取り調べ
俺と楓はループタイを交換し、ピンクを俺が、青を楓がそれぞれ付ける。それをゆとりが呆れた顔でただ見ていた。
付け終わると部室の扉が開き絵麻が入ってきた。
「変人さん達全員来てたのね……あら? あなた達付き合ったの?」
目敏い女だ。 ものの5秒でループタイに気付きやがった! すると楓はわざとらしく恍惚とした表情を作り自分のループタイを触りながら俺を見つめながら言った。
「そうなんだぁ。私も付き合う気は無かったんだけど、俺のループタイでお前を縛りたい。なんて告白されたら流石の私も断れなくってさぁ」
「あら素敵な殺し文句ね。私はてっきり付き合ったというのはフェイクで異性に告白されるのが面倒な2人がてっとり早く私達パートナーがいますので空気を読んで告白などして来ないでね。という意思表示のためにループタイを交換したのだと思ったのだけど……私の勘違いだったみたいね」
楓の馬鹿な発言を一言で流し、完璧に俺達の意図を理解し言葉にする絵麻……素晴らしい女性だ。
そして今度は絵麻の完璧な推理を聞いた楓がしたり顔で言った。
「甘いね絵麻ちゃん! いや本当甘いよちゃん絵麻! 概ね正解なんだけど1つ間違っている事があるんだなぁ〜……私達はね本当に付き合ったのだよ! 詰めが甘いね絵麻ワトソン君!」
はい。デートもしない。気持ちも無い恋人です!
「希望……それ、本当なのかしら?」
絵麻が表情を変えずに俺に聞いてきたので、俺はただ「はい」と返事をする。変に言い訳する必要もない。
「ちょっと来なさい」
そう言う絵麻に手を引っ張られ俺は廊下まで連れて来られた。 後ろで楽しそうに「ちょっと〜私の彼氏とイチャイチャしないでよ〜」と楽しそうに言う楓を無視して絵麻は扉を閉めた。
「希望……あなた楓の事が好きなのかしら?」
「まさか! 昨日初対面だから嫌いでもないけど……てか本当にさっき絵麻が言っていた通りの理由だよ……ゆとりがやたら真面目で倫理を説いてくるから流れで付き合う事にはなったけど」
「……あなたは付き合うと言ったの?」
「まぁ……付き合わない? という問いに肯定的な意味合いの返答はした……かな」
「そう……自分の行いを呪いなさい」
何? 俺そんなマズイ事した? 誰も損をしない道を選んでない? 何で絵麻はそんな可哀想な奴を見る目で俺を見るの?
「何? 何でそんな目で俺を見るんだよ⁉︎」
「別に……もはや言っても手遅れだし。それに関係が無いこちら側としては見ものね」
そう言って部室に戻って行く絵麻。
1人の女性と形上付き合うという事にどれほどの問題があるんだ? まぁ何かあるならそれはその時対応すればいいだろう……絵麻にあの反応をさせる理由なんて考えたって分かりえないだろうしな。
一考し部室に戻ると楓は本を読み、絵麻とゆとりは2人で話をしていた。本当この部はなんなんだ? 部活動は無いのか? まぁ無いなら無い方が俺は楽で良いが……無いなら帰りたいな。
「ねぇ……帰っていい?」
俺がそう言うと、絵麻が話を中断しこちらに顔を向けた。
「駄目よ。昨日は途中で帰るのを許したけど今日はそうは行かないわ」
「別に先生の気がまぐれない限り何も無いんだろ?」
「そうね。その時までは交流を深めるのが部活動よ」
俺はゆとりの方に顔を向けた。
「うん。一応私も先生にそう言われてる」
どうやら絵麻の嘘では無いらしい。
「今伝えたのだから、俺は言われてないなんて子供みたいな事は言わない事ね」
「別に言わないけどさ……じゃああの窓際で本を読んで交流のない彼女は?」
「彼女? ああ、あなたの彼女ね。楓は楽しそうだと思ったら勝手に混ざってくるわ」
「なら楽しそうにするのはやめておこうか? それで? 交流を深めるって具体的には? 握手? それともハグでもするか?」
「それで交流が深まるのならアメリカ人は皆家族ね……まずはお互いを知らないと交流を深める事は出来ないわ」
交流を深めるってそんな簡単な事じゃあ無いけど……実際に交流を深めた所で何か部活動的に意味があるのだろうか?
しかしそんな事考えても仕方ないので俺はとりあえず椅子に腰をおろした。
「それで? どうやってお互いを知るんだ?」
「会話をするのよ。内容は何だって良い、そうすれば話してる内にその人の考え方や捉え方がわかるんじゃない?」
「それはお互いが嘘を吐かない前提の話しだろ? そんなの意味あるのか?」
「意味はあるんじゃないかな? 今だって希望君の考え方が1つ分かったよ? それとも今のは演技?」
……確かに。綽ゆとり……こいつは侮れない。
「それじゃあ希望? あなたはトロッコ問題を知っているかしら?」
絵麻が言った。
トロッコ問題。
線路を走っていたトロッコの制御が不能になり、このままでは前方で作業中の5人が猛スピードのトロッコに轢き殺されてしまう。
この時たまたま自分は線路の分岐器のすぐ側にいた。自分がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かるが、その別路線でも1人が作業をしており、5人の代わりに1人がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。自分はトロッコを別路線に引き込むべきか否かという問題だったな。
倫理問題だから法的な要素は入れない問題だったよな?
「知ってるよ。答えればいいのか?」
「そうね、お願い出来るかしら?」
「答え方は? 客観的に? それとも自分だったらどうするか?」
「じゃあどっちも答えてちょうだい」
「……自分で聞いといて悪いんだけど客観的は無理だわ。答えられない。 自分だったら何もしない」
俺がそう言うと、ゆとりの表情が少しだけ変わった気がした……気のせいか?
「理由は?」
「自分のせいで誰かが死ぬなんて嫌じゃん!」
「でも希望がいたから助かる人もいるのよ?」
「そうだね。でも俺は選ばない! 俺は俺の心を知ってる……あ、妹じゃないよ? そこでどういう選択をすれば俺にダメージが無いか分かっているつもりだ」
「つまり希望は5人を見殺しにすれば心的ダメージが少ないと言う訳ね?」
「数は大した問題じゃない……けどまぁそういう事になるね。2人はどうなんだよ?」
「私は1人を犠牲にするわ」
「私もそうするんだと思う」
「理由は? 功利主義的な理由?」
「そうね。いずれにせよ人が死ぬのなら犠牲者は少ない方が良いじゃない」
「私も究極的な所では数で選んじゃうんだと思う」
まぁ2人とも俺と考え方は違うけど理解は出来る。
単純に考えれば数だろうしな……じゃあ
「なら自分1人が死ねばその5人が助かるなら2人は自分の命を投げ出すのか? 数の問題で言うのならそういう事になるよね?」
「嫌よ! 前提に私が死なない事が条件よ! 私の命がかかるなら60億人だって◯ねばいいわ!」
絵麻……なんて人間らしいんだ。けど真理だな。
「私は……」
ゆとりは答えられないでいる。
「別に答えなくてもいいよ! 意地悪がしたかった訳じゃあないし」
「私も最初から何もしないかなぁ……5人は残念だけどねぇ」
楓が後から俺の首元に両手を絡ませ耳元でそう言った。
俺の表情は微動だにしない……驚いていないのか? と聞かれたら、心臓が一瞬動くのをサボった程度だ。大した問題ではない!
「離れてくれるか?」
「え〜どうして? 照れてんの?」
「いや、照れてはいないけど、俺は何もしてないのにお前のせいで絵麻にゴミを見るような目で見られてるのが気に入らない」
「それが理由? なら離れなーい! それは絵麻ちゃんに言って下さ〜い!」
最もだ! それが理由なら楓には関係ない事だ! 関係ないか? 本当か?
「まぁいいや……当たる胸が無いから大して邪魔にもならないから得はしなくても損もしな……いてててて苦しい苦しい!」
「はぁ⁉︎ あるし! 当たる胸あるし! EよりのAだし‼︎」
などと訳の分からぬ供述をし思いっきりバックチョークを決めてくる楓。
「楽しそうね……馬鹿みたいよ?」
「楽しそうに見えるなら馬鹿はお前だ! 助けてくれ!」
「嫌よ! カップルの戯れの邪魔なんて……馬と鹿に蹴られたくないもの!」
くそ……力尽くでやめさせたいが……
「華香院さん! 本当に苦しそうだからやめてあげて?」
ゆとりぃ! こいつは良い子だ! 欲を言えば悠長に疑問形で言わないで無理やり引っ剥がして欲しいが……
「はぁ……ゆとりんはM心が分かってないなぁ! こんなのご褒美なのに!」
「希望君も嫌がってるから助けてって言ったんでしょう!」
「……興が削がれた! 本でも読もう!」
「う……やっと離れた……助かったよ、ありがとうゆとり」
「いいえ! でも嫌なら少しは抵抗したら?」
「俺だって力尽くでやめさせたかったけどさ……女ってちょっと力込めるとすぐ痣とか出来るだろ? 小さい頃から妹と遊んでればそれくらい分かるよ」
「……良い人みたい」
ゆとりが目を丸くして言った。
失礼な奴だな、本気で驚いてるみたいだけど……一体俺をどんな悪人だと思っていたんだよ……
「あ、ごめんなさ……」
「私帰るわね」
携帯を見ながら絵麻はそう言った。
「おい! 自由かお前は!」
「18時から雨マークになっているんだもの仕方ないじゃない……分かったわ。洗濯物が雨でびしょびしょになるけど仕方ないわね……ここにいるわ」
「そうか……じゃあ俺は洗濯物がびしょびしょになったら困るから先に帰る事にするわ! 教えてくれてありがとうお天気絵麻さん!」
帰る口実をくれてありがとう絵麻!
多分もう心が帰ってるだろうけど何一つ嘘は吐いていないぞ俺は!
「それでは皆さんまた明日!」
「う……うん、希望君また明日ね」
「浮気すんなよ〜」
ゆとりと楓から返事を貰い絵麻の鋭い視線を掻い潜り部室を出る事に成功した……が
「待ちなさい」
校門を出た瞬間、絵麻と思しき声に呼び止められ振り向くと……絵麻によく似た絵麻に呼び止められた。
「あ! 何だ絵麻も帰るのか? 何か用か?」
「あなたの家ひくつ市の方角よね? 途中まで一緒に帰ります」
「何で俺の家知ってんの? いや、それはいいや方法はいくらでもあるもんな……それで何で一緒に帰るのが決定事項なの?」
「何でって……方角が一緒だからよ。 それとも同じ方角なのに一定の距離を空けて気まずい空気を出したいの?」
「はぁ……まぁいいやじゃあ行くか」
―――――――――――
「お前ふざけんなよ? 自分から誘ってきたんだから何か話しかけてこいよ! これなら一定の距離あった方がまだマシだったわ!」
「そう……じゃあそうしようかしら。あなた何故そんなに人との距離を空けるの?」
「はい? これでも変人部の皆とは俺なりに仲良くしてるつもりなんだけど」
「ゆとりに聞いたわ、クラスの誰とも仲良くしていないそうじゃない」
「別に仲良くする理由が無いだけだよ? 深い理由なんて何も無いから期待しないでくれ」
「そう。じゃあ何故私達とは仲良くしているのかしら?」
何だ? 何を言わせたいのか聞き出したいのかわからないな。
「部活動が何なのか分からないんだから……仲良くしとかないと共同で何かやる時に不便になるのは困るし、それに部活の皆と話してるのは楽しいしな」
「じゃあ何故来てすぐに帰ろうとするのよ?」
「そりゃあ1人の時間と部活での時間を天秤にかけたら……なぁ?」
「希望……あなた言ってる事矛盾してない? 共同で何かやる時に不便になるのはクラスでも同じじゃない」
「してないね! クラスは約40人いるだろ? それが39人になっても困らない! 俺は、人数が多ければ多い程仲良くする理由は無くなっていくと思ってる」
「それじゃあ変人部の部員が100人になったら?」
「退部するよ! それに変人って大多数と比べてだろ? だったら大人数になったらそれは変人部じゃなく普通部だろ! もしそうなったら俺達4人で新しく変人部作ろうよ?」
「あなた……よくそんな何でもないみたいな表情でそんな台詞吐けるわね……人たらしじゃない」
「ん? 俺に惚れないでね?」
「惚れるか惚れないかは私の問題だから、希望に指図される筋合いはないわ」
「さいですか」
「希望は自分の事変人だと思うの?」
何だよ? やたら質問攻めしてくるな……まぁ別に困らんけど。
「クラスの人達が普通なら俺は変人なんじゃないかな?」
「どうしてそう思うの?」
「え? 観察してれば分かるよね! 価値観が全く違うんだなって……具体的に言うと中傷ぽくなるか上目線にみたいになるから絵麻の想像に任せるわ」
「昔からそうなの? それとも昔何かあったの?」
「昔からそうだったかな? でも昔からこうだったわけじゃあないけどね!」
「何を言っているの? なぞなぞがしたい気分じゃないんだけど?」
「そういうつもりじゃあ無かったんだけど……まぁ、昔に何かはあったよ……誰だって何かしらはあるだろ? 俺の場合は大した事じゃあなかったけどね」
「そう」
意外だな。何があったのかは聞いて来ないんだ?
「取り調べは終わった? だったら俺曲がる所通り過ぎちゃったから戻ってお家帰りたいんだけど」
「……ふ……フフ」
「何笑ってんの?」
絵麻が凄く楽しそうだ……こんな顔で笑うのか。良いもの見たな。
「私も曲がる所通り過ぎちゃったわよ」
「は……ハハ」
なるほど……こりゃ馬鹿みたいだ、そりゃあ笑うわな。
「じゃあ戻るか?」
「そうね」