いなアイツ……独特な感性をお持ちなようで……まぁ俺から見たらアイツは何でもアリな感じだが、はたから見たら変だな。
「まぁ……何か良いことあったんだろ」
「うーん、そうなのかなぁ……あの時の感じ、少しお兄ちゃんと被ったんだよねぇ」
「やめてくれ」
そんな話しをしながら食事を済まし、1日を終え眠りにつく……極度の不眠症の俺が眠れるのはいつも3時間くらいなのだが、眠れない日もあるので眠れるだけ良しとする。
――――――――――
そして今日も大して眠れずに妹と登校した。
朝から俺のループタイに気付いたクラスメートが何かこそこそと話してはいたが、直接聞いて来る奴はいなかった。
そして何事もなく昼休みをむかえる。皆それぞれ席をくっつけたり、友人と場所を移動したりして食べる昼飯。俺にはその良さがさっぱりわからん。
何やらいつもより騒がしいな……まぁ俺には関係ない。
友達のいない俺にはこのクラスで起こる事の全てが俺には関係ない。
素晴らしい! 俺は何事にも煩わされる事がないのだ!
「ノア、一緒にお昼を食べに来たよ」
ふう……何か聞こえたか? いや俺は聞いていない。
「ノア? 照れてるの? 彼女が一緒にご飯を食べに来たのにどうして無視するの?」
「彼女?」「マジかよー華香院さんがー」「あのループタイって華香院さんのだったの?」「あの2人が⁉︎」「でもお似合いかも」
俺は顔を上げた……それはそれは楽しそうな楓が立っていたよ……コイツ何のつもりだ? 嫌がらせか?
「ああ楓か。じゃあ場所を変えようか」
俺がポーカーフェイスでそう言うと更に楽しそうな表情になる楓。
俺の動揺する顔を見て楽しみに来たんじゃないのか?
だったら何の為に来た? 狙いが読めないぞ?
「うん、行こう」
俺が弁当を持って席を立つと笑顔で腕を絡ませてくる……周りに見せつけるのが目的か? 本性を知っている俺としてはただただ気持ち悪いのだが。
そしてストラップのように腕に纏わり付く楓と廊下を歩いているのだが……周りの好奇の目が実にうざったい。当然1番うざったいのは腕に付いてる奴なのだが。
「お兄ちゃん?」
友達と歩いて来る心と遭遇した。
「あ、あー心か。今忙しいからま」
「妹さん? 心さんだっけ? 一緒にお昼食べない?」
クソが‼︎ コイツは本当に何がしたいんだ!
「いや見れば分かるだろ? 心は友達と昼飯を」
「食べます!」
心さん? どうしたのかな? わかんない! もういいや……こういう時はなるようにしかならない。
妹は友達に謝ってこちらに寄ってきた。そして楓は何故か満足気な顔している。こうして何故か3人で昼ご飯を食べる事になった。
はたから見たらリア充に見えるだろうが、俺は今……爆発したいよ。