帰還、そして船出
3話目です。よろしくお願いいたします。
「…???」
自分のアパートにたどり着いた想は混乱の中にあった。本来、自分が持っているものはここまで重くはなく、また値段の張る物ではなかったはずだ。それがなぜこうなった?考えても答えは出ない。そう思いながら、腕の中の袋に視線をやる。一つは食料品。もう一つが件の包みだ。とりあえず食料品を冷蔵庫にしまう。話はそれからだ。
「……」
幾ら袋から出した箱とにらめっこしても、状況は変わらない。彼は三等ではなく、特等のESを引き当ててしまったのだ。「…ハァ」考えてもしょうがない。現実は変わらず、いくら見つめても、この箱はそうめんの束には変わらないのだ。ならいっそ、このゲームをプレイしてみるのもいいかもしれない。そんな風に自分に言い聞かせながら、彼はESの箱を開封した。
e-sphere、通称ESは、AR,VR両方に対応している。ARモードでは、サングラス状の部分と取り外し、さながらSF映画に出てくるデバイスの様に使用できるが、やはり本領を発揮するのはVRモードだろう。この状態では、家の中にいても旅行ができる等、様々な機能が付与されているが、その技術の極致と呼べるのが「フルダイブシステム」だ。なんでも人間の体を動かす電気信号を遮断・読み取ることで、仮想空間に肉体をもう一つ用意して、それを動かせるというものなのだそうだ。詳しいことはよく知らないが、実証実験は何度も行っているから安全は保障されているとのこと。
「コンセントを差して…それで、これがソフトか。随分と小さいな…まるでSIMカードだ」
想の指でつままれている幅1㎝ほどのカードこそ、全世界のゲーマーが待ち望んでいたソフトだ。このカードの中に、世界中の夢と希望、あと開発者たちの汗と涙が詰め込まれている。
「これをスロットに差し込んで…これで良し」
そう言って彼はESを頭からかぶった。少し小さいかと思ったが、外殻がスライドしてある程度は大きくなれるらしいし、そもそも大きめに作ってあると技術系の新聞記事に書いてあった。
そうして、すべての準備が整ったのを確認し、想は右側頭部にある起動スイッチを押した。その瞬間、視界が一気にクリアになり、文字列が浮かんできた。どうもこれから初期設定を行うらしい。
「ふぅ」
そう言って彼はESを脱いだ。VRを体験したわけではない。初期設定を終え、いよいよ仮想空間に突入しようかとアプリケーション一覧からanother world chronicleー以後アナザーと呼称ーを選択すると、フルダイブシステムを使用するため、水分補給やトイレを済ませておくこと、ベッドや布団等、楽な姿勢を取れる環境を確保するよう警告が出たのだ。どうやら実験の段階でそれらの問題があったようだ。一応、トイレの気配が現れた場合ハードがそれを検知してお知らせしてくれるのだが、その分ダイブ時間が短くなってしまうので、やはり事前に行っておいた方が良いからと、警告を出すことになったのだろう。
ちなみに、連続ダイブ可能時間は、6時間となっている。おそらく廃人たちが寝食を忘れてプレイするのを防止するためだろう。ある意味当然か。
用を済ませ、水分補給用にポットとコップを傍の机に置き、ESを再びかぶってベッドに横たわる。眼前には先ほどと同じ警告文。彼はそれとともに提示された「準備完了」の文字を指でなぞる。そうして、彼はESが上げる僅かな駆動音を聞きながら、全身の力を抜いていった。
「認証確認。フルダイブシステム起動。個人認証登録…完了。信号処理開始まで、3,2,1...ダイブ、スタートします」
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