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炎狼の抱擁  作者: 日々夜
1章 炎の記憶
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1章 炎の記憶 11

 何千年も前の話だ。ヴァルディースはまだ生まれたての精霊だった。世界には4つの属性があり、4人の精霊の長がいた。ヴァルディースは生まれた時から炎の長だった。他に水、大地、そして風がいた。

 水はフェイシスと言い、常に喧嘩しあっていた。大地のユーアは物事に関心が薄く、あまりヴァルディースと関わらない。風のファラムーアは、穏やかで愛くるしく、いつもヴァルディースと共に過ごしていた。

 楽しい毎日だった。飽きることなくファラムーアと戯れた。風はヴァルディースの炎を時に激しく煽り、時に厳しく制した。

 精霊に外見など関係ないのだが、彼女はよく黒髪の少女の姿を取っていた。ファラムーアは人間が好きで人間のやることを真似た。だからヴァルディースもそれにならい、釣り合うように赤髪の男の姿をとった。

 恋人だったのかと言われると疑問が残る。精霊に人間の言う生殖という概念は存在しない。人間の関係性で例えるならば兄弟姉妹の方が近かったような気もする。

 事実、ファラムーアが心の底から愛したのはヴァルディースではなく、人間の男だった。

 ファラムーアは人間と生きることを望み、そして願い通り人間となった。精霊としての力を捨て、愛した男と老いることを願った。風は精霊の長を失った。

 折しも世界は戦乱に陥っていた。精霊は人間と契約し、力を得て争った。ヴァルディースも力を貸した。ヴァルディースが契約した人間は炎の力を得て周辺国を次々と攻め滅ぼした。風の精霊を頼った一族がいたが、風は長を失い人間に与えるほどの力を持たなかった。やがてその一族もヴァルディースの契約者に滅ぼされかけた。その中にファラムーアがいた。

 ヴァルディースは最初彼女だと気づかなかった。精霊に外見など意味はない。持って生まれた魔力の質でものを見分ける。精霊の長としての力を失い、変質したファラムーアに、ヴァルディースは気づかなかった。

 ヴァルディースにわかったのは契約した人間の、敵であるということだけだった。ヴァルディースは敵と認識したファラムーアを自分の炎で焼いた。

 気づいたのは彼女が灰と化してからだ。

 ヴァルディースは嘆いた。精霊の全ても嘆いた。それ以後、精霊と人間の契約は接触も含めて固く禁じられた。人間は精霊の声を聞く術を失い、魔力を行使する術を失って、衰えた。





 レイスの身体と共にフェイシスの水槽がある広い研究室から、個室へと移った。

 寝台に寝かされたレイスは未だ眠り続けている。傷は大部分が修復された。一旦バラバラになった身体が自然再生でここまで戻ってしまうなら、確かにこいつはもう人間とは言えない。

 ピクリとも動かない体は、どこか死者を連想させた。白い肌には未だ血色が戻っていないから、余計にそう思うのかもしれない。口元に手をかざせば僅かに呼吸していることがわかるし、弱々しいが鼓動も確認できる。目を覚ますのも時間の問題だ。

 食う気がないならさっさと眷属にしろと押し付けられてこの部屋に追いやられた。冗談じゃないと思うのに、奴らはヴァルディースにどうしてもレイスを眷属にさせたいらしい。

 眷属にしたところで放り出せばいいのではないかとも思う。精霊の長の眷属というものが、レイス自身の行動を縛ることになるだろうが、知ったことではない。一度ヴァルディースの炎に染めてしまえば、あとは属性が異なろうともフェイシスもいる。力の扱い方がわからないというのなら、ザフォルは魔術師だ。精霊が魔術師に教えを請うというのは馬鹿馬鹿しい話だが、ザフォルであれば並の精霊より魔力を熟知している。師とするなら適任だろう。

 そこまで考えて何を迷う必要があると何度も自分に言い聞かせた。それでも、踏ん切りがつかない。

 ザフォルがさっき言っていた言葉を思い出す。昔体験した記憶と似たようなものを負わされる。何をふざけたことを言っているんだと突き放せばいいだけのことだったはずが、それができずに逆上した。

 何千年も前に確かにヴァルディースは一人の女をこの手で失った。だがそれはもうヴァルディースですら彼方に追いやっていたはずの記憶だ。レイスとはまるで違うし、そんなことをザフォルに突き回される謂れも全くない。

 どうせおしゃべりなフェイシスが面白おかしく尾ひれに胸びれまでつけて喋り散らしたデタラメだろう。だからヴァルディース自身真に受ける必要もない。

 だが、だとしたらなぜ自分はどうにも身動きの取れない状況に陥っているのか。

 レイスが存在し、なおかつ眷属としてしまうなら、ヴァルディースはおそらくレイスの記憶と感情に今後もずっと影響を受け続けるだろう。 さっきのようにヴァルディースの意思を乗っ取られる可能性ももう一度無いとは言い切れない。それが恐ろしいというのだろうか。

「それこそ馬鹿馬鹿しい」

 何を恐れるというのだ。恐れるくらいなら今すぐ食ってしまえばいいだけの話ではないか。そんなことが理由であれば、ヴァルディースはここで迷ったりなど最初からしていない。

「あのぅ……」

 不意にヴァルディースの耳にためらいがちの呼びかけが届いた。扉が開いた気配はしなかった。顔を上げても部屋に他の人影はない。ただ、眠るレイスの枕元に、申し訳なさそうに佇む小さな塊があった。

 ヴァルディースは思ってもみなかった姿に思わず目を凝らした。

「どうも、初めましてって、言えばいいのかな」

 気まずそうに苦笑いを浮かべるそれは、先ほどフェイシスと共に水槽の中で見かけた。レイスの双子の兄のユイスだった。


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