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炎狼の抱擁  作者: 日々夜
1章 炎の記憶
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1章 炎の記憶 5

「いよう、7年ぶりの目覚めはどうだね、炎狼さんよ」

 ザフォルはレイスを切り刻んだあとだとは思えないほど、いつも通りの軽薄な口調でヴァルディースに声をかけてきた。

 正直他人にいいように体をいじくりまわされた挙句、眠っている間に力だけ勝手に使われていたのだから、気分がいいわけがない。しかも、目の前にいるふざけたナリの男が、その実験の責任者だったのだ。

「貴様を今この場で焼き殺せたなら、気分も良くなるだろうよ」

 ヴァルディースは拳の中で、炎を弾けさせた。激しい炎が長い身体をくねらせる大蛇と化して伸びあがり、さらに大きく身をくねらせ、巨大な龍と化す。龍は上空に舞い上がり、身を躍らせて咆哮した。

「おいおい、助けてやった礼がこれとは、ちょっとつれないんじゃないかい?」

「助けた? はっ、貴様が何を企んでるかは知らんが、どうせまたその企みに俺を利用するつもりだろう」

「別にそんな企みなんて」

 ザフォルが何か言う前に、龍が吐いた炎が意思を持った生き物のように渦を巻いて襲いかかった。

 ザフォルは肩を竦めただけで避けようともしなかった。軽く右手を翻す。それだけで炎がすべて凍りつき、砕け散った。

「話ぐらい聞けって、危ねぇな」

「煩い。こっちはさっきから頭の中に変な雑音が混じって機嫌が悪いんだ。これも貴様の仕業だろう」

 ヴァルディースの苛立ちに同調するように、龍も怒り狂い、ザフォルをめがけて次々と炎の塊を吐き出す。炎が激しい雨となってザフォルに降り注ぐ。

 ザフォルは周囲に氷の膜を張り、炎の雨をはじき返した。しかし弾かれた炎塊は地面を溶岩に変え、膜の内側を残して辺り一帯を炎の熱で呑みこんでいく。

 溶岩は渦巻き、波立って氷の膜を侵食しようと襲いかかった。膜も次第に熱に押され、亀裂が入る。

 ザフォルにとっては絶体絶命の窮地のはずだった。大地は削られ、沸きたつ溶岩に囲まれて、逃げ場も無い。

 龍がとどめとばかりにザフォルめがけて突撃した。牙が氷の膜ごとザフォルの身体を飲み込もうとした。その時だった。

「あんたとやりあうのも悪くはないんだが、俺にもそう時間はなくってね」

 ザフォルがめんどくさそうに左腕で空をなぎ払った。

 たったそれだけで、辺りが一瞬で灼熱から極寒へ豹変した。溶岩はすべて氷に覆われ、炎の雨は雹となって地面に落ちる。激しい炎ををあげていたはずの龍までもが、悶え苦しみながら氷に覆われていき、激しくのたうちまわって、しかし抵抗も虚しく砕け散った。

 ヴァルディースは掲げていた腕をおろした。抉られ、凍りついた地面の向こうで、気だるげに再びタバコに火を付けるザフォルの姿に、もはや激しく湧き上がる感情も消え失せていた。

 もとより、ザフォルと本気でやり合おうなどと思ったわけではない。本当にお互いが全力を出していたなら、この程度の地形破壊では済まなかっただろう。勝敗も良くて相打ち。正直勝ち目は薄いことぐらい、ヴァルディースにもわかっている。

 ただ、目覚めてからこっち、頭の中にノイズのように響く何かの正体がわからず、その苛立ちがヴァルディースを衝動的に動かした。

「一つ教えろ」

 やる気が失せたとはいえ、この雑音の正体がわからないのでは気持ちが悪い。

「これも貴様の仕業か? この雑音はなんだ。いや、雑音というよりも、わけのわからない記憶か? うるさくて仕方ない」

「ああ、それ」

 よっこいせと、年寄りじみた所作でザフォルは手近の瓦礫に腰を下ろし、タバコを吸って十分に肺にその煙を溜め込んでから、長くゆっくりと吐き出した。その無駄に長い間がさらにヴァルディースを苛立たせた。

「聞いてるのか、ザフォル・ジェータ」

「まあまあ、ひと暴れ付き合わされて疲れてんだから、一服ぐらいさせてくれよ。やっと落ち着いて話せるんだし」

「時間がないんじゃなかったのか、貴様」

「それはそれ、これはこれ」

 さすがにそう軽く片目をつぶって見せられれば、怒りも通り越して呆れに変わる。

 ヴァルディースの方は相変わらず雑音がやまず、今すぐにでもザフォルの口を引き裂いて、必要な情報だけを取り出してどうにかしたいと言うのにもかかわらずだ。

「しかし、ま、そう時間が無いのも事実だ。こんなことしちまってあいつが黙ってるはずもないしな」

 あいつという言葉に、ヴァルディースに違う緊張が走る。

「ガルグの長か。貴様らが何をしようが勝手だが、ガルグの長との盛大な兄弟喧嘩に巻き込まれるっていうならお断りだ」

「まあ、そりゃそうだ」

 ザフォルの手の内で踊らされるままなのも釈で、何か一つ噛みつき返してやろうと茶化してみたのに、あっさりと笑われた。

 正直人間の間では破壊者のしもべとも言われ、恐れられている連中だ。その兄弟喧嘩がいったいどの程度の規模になるのかと思えば、さすがにヴァルディースでもぞっとせずにはいられない。

「ま、一応教えてやろう。とはいえ、その記憶をどうにかするってのだけは、俺にも無理だ。ある種の副作用なんでね。我慢してもらうより他にない」

「副作用?」

「そ。この俺様もちょっと予測してなかったイレギュラーってやつ。別にわざわざあんたに嫌がらせをするために仕込んだわけじゃぁない。そもそも、あんたを助けたのだって、頼まれたからついでにやっただけだったしな」

「何のことだ」

 頼まれたとは一体誰に。ヴァルディースは問いただそうとした。しかしそこから先は、ザフォルのおどけた笑みに遮られ、問い詰めることはできなかった。

「あとで教えてやるよ。それよりもその記憶の正体だ。それはあんたの宿主だった少年の記憶だよ」

 足元に転がる死にかけの肉体を指し示されて、ヴァルディースは理解した。その瞬間、二人の少年の再会が脳裏に怒涛のように蘇った。

 頭が割れるほどに響きわたる男の笑い声。目の前で炎に包まれ絶叫する少年。恐怖に引きつった顔が焼け爛れ、異臭を放ち、意識を失って倒れこむ。

 そのほんの一瞬の出来事が、しかし圧倒的な衝撃を伴ってヴァルディースを襲った。悲鳴をあげて、泣き叫んで、どうにもならない支配に抗おうとして無駄だと悟る。それでもなお足掻こうとして、その途端身体中の炎が荒れ狂った。

 発作としか言えない感情の侵食に吐き気をこらえヴァルディースは蹲った。あたりの木々は今の衝撃で黒ずんだ炭と化していた。

 ザフォルはただ哀れむようにヴァルディースに告げた。

「そいつを食うも食わないもあんたの勝手だ。でも食うなら早めにしとけ。人間の負の感情の侵食ってのは、あんたが思うよりきっと厄介だ」

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