納得いきません
「入部希望です」
「認めよう」
「……納得いきません」
―――――――――――――――
話しは一週間前に遡る。
「お兄ちゃん‼︎ どうして何もしないの⁉︎」
食事中に失礼な事を言ってくるこの女は俺と同い年の、人夢 心。俺、人夢 希望の妹だ。俺の妹と言っても、俺が小学1年の時に再婚した父親の相手の連れ子なので血は繋がっていない。
「え? 急にどうしたの? 料理は心が作りたいって言ったから皿は俺が洗ってるだろ?」
「そう言う事を言っているんじゃないの! もう二学期なの!」
「はあ。」
「はあ。じゃないよね? どうしてお兄ちゃんは二学期にもなって友達がいないの?」
「俺が仲良くしたい人もいないし、俺と仲良くしたい人もいないからじゃないか?」
正直、俺に友達がいない事を妹に怒られる理由はわかっているが……俺はもう、そういう青春的な事はどうでもいいんだが。
「お兄ちゃんと仲良くしたい人がいない筈無い‼︎」
「え? 俺って気付かぬ内にそんな大それた人物に進化してたのか⁉︎」
「真面目に聞いてよ‼︎」
眉をひそめて言うのは構わないけど、俺に真面目を求めるなんて心は馬鹿だな。
「聞いてるよー! まぁ俺は客観的に見てもイケメンだしー? 性格も良いしー?」
「…………」
あれ? いつもならふざけていれば何とかなるんだけどな……なんだろう? 首を傾げて殺し屋みたいな目をしながら、じっと俺を見て動かない……いくら可愛くても瞳孔ガン開きは恐ろしいな。
「心さーん? 大丈夫ですか? ご飯冷めてしまいますよー?」
「友達を作る努力してよ」
「え? 嫌だよ! 何で友達なんか作る為に努力しなきゃいけないんだよ? 大体――」
「黙れ」
「え?」
「お兄ちゃんと議論するつもりは無いの……一週間以内に委員会でも部活でも良いから入りなさい。家賃も学費も払ってる私に誠意を見せて」
これを言われたら反論なんて出来ない。
妹は中学の頃に街でスカウトされモデル兼デザイナーでかなりの収入を貰っている。訳あって妹のヒモをやってる俺に選択肢などないのだ。
「ああ……わかったよ。わかったから脅迫は止めよう? ちゃんと努力もするし誠意も見せるから」
「ちゃんとだよ? 私だって憎くて言ってるんじゃないんだからね?」
――――――
そして俺はどうやったら妹が諦めるかを考えた。
妹は何故急にこんな事を言い出したのだろうか?
一応二学期まで待ったのか? クラスは違うけど、同じ学年だから友達に何か言われたか……?
いや、妹は勉強も出来るし性格だって悪くない。それに容姿もモデルにスカウトされるくらい良い。学校では周りに沢山女子がいるようだし、俺如きの事で妹が何か言われる事はないだろう。
駄目だ……どちらにしても心がこういうテンションで言い出したら聞かない……つまり理由を考えても意味がない。
何故か委員会、部活=友達。の妹の言う通りにするしかない。
何か考えねば………………………………………………‼︎
あるじゃないか! 最善を尽くしたが入部拒否されてしまえば妹だって誠意を認めてくれるだろう!
幸いうちの学校には【変人部】と言う謎の部が存在する。
何やら顧問の先生が変わり者を集めて何かをしているらしいが、ここは先生もしくは部員の紹介でしか入部が出来ないらしい……
そして前にクラスの男子生徒が話していたのが聞こえたが、なんと容姿の整った部員ばかりだが、女子生徒以外の入部が禁止であると‼︎
神はいた‼︎ これで今の俺の状況を全て解決出来る!
入部は当然拒否されるだろう。だが……それだけでは無い!
男子生徒禁止の部活に可愛い女目当てで入部希望をしに行き拒否をされたキモい男子! こんなレッテルを貼られたら、妹もさすがに馬鹿じゃ無い。友達を作れなんて言えなくなるだろう。
勝った……計画通り。
そして俺は一週間後に変人部の扉を開けた。
「んん? 男子がこの部に何の用かな?」
扉を開けると女性が俺にそう言った。
外見は綺麗っぽいが制服でも体育用のジャージでも無いので生徒では無いだろう。おそらく顧問の先生か何かかな?
「入部希望です」
「認めよう」
「……納得いきません」
「何を言っているんだ?」
何を言っている? それはお前だ。男子禁制。先生のスカウト、部員の紹介制は一体何処に行った⁉︎
「いやいや、この部って男子生徒の入部は出来ないんじゃないんですか?」
「部活のポスターにも入部条件にもそんな事は書いていないが?」
なん……だと?
「……先生のスカウトもしくは部員の紹介制って」
「そんな事も書いてはいない」
確かに……俺は確認なんてしていない……何だ? でも、おかしいじゃないか……じゃあ何でソレが共通認識のように伝わっているんだ?
「昔にいた教師が流した……ただの噂だよ」
俺が考えていると先生の口角が上がり、入部条件と書かれた紙を俺に手渡した。入部を認めると言ったので先生で確定でいいだろう。
俺はそれを受け取り条件の確認をした。
そこには細かい条件など無く、変人である事。ただそれだけ書いてあった。
「やっぱり納得いきません!」
「何が納得いかないんだ? 君が入部したいと言ったのではないか?」
何か口調が男っぽい先生だな……綺麗なのに勿体ないなと思ったが、今はそんな事はどうでもいい。
「いや……まぁ、そうなんですけど。 条件に変人て書いてあるじゃないですか」
「そうだな」
「俺は変人ですか?」
「変人だな」
この先生……生徒に対して即答で変人であると返答しやがった。
だがそれもまぁ、どうでもいい俺は質問を続ける事にした。
「何処がですか?」
「変人部に自ら入って来ようとする人間が変人で無い筈がないだろう」
先生はニヤニヤしているようだった。心なしか声も少し楽しそうに聞こえるのは気のせいだろうか?
「いやいや先生……それは考えが一方的すぎますよ! この部は容姿の整った女生徒ばかりなんですよね? そこに男子生徒が女生徒目当てで入部を希望する……これは普通の人間の考えではないですか?」
先生の口角が更に上がる……悪い魔女に見えてきた。いや恐らく悪い魔女なのだろう。
「いやいや生徒、だが現に男子生徒の……いや女子生徒含め自ら入部希望をしに来た生徒は君1人だよ!」
ぐはっ……これはマズイ! これは統計的には変人で間違いない! 俺は変人では無い!……と言う程、自己理解が低い訳では無いが……部活などに入りたくも無い……どうする……どうすれば切り抜けられる?
ん? 先生が机に置いてあった眼鏡をかけて俺を見つめている。
「君……よく見たら人夢心の兄ではないか?」
なに⁉︎ ここで妹の名前? まさか俺は……ハメられたのか?
「妹を知っているんですか?」
「ああ、知っているよ。担任だからな!」
担任……これは、ますますハメられた可能性が……いや妹はこんな周りくどい事しなくてもいいんだ。なぜなら家賃と学費……これを言われれば俺に選択肢などないのだから。
「どうして俺の事も知っているんですか?」
「そりゃあ知っているよ。心の担任だからな!」
「説明になっていません」
「ん? まぁ色々聞いているんだよ! 兄妹と言っても他の生徒の事だから詳しくは話せないけどね」
色々聞いている……これは詰んだな。ハメられたにしてもそうじゃないにしても……妹と先生に関わりがあるのなら入部するしかない。
多分現状の入部の回避は可能だろう。だが、入部出来たのに入部しなかった……この事実が妹に伝わった場合言い訳のしようも無い……それにこれは俺の作戦が甘かったせいだ……自分への戒めとして入部の受け入れを受け入れるしかないだろう。
「まぁわかりました……それで先生、前にいたその教師はどうしてそんな変な噂を流したんですか?」
「どうしてだろうな? 興味本位で入って欲しくなかったんじゃあないだろうか」
「男子生徒禁止って言うのは?」
「それは私も知らないよ……男が嫌いだったんじゃないか?」
「最低だなっ‼︎ 教室としても人としても‼︎ ちなみにその先生の性別は?」
「男性だ」
「無理です! 弁護出来ません!」
「いやぁ……まぁ良い教師だったんだが――」
先生の言葉の途中で他の女性の声が割り込んだ。
「先生……誰ですか? その男っぽい人は」
声のする方へ振り返ると、閉めるのを忘れていた扉から女生徒が入ってきていた。
眼鏡を掛けた黒い髪を腰まで伸ばした清楚系美人というやつであろう。これが部員であるならば、見れる限り容姿が整っている生徒ばかりというのは噂では無いかもしれない。
「いや男だよ? 初めまして人夢希望です」
俺は礼儀として自己紹介をした。
「のあ? 女みたいな名前ね。顔も女みたいだし。それであなた何故ここにいるの?」
なるほど変人部だ。
すると先生は勝手に俺の他己紹介をした……楽しそうな声で。
「ああ、彼は1年の新入部員だ。女生徒目当てで入部しに来たらしい」
なるほど変人部は顧問の先生も変人確定だ。
まぁ言ったよ? そうは言ったけどね? 駄目だよね? それをそのまま伝えたら……第一印象最悪だよね?
「あら、正直者なのね。嫌いじゃないわ」
もう一度言う……なるほど変人部だ。
「では、私は用事があるので戸締りは任せた!」
先生は鍵を机に置き、結局名前も名乗らずに去って行ってしまった。
夕陽が差し込む放課後の教室に美女と2人きり。
話す事も無いので告白でもしてやろうかとも考えたが……前に痛い目にあったのでこれはやめておく。
「タメ口使っちゃったけど先輩でしたら、ごめんなさい」
タメ口と言っても、「いや男だよ?」の一言だけだが……まぁ、タメ口はタメ口だ。
「2年だけど、例え年上でも丁寧語なんて必要無いと思うのだけど。あなたはどう思う?」
必要ないならいいだろう。俺も別に敬語は好きでは無いし。
「え? あー……そうだね。俺もそう思うよ! 俺は基本的に年上には使うけど……使わなくて良いなら使わない事にするよ」
「そうね。座ったら?」
そう言って彼女は椅子に座ったので、俺も適当に座った。
「えーと先輩名前は?」
「九条 絵麻だけど?」
いや、何か? みたいな顔されても名前聞いただけだから別に続きはないんだけど。
「じゃあ九条さ――」
「絵麻でいいわ」
「……じゃあ絵麻さん」
「さんは必要ないわ。さんて、絵麻1と絵麻2がいるみたいじゃない?」
別にみたいじゃねーよ!
「じゃあ絵麻先輩」
「あなた……呼び捨てにするのが恥ずかしいの? 女生徒目当てで入って来たくせに? お可愛い事ね」
別に恥ずかしい訳では無い。何と言うか馴れ馴れしいのは好きじゃない。まぁ呼び捨てを求めるならそれに応じようではないか。
「……絵麻、この部の活動内容を教えてくれないか?」
「そうね……何をすればいいと思う?」
絵麻は首を傾げて質問を質問で返す。しかしこの仕草もまた絵になっているのだろう。
「知らねーよ! 俺が何をしたらいいか聞いてるんだよ!」
「はぁ……あなた人に聞かないと何も出来ないの? これだから……」
絵麻は溜め息を漏らし、呆れたように目を細めながらそう言った。
「出来ねーよ! そして、これだから……で止めるんじゃねぇ! 最後まで責任持って罵倒しろ!」
「嫌よ面倒くさい。それに、この部に決まった活動内容なんて無いもの。先生の気まぐれで何かしらやるわ」
廃部になれ。
そして今度はちゃんと閉めた扉が開き女生徒が2人入って来た。
「あっれぇ〜? 絵麻ちゃんが男連れ込んでるよ〜! もう! そう言う事なら昨日の内に言っておいてくれればマットとか用意しておいたのに‼︎」
先に入って来たテンション高めの下ネタツインテールの女……これもまた変人である事は間違いない。
外見はやはり良いっぽいな……童顔な感じで身長も小さいし、顔が良くて良かったな! と思うくらいにはツインテールが似合っているんだと思う。
そしてその下ネタツインテールの後から俺を見る女生徒。
「あれ? 心さんのお兄さん……ですよね?」
どうやら妹を知っているみたいだ……今の所変人要素は見当たらない。茶色っぽい髪の毛を肩下くらいまで伸ばしている……やはり美人に見えるな……そして優しい声のする子だ。
ここまで来ればほぼ間違い無い! 部員は可愛いのばかりが集まっている。そしてこの子も入部条件を満たす変人なのであろう……どうでもいいが、心の友達なのかな?
一応2人にも名前くらいは名乗っておこう。
「お二人共、初めてまして人夢希望です」
「新入部員よ。そして私の彼氏、仲良くしてあげてね」
絵麻が誰も得をしない冗談を言った……まぁシカトしていいだろう。
「え? 先輩彼氏いたのですか? あ……失礼しました。私は1年1組の綽ゆとりです! これからよろしくお願いします」
妹の事を知っていた女生徒は礼儀正しい。やはり変人な感じは今の所は見当たらない。
「よろし――」
「嘘に決まってんじゃ〜ん! 絵麻ちゃん本当のことなんて女の子の日で余裕無い時意外言わないよね〜? あ、私1年4組のムーラン・ルージュって言います!」
人のよろしくを食った下ネタツインテール……コイツの扱いは雑でいいだろう。
「嘘をつくな。頭に赤い風車でも刺していろ」
「えぇ〜⁉︎ 君ひどいなぁ〜私本当に1年4組だよー!」
「そっちじゃねーよ赤い風車って言ってんだ! 名前の方に決まってんだろ!」
その時、絵麻が手の平で大きく音をたてるように机を叩いた。
「静かにしなさい1年生諸君。今日の部活動は私が希望と楽しく話しをする。あなた達はそれを静かに見ている。わかった?」
「先輩それは流石に横暴です」
やはりまともな意見を言うゆとり。
「私は別にいいけどね〜本読みたいしー」
ムーラン・ルージュ。結局コイツの名前聞いてないな。まぁいいか。
全員俺が入部した事に対してのリアクションは特に無しか……入部条件が、ただの噂だという事を部員は知っているという事でいいのかな?
2人はもう分かったけど、綽ゆとり。この子の変人ポイントは何処だ? 本人にお前は何処が変なんだ? なんて聞くのはこれから同じ部活なのに軋轢を生みかねないから無し。
あ! 心の事知ってるんだったな! 帰ったら部活に入部した報告のついでに、それとなく聞いてみるか。