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炎狼の抱擁  作者: 日々夜
1章 炎の記憶
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1章 炎の記憶 13

「ザフォル、あなたこんなところで私たちを巻き込むつもりですか!?」

 フェイシスが金切り声をあげてザフォルに詰め寄る。さすがにその剣幕にはザフォルもたじろいだ。

「何、ただの兄弟ゲンカだ」

「あなたたちの兄弟喧嘩は非常識すぎるんですよ!」

 フェイシスの言い分には今回ばかりはヴァルディースにも同意せざるを得ない。ガルグの長と対をなすザフォルがガルグに弓引くならば、ガルグにとっては裏切りの一言で済ませられる事態ではない。下手をすれば世界を二分し、破滅の寸前に及んだ創世の聖戦の再来となりかねないのだ。

 そんな軽率な真似をすればどうなるか、ザフォルに分からないはずもない。

「大丈夫さ。ヴァシルの奴もわかってる。破壊者アルスが復活しないまま、あいつは自分勝手に動いたりしない。それより、ヴァルディース。あんたにこのままここにいてもらうのはちとまずい。レイスを眷属にする気になってくれたのはいいんだが、ここじゃ落ち着いて契約もできんだろう? 一緒に転移させるから、そっちでやってくれ」

 わかっていたことだが、ザフォルにはやはり筒抜けか。この状況で悪趣味な覗き見をなじる気などないが、ザフォルの身勝手さにはいつも腹立たしくなる。

「じゃあ、僕たちも……!」

 ユイスが身を乗り出す。レイスと再び離ればなれになりたくないと思うのはユイスにとっては当然だ。

 だが、ザフォルはそれを拒否した。

「ユイちゃんは、身体を再生させなきゃいけないからとりあえず別の場所に行ってもらいたいんだなぁ」

 無造作に、ザフォルはレイスに近寄りその髪のひと房を切り取った。

「レイスの身体の一部を使って、ユイちゃんの身体をを作る。それで問題ないっしょ?」

 髪のひと房からどうやって身体を作るというのか、ヴァルディースには見当もつかない。ザフォルのやることなすこと全部が無茶苦茶に思える。

 とはいえ、今はそのザフォルの言う通りにしなければどうにもできないというのもまた事実だ。

「転移させるってんならさっさとしてくれ。どう考えてもやばいことになってきてるぞ」

 諦めのため息が思わずこぼれ出た。

 こうしている間にも爆音と振動は激しくなっていた。ザフォルは余裕に構えているが状況が分からないこっちにしてみれば、ガルグとこんなところでやりあうなんて冗談じゃない。もう一度捕まって実験台にされるなどごめん被る。

「大丈夫だって。ヴァシルが出てきてるわけじゃないみたいだし、簡単に俺の結界は破らせねぇよ。俺がこの場にいる限りはな」

 ふざけた口調の中、ヴァルディースは一瞬ザフォルの表情に得体の知れない鋭さを見た気がした。見間違いだろうか。もう一度見てもザフォルはいつもの調子で転移の陣を敷き始めている。

「二人を飛ばしたら、こっちも移動しなきゃならんし、しばらくは連絡取れないことになるが、まあ大丈夫だろう」

 複雑な幾何学模様を連ねた円陣が宙に浮かび上がる。全てが魔力の命令式であるのに、ヴァルディースにも理解できたのはほんのごく一部だった。

 かろうじて読み取ることができた行き先の座標は、炎を意味した何か。戸惑う間にも魔法陣は発動し、ヴァルディースとレイスの二人を包み込む。

「オイ、これは一体何処に……!」

 叫ぶ間もなく浮遊感がヴァルディースを襲った。

「説明も無しかあのクソ野郎!」

 天地が逆さまだった。足元には幾千もの星々が瞬く夜空があり、頭上には広大で真っ暗な荒れ果てた大地があった。

 ヴァルディースは視線を巡らせてレイスの姿を探した。さほど離れていないところに放り出されたのだろうが、落下速度は加速しており、このまま何もせずにいれば頭から大地に突っ込んで肉片と化すのは目に見えている。

「手間かけさせやがって」

 毒づいてヴァルディースは全身を震わせた。本来の獣の姿に立ち戻り、宙を蹴ってレイスに追いすがった。

 レイスが落ちる。ヴァルディースが追う。焔の毛並みを風が巻き上げる。レイスにしかし、あとほんの僅かが届かない。

 どうせ、死なない人間もどき。助ける必要などない。そうは思っても、目の前でむざむざ死なせるのか。

 クソ、とヴァルディースは吐き捨てた。

 ヴァルディースはありったけの炎を吐き出した。地表を覆う劫火を巻き起す。砂漠が炎の海と化し、熱風が踊り狂う。

 せめてヴァルディースが風使いであったならこんな無駄なことをする必要などなかった。炎によって無理矢理叩き起こされた風の精霊たちが、激怒してヴァルディースめがけて昇ってくる。激しい上昇気流がヴァルディースとレイスを包み込んだ。

 風にあおられふわりと一瞬、レイスの体が浮き上がった。ヴァルディースはその隙にレイスの下へ体を滑り込ませ、受け止めた。重みがヴァルディースにのしかかってきた。

 体を反転させ、怒りに荒れ狂う風の小精霊たちをあしらって、レイスを抱きかかえてヴァルディースは炎の外に着地した。

 若干黒く焦げた跡を残して、一瞬激しく燃え上がった炎は消え果て、精霊たちが言いたい放題文句を言いながら去っていく。

 元に戻った大地を見渡せば、荒れ果てた砂と岩が延々と続いていた。意識の薄い小精霊たち以外にはヴァルディースとレイスの二人しか存在しない。もちろんガルグも存在しない。ザフォルが飛ばしたのは、そういう世界と世界の間に存在する、小さな狭間の世界だった。

「こんなところでのんびり契約しろってか。確かにガルグは追ってこれないだろうが……」

 夢幻境界とも呼ばれるそこは、何千何万と存在するという。実際に存在を確かめた者はおらず、長らく予測の域を出なかったのだが、さすがにザフォルは把握していたということか。ヴァルディースももちろん訪れたことはなく、まるで未知の世界だ。行き来する方法などザフォルの他には誰も知らないだろう。確かに身を隠すならここ以上の場所はない。

 逆に言うならザフォルが道を作らなければヴァルディースたちもここから出て行くこともできず、そしていつになればザフォルが再び道を開くかもわからない。

 救いがあるとすればこんな場所でも魔力と精霊が存在していることだろう。魔力を糧にするヴァルディースが、魔力を失ってしまう可能性はない。逆にフェイシスが放り込まれていたら危険だったかもしれない。ここに水の気配はなかった。

 ヴァルディースはため息をついた。

 腕の中のレイスはまだ夢の中だ。ここは確かにレイスと契約するには都合のいい場所だ。一度決めた決意が鈍らないうちに、さっさと済ませてしまった方がいいかもしれない。

 地平の彼方から、ギラつく陽炎を伴って太陽が顔を出す。世界における炎の支配が強くなっていく。

 光が照らすレイスのほおに、赤みがさした。

 受け入れると決めた。その意思を今更覆す気はない。

 一番手っ取り早い方法を思い浮かべ、ヴァルディースは一瞬ためらいかけ、けれど今更のことかと思い直した。

 顎を掴んでレイスの顔を寄せる。唇に口移しでヴァルディースの魔力を流し込む。

 ヴァルディースの炎がレイスを支配する。それで契約は成るはずだった。

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