楽しみ
「質問をするわ」
絵麻の横に座り絵麻に説教らしき事をするゆとり……その光景はまるで母と子のようだ。どちらが年上なのかわかったもんじゃない。しかし絵麻はゆとりの言葉を聞き流し、俺に向かい質問をすると言う。
ちなみに下ネタツインテールは1番端の席に座り、カバーがしてあるのでタイトルはわからないが本を読み始め、最初のテンションから一変して静かにしている。
「質問てなんですか?」
俺は絵麻にそう尋ねる。ゆとりは別に俺に説教している訳では無いので断じて俺が彼女を無視している訳では無い……あくまで無視している悪い奴は絵麻だ。
「質問もわからないの? 質問というのは、わからない事や疑わしい点を問いただす事よ」
「俺が質問の意味を聞いたように聞こえたのか? 絵麻は性能の悪いAIなのかな⁉︎ まぁいいや。それで俺に何を聞きたいんだ?」
俺が絵麻に質問の内容を確認すると、何故かゆとりは絵麻への説教を止めた。いや……諦めたのかな?
「私にはわからないのよ……あなたの何処が変人なのかが。今から戯れに幾つか質問をするから正直に答えなさい?」
絵麻は楽しそうな声色でそう言った。
まぁ人に聞かれて困る様な生き方はしてないつもりだ……戯れに付き合ってやろうじゃないか。
「はい。なんでもどうぞ?」
「じゃあ一つ目、あなたは電車で優先席に座っています。そのあなたの前に高齢者が来てあなたを見ている。あなたはどうする?」
一つ目って……一体何個するつもりなんだよ……そもそも優先席には座らないのだけど……座っているていで考えろって事だよな。
「譲らないかな?」
「何故?」
「まぁそもそも優先席に座らない俺が座るって事は、体調が悪い。又は何か座っている理由があると考えるから」
「じゃあ優先席じゃなくていいわよ……満員電車。あなたは席に座っている。目の前の高齢者が譲ってほしそうにあなたを――」
「譲らない」
俺が食い気味にそう言うと絵麻は何故か少し嬉しそうな顔をしたように見えた。
「それは何故?」
「だって特に譲る理由も無いだろ? 若者が老人に席を譲るのが当たり前の事だと俺は思っていないし。それに電車に乗るって計画した時点で座れない事も想定しているだろ?」
「でも自分が健康体で何の不自由も無いのなら別に譲っても良いんじゃないかしら?」
「絵麻……あんたまるで分かっていないな……男が満員電車の中に立つというのは常に痴漢冤罪に遭う危険性が伴うんだ……一時の善意による満足感なんか糞食らえと言わせて頂こう!」
「なるほど……私は女帝……私は女性だからその発想は無かったわ。なら譲ってあげたいという善意の気持ちはあるわけね」
コイツ今女帝って言ったか? 言ったよな? だけど突っ込んだら喜びそうだから止めておこう。
ちなみに俺は何の得もしないがちゃんと勘違いは正しておくとしよう。
「ちなみに譲ってあげたいなんて気持ちも無いんだけどね」
俺が正直にそう言うと、今度は絵麻の隣で静かに話しを聞いていたゆとりが眉をしかめ話しかけてきた。
「どうしてそういう気持ちが無いんですか?」
そう質問するゆとりの声に嫌悪感などは感じられない。
眉をしかめたのも不愉快な感情というよりは、普通にわからないといった表情だった。
「どうしてと言われてもなぁ。俺は一応自分なりに善意を持つ人を分けているし……誰にでもなんて殊勝な心を持てるほど器も大きくないからなぁ。 あ! それからもし嫌で無いなら同い年なんだし丁寧語やめない?」
「あ、うん。じゃあ……そうするね? それで希望君はどういう人になら善意を持って接するの?」
う〜ん……俺の話しより3人の変人具合の方が興味あるんだけどなぁ……それにこの子だけは本当に変人に思えないし。口調も穏やかで常識も良識もあるみたいだし。
気になる……早く帰って心に聞きたい!
「よし! 帰るわ!」
「「え?」」
絵麻とゆとりの声が重なる。
「え? だから帰るわ」
「え……タイミングがおかしくないかしら?」
ん〜いいね〜! 淡々としている絵麻があっけにとられている様は中々どうして悪くない!
「ウチの可愛い妹は俺が部活入ったの知らないから遅くなったら心配かけちゃうからね! 明日またゆっくりと話しましょう!」
絵麻は溜め息を吐き、面白くなさそうにそっぽを向き、ゆとりは自分の質問を蔑ろにされたにも関わらず笑顔で「また明日」と手を振ってくれた。
そして一応本を読んでいた下ネタツインテールの方にも目を向けると、こちらを見て投げキッスをしてきた……こいつは侮れん。
―――――――――――
「ただいまは?」
家の玄関を開けると丁度心が靴を脱いでいた。
「ただいま帰りました。そしておかえり心! あ、ちゃんと部活入ったぞ」
「え⁉︎ 入ったの⁉︎ 何部? いやちょっと待って……お兄ちゃん喘息持ちだから運動系では無いでしょ……文芸部とか?」
この反応からして先生とグルで俺をハメた可能性は無いだろうな。
「変人部」
「は?」
「だから変人部だって」
「いやいや、あそこは無いでしょ! お兄ちゃん友達いないから紹介してもらえないし……そもそも男子禁制だよね‼︎」
「いや、その辺の事は全部ただの噂らしいぞ? 顧問の先生に直接聞いたし実際入部条件の紙も見たから間違いない。それよりさ、ゆとりさんて何処が変人なの? お前友達なんだろ?」
「何? 気になるの?」
何だか嫌な言い方だな。気になるから聞いているんだけど、別に男が女としてとかそういう気になるでは無い。
「ゲスな勘繰りはよしたまえ! 部員の連中がさ、変人部って名前の通り見るからに変な奴等だったんだけどさ……あの子、ゆとりさんだけ何処が変なのか分からなかったんだよね」
靴を脱ぎ前を歩く妹が少し考え俺の問いに答える。
「んん……私にはよく分からないかな? 仲良くはしてもらってるけど、自分の事とか全く話してくれないし」
「ふむ……俺がよく観察するしか無いか……」
「観察って……それより私は華香院 楓さんの方が気になるかな! あの人って不思議な人だよねー!」
華香院楓……初耳だな。俺が名前を知らないのは下ネタツインテールだけだが……アレがそんな上品な名前の筈が無い! 他にも部員がいるのだろう。
「ちっちゃくてツインテールも似合ってて超可愛いくない⁉︎」
すぐに妹が答えをくれた……華香院楓……くそ似合わない。俺は決めた……明日は華香院様とお呼びしよう。
「あんな愛らしい見た目なのにクールであんまり人とも話さないらしいしギャップがたまらないね!」
「…………」
はなかいーーーーーん‼︎ お前は一体誰なんだぁ⁉︎
「なぁ心?」
「なぁにお兄ちゃん?」
「変人部の部員の数とかって知ってるか?」
「そりゃあ知ってるよ! ゆとりちゃん、華香院さん、それに九条先輩! 皆、可愛くて頭も良くて有名だもん! 知らないのお兄ちゃんくらいだと思うよ〜!」
華香院……アイツはヤバイ……あれは絶対に何かに取り憑かれている……
「それにしてもお兄ちゃんが変人部か……周りからの嫉妬でイジメられないようにね?」
「嫉妬? ああアイツ等みんな可愛いっぽいもんな! まぁ俺も可愛いから大丈夫だろ」
「……お兄ちゃんて本当に自信の塊りだよね! 確かに私の友達とかも女装させてみたいとかよく言ってるけどさ」
自信とは関係ないんだけどな……俺は別に女顔に生まれて良かったとは思っていないし、正直色々困る事もある。
俺は他人とあまり関わりたくないのに、この顔のせいで入学当時は随分人が集まって来たし。
その辺を上手く躱しつつ可もなく不可もない感じでフェードアウトするのには随分と骨が折れたし。
別に俺としては嫌われても全然構わないのだけど……俺の可愛い妹にまで火の粉が飛んだら嫌だったからな。
「そうだな……早よ飯作れ」
「えー華香院さんの事聞かせてよー!」
「い、いや俺もそんなに知らないから」
「ちぇ……早く仲良くなって紹介してよ?」
「はぁ? 自分で仲良くなればいいだろ?」
「いやぁ、華香院さんクールだから近寄り難いんだよね……私の友達もお兄ちゃんと華香院さんて雰囲気が似てるって言ってたし! まぁお兄ちゃんは演技だって私は知ってるけどさー」
……その華香院さんも間違いなく演技だぞ! と俺は言わなかった。
ゆとりにしろ楓にしろ絵麻にしろ部活が同じなんだ……見てりゃあ色々分かるだろ。
お友達とかはお断りだが変な奴等なら楽しめそうだし、少し楽しみだな。