久しぶりの狩り
身体強化を施し、腕を振り下ろす。
ユグドーラで新調したダマスカス鋼製の剣は、非常に素晴らしい切れ味で、殆どの抵抗なく魔物を両断した。
鋭い切れ味のおかげで、余計に返り血を浴びることもなく、久しぶりの狩りは快適であった。
ここはヴァインガルトナー男爵領内にある、通称「無角鹿の森」だ。
名前の通り、角のない鹿のような魔物が多く生息している地域である。
角はないものの、革や肉などは、動物の鹿以上に上質なものが多く取れるため、冒険者向けにその狩猟採集任務も多く出ているのである。
今倒したので五体目。取る数には制限が無いが、一人あたり二匹程度持ち帰るのが多いと言われている。
すると、今のでちょうど半分だろうか。
剣を鋭く一振りして、ついた血を掃いながら、情報共有をする。
「追加で一匹倒した。そっちはどうだ?」
主な返事は「変わりなし」であったが、フランツィスカはもう一匹倒したと告げてきた。
すると今日の戦果は俺が二、ウォルフガングが一、そしてフランツィスカが三になるので、彼女が一番鹿を狩っているということになる。前から分かっていたことであるが、フランツィスカは非常に狩りに慣れている。
カリンもそうなのだが、彼女はどちらかというと、風属性魔術による索敵をしている。補助みたいなカテゴリで考えると彼女は六匹狩ったということも出来るのか。
さて、狩りの続きを行う前に、たった今狩った二匹の無角鹿の血抜きを行う必要がある。ゲームみたいに都合よく美味しい肉や綺麗な毛皮だけがドロップしてくれるはずもない。
討伐なら兎も角、狩猟採集では処理は非常に重要だ。既に四匹の血抜きが行われている場所で、同じくして処置を行う。
まずは足を縛って、丈夫そうな枝に逆さ吊りにする。
次に喉元を切って、動脈から血が流れ出るのを待つ。
血抜きとしてはこれで以上なのだが、出来るならばこれに加えて温度を下げることが好ましいとされている。フランツィスカ曰く、理由は分からないがそういうものなのです、とのことだが、恐らくは菌の繁殖を防ぐためだと思われる。
なんといっても、この世界では比較的気軽に冷却できる。維持となると中々に面倒だが、一旦温度を下げてしまえば暫くの間は問題ない。火属性魔術で直接の温度を下げれば良いのだから、一発で中核の温度を変えられるからな。
また、地属性魔術を使えば氷やドライアイスを出すこともできるし、これは意外と低コストなのである。
爆薬の材料として液体酸素を作ったときと同じく、物質として珍しい状態ではあっても、氷もドライアイスも、所詮は水や二酸化炭素にすぎないのである。
酸素よりはやや重いが、単体とか化合物とか、そのあたりが影響しているのだろうか。
正直、科学は専門分野ではないので良く分かっていない。高校レベルの知識はあるが、基本的に文系なので、科学的検証を行えるほどの実力は皆無と言ってもいい。
知識だけ提供して、あとはアネモネあたりに任せるのが最適解だろう。
今は秋も深まる頃で、南部といえどもそこそこ緯度が高いローラレンス王国では、菌が活発に動く気温は下回っているのだが、念の為に温度を下げる処置は行っておく。
氷は流石に作らなくても良いだろう。
六匹もの鹿が吊るされて血を流している様は中々に強烈なものであるが、慣れて来たというのも正直なところだ。久しぶりではあるが、こういった魔物や動物は、この旅に出てから何度も狩ってきたのである。
「平均的な数でいくと、あと四匹狩ればその数になりますが、どうしましょうか、ジーク様」
「絶対その数を狩らなきゃいけない訳じゃないけど、冒険者たちに侮られないためには、初回くらい平均数は狩った方が良いんじゃないか」
「確かにそうですね。……んん、今日は肉を食べる気にはなれなさそうです」
レイナがそう言って苦笑した。俺も同じ気持ちである。
もっとも、数などは関係なく、一匹目の段階で出来たら肉は遠慮したいものだ。
一方で軍人の二人や、王都に来る前は狩りをしていたらしい女官二人は、まるで平気そうな顔をしていた。過去形なのは、今現在は食事中ではなく、過去に彼らは平気で肉を食べていたからである。
ありがたく戴くべきなのはわかっているが、なんといってもやはり俺たちは温室育ちなのである。
一晩寝れば、朝から肉を食べることも出来るのだが、このあたりは個人の感覚である。俺はそうなのだ。不思議と、レイナも同じであるが。
食べれる心境の時は、ちゃんと感謝の言葉を述べてから食べているからな。「いただきます」と日本語で。――ローラレンス語に該当する語がなかったのが、日本語である理由である。
閑話休題。
少しだけ休んで狩猟を再開した。
無角鹿を仕留めたのは、ウォルフガング、フリッツ、レイナ、フランツィスカであった。
総合数でみると、フランツィスカの無双感が凄い。
十匹仕留めたので、冒険者ギルドに持ち帰って鑑定してもらうと、更にフランツィスカの凄さが分かった。
というのも、彼女は弓矢を使って狩っているので、傷口が一ヶ所点であるのみである。一方で、俺達が狩ったものは、一ヶ所でこそあれ、傷口が線で生じてしまっているのだ。
そういった些細なことは鑑定額にしっかりと影響し、フランツィスカのもののほうが、幾らか値段が高かったのである。
換金も終わったので、宿に移動する。
今日の夕飯は肉を取らずに、少し多めのパンと野菜とスープで補った。