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遺跡の調査 2

 ロアとリア。

 その二つの名前は、創世神話に於いて名前が出てくるものの、具体的な活躍は不明とされる英雄である。

 神ではなく、人間族の英雄だったはずだ。


 それは今ここで見た、日本語で書かれた、ロアの言葉と矛盾しない。

 ――神に非ず。

 そう記録が残っていて、本人らしきものもそう自称するならば、実際にそうなのであろう。


 さて、具体的な活躍は不明な英雄という、微妙な存在である理由は、登場する場面を『創世神話』から少しばかり引用しよう。

 次の通りだ。



 ――ウィズラ(七つの神)()ハダル(八つの種族)の争いは一先ず収束した。

 ――人間族の長たる人神は、己の導くべき者達に告げた。

 ――「変えたくば青年ロアを頼れ。癒やしたくば乙女リアを頼れ。神に非ずも特別な者である」



 このことから、ロアは知恵と知識のある者と考えられていた。

 また、リアは癒しの力を持つ者と考えられていた。

 しかし、具体的なことは一切不明である。


 他にも言及される場面はあるが、似たような表現で、彼らが直接描写されることはないために、人の名前ではなく概念や都市、物の名前などではないかという説すらもあったほどだ。

 しかも、特にロアは曖昧が過ぎたために忘れ去られ、リアはミリア教の元である『聖女ミリアの伝説』に上書きされてしまった。

 また、人間族の英雄であるので、神である人神は別格であるが、他種族には殆ど知られていない。


 というのもそもそも、俺が読んだ『創世神話』もそうなのだが、基本的に『創世神話 Side 俺達の神』といった感じで描かれるのが普通である。

 形式としては三人称進行であるものの、自分たちのリーダーである神を主人公としているのは明白だ。

 前に、ハツネと話をしたのだが、天翼族である彼の『創世神話』は天神が中心の作品であるそうだ。




「――様、ジーク様」


 ふいに、自分を呼ぶ声で現実に引き戻された。

 言葉が出せなくなるほどに驚いたにもかかわらず、思考はフリーズせずにごちゃごちゃと色々なことを思いだしてくれていた。

 そのおかげで、表層意識がトんでいたのもまた事実ではあるのだが。


 レイナが心配そうな顔で、俺を顔を覗き込んでいる。

 ハッとした俺は、溜め息を大きく一回吐いた。そして、あたかも落ち着いた風を装って、レイナを顔を見つめ返す。

 レイナは暫くこちらのことを見つめたのち、心配そうな表情を、ゆるい笑顔に変えた。


「大丈夫そうですね、良かった。……ジーク様は読めますか? 私は半分も読めないのです」


「……読めるよ。分かった」


 レイナの問いかけに答えると、驚いたような表情を見せたのは、大人たち四人全員であった。

 他の言葉も代弁するように、言葉を零したのはフリッツであった。


「ジークとマリーナはこれを読めるのか……」


 そうなのだ、読めるのだ。

 レイナが読めるのは俺の影響であるが、俺にとっては二十年間も慣れ親しんだ母語である。ローラレンス語を使っている年月よりも、まだまだ長い。

 俺はフリッツの独り言に、「ああ」と返し、概要をかいつまんで話すことにした。


「内容をまとめると、そこの祭壇に魔力を流せば精霊が現れる。そして、呼び出した者とは別の、特定の人物が精霊に好かれるらしい」


 とはいえ、流石に転生者であることから、俺がロアの系譜である可能性や、癒しの力を持つことから、レイナがリアの系譜である可能性は伏せた。

 神話に、それも創世神話に関わることを口外するのは、仲間であっても流石に抵抗があった。

 彼らがそれで態度を変えることはないだろうが、ものには内容というものがある。これは流石に問題がある気がする。


 精霊を呼び出せると聞いて、レイナを含む全員が面食らったような顔になった。

 ファンタジーな世界であるこの世界(ウィズラ=ハダル)においても、精霊はなおファンタジーである。

 確かに神話には出てくるが、神話は完全ノンフィクションというわけではない。

 そして、精霊はいなくても世界は成り立つように思えるのである。そこが、神と精霊の差だ。神はいなければ今の世界が成り立ちえない。


 それでも、それ故に、これは知的好奇心に駆られる事項でもあった。

 仮にレイナがリアの系譜であったとしても、「懐かれる」という表現である以上は、危険というわけではないだろう。

 好意的に危険を書くなら「好かれる」という表現になるはずだ。――まあ、このあたりは、俺の感性も含まれているが。


 だから、俺は祭壇に魔力を流してみようと思った。

 声に出して、実際に提案をしてみる。


「やってみようと思うのだが、どうだろう?」


「……危険な気もしますが、精霊というのは、少なくとも神話に於いては善性です」


「精霊は善性だ、それは間違いない。恐らく大丈夫だから、やればいい。――本当に、最悪の場合は俺が盾になろう」


 意外なことに断られなかった。

 そう――精霊は善性である。人類の味方だ。

 俺はもう一段階安心を得て、祭壇に手を置いた。


 イメージするのは、初歩の初歩である魔力球を作るときの、より一歩前の段階だ。

 球を作ることすらイメージせずに、純粋に魔力を手のひらから外側へ溢れさせる。

 すると、祭壇の表面に淡い光の模様が浮き上がる。それは見たことの無い形式だが、魔法陣と呼ばれるものであった。


 祭壇の光は表面から側面までいっぱいに広がったが、床まで伸びてそれっきりであった。

 魔力が減ることによる倦怠感を感じる一歩手前といったところで、手を触れた場所から光が徐々になくなっていって、暫し後光は消えた。

 神秘的な光景は終わって、元の状態に戻った。


 俺達は精霊が現れることを期待した。

 しかし、カリンの正確な体内時計によるところ鐘一つ分は待ったのだが、それ以上の変化は訪れなかった。何とも拍子抜けであった。

 俺達は仕方なく、遺跡を後にした。勿論、あの日本語を含む言葉などをメモした後である。クエストの証拠の旗もしっかり確保した。


 森の外縁に出て、放していたマツカゼたちを呼び寄せる。優秀な名馬たちはすぐに集まってくれた。

 俺達は彼らに乗り、イェーガー辺境伯領バールバーレに向かって出発した。


 しかし、まさかあのような目に見える反応と、衝撃的な文書があって、何もないというのは些か信じられない。

 強く、風が吹いた。

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