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情報集積・確認

 フランツに案内された小屋は、簡素なものではあったが、それでも清潔に管理されていた。いや、管理されていたというよりは、掃除と改修をしたと言った方が正しそうではあるが。

 然程大きな小屋ではない。真ん中にテーブルがあって、その周りに椅子が複数個並んでいる。奥の部屋は簡単な調理場かつ物置といったところなのだろう、フランツの従者がそこから全員分の飲み物を持ってきた。

 上座や下座は考えずに、話しやすいように俺とレイナがフランツと対面して座る。


「改めて久しぶりだ。ヴァイス、レイナ、従者たち。……実の妹すら会うのが数回目というのは何とも不思議な気分だけれど。

 さて、俺は従二位大公爵家第一子フランツ・オイゲン・フォーガス・ユグドーラ。父であるユグドーラ大公爵の代理として、一連の事件に関する話をするために、君たちをここへ呼んだ。先ずは一気に話すから、後に意見を述べてもらいたい――」


 フランツは聞き取りやすい、良く通る声で話し始めた。







 ――ことは十一年前の誘拐事件、もしくはその前の段階から始まる。

 妹も被害に遭いそうになったと聞いたときは、実感が湧かないなりに寒気を感じたものだが、ここでは無事だった以上は問題にしなくても良いだろう。

 さて、最初にどういった事件であったか、からだな。


 王都で誘拐事件が発生したという話題が上がったのは、王国歴729年末のことだ。

 そこから合計四件の被害が上がって、最後にお前たちが被害に遭いかけ、しかしながら、末恐ろしいことに、自力でそれを切り抜けた。

 実行犯たちは全滅し、事件は一応の終息を見せた。


 しかし、ここで問題であったのは、被害に遭った四件が全て貴族の子弟であったことだ。

 従五位伯爵家第三女エマ・リュナ・フォン・リーゼス。

 従五位伯爵家第三女コルネリア・ドロテー・フォン・リンデンベルク。

 従七位子爵家第二子エドヴィン・イーヴォ・フォン・ベットリヒ。

 従七位子爵家第一女ペトラ・レナータ・フォン・ザイツ。


 お前たちのように、特筆するような身分でもない。

 お前たちのように、特筆するような才能でもない。

 しかし、しかしだ、国内でも最も平和な王都で、貴族の被害が四件だ。ハッキリ言って異常だ。尋常ではない。

 バレたらただでは済まないというのに、こともあろうに貴族を狙い、最後には四英雄家までも狙った。


 ここから推測されることは、国内の平民が犯人ではないということだ。

 誘拐はどうやっても極刑に処されることではあるが、貴族を狙うということは簡単に言えば()()()()()()()()()()()()。特にお前たちを狙ったことは、王国神話に基づき、貴族ではなく平民までもを敵に回すことになりかねないというのに。

 そこで我々は国外に主犯がいるのではないかと推測した。容疑を向けるに値する国家は、消去法ではあるが二国だ。


 リオーネ王国。

 シャルル独立国。

 どちらも獣人族の国であり、極端に言えば強きものが正義であるという文化だ。また、ローラレンス王国に国境が地続きで接している。

 だから、一応は国家レベルで調査もしていた。主導したのは、国境を有する、我々ユグドーラ大公爵領と、バウマイスター大公爵領だ。しかし、不甲斐ないことに、結果としては情報は掴めないままに終わった。


 さて、それがどうして、十一年も経った今になって、急速に情報が入ってきた。初めての手掛かりと言っても過言ではないかもしれない。商人たちの情報を、より深くまでしっかりと漁っていれば、もっと早くから知れたかもしれないけれどな。

 情報とは、商人たち曰く「裏の糸が追えない美人娼婦」――つまり、エマのことだ。


 エマ・リュナ・フォン・リーゼスと名前の一致に加え、年齢や外見的特徴に類似性が見られた。かなり高い確率で本人だと言えるだろう。

 また、彼女や、彼女のストーカー……で良いのか? あの獣人族の青年の証言を擦り合わせると、彼女は十一年前に、不意に獣人族の街に現れたという。といっても神秘的な意味ではなく、文字通り現れただけだ。


 さて、ここに別の事件も絡めよう。いや、これは正確には事件ではないのだが。

 リオーネ王国では、近いうちに政権交代が起こると言われている。その為の王位継承権争いの、政争かつ内紛が起きるだろう。その中には、新領地獲得を目指すものもいるという。

 さて、何人かのものがこう考えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()どうだろう。


 意外とつじつまが合うのではないか。

 或いはこじつけかもしれない、発案者自身もそう言っていた。

 だが、こういったことは意外とあてになる。可能性としては零でないことがポイントだ。


 他にも色々な意見があるが、あまり有力とは言えないな。一応紹介しておこう。

 北東部の地域で精霊が活発に動いているのだが、関係があるのではないか。

 バッケスホーフ子爵領都憲兵詰所の、馬小屋倒壊及び馬の逃亡と関係があるのではないか。

 シュタルケ騎士領とその近郊の村で詐欺被害が多発しているのだが、関係があるのではないか。

 まあ、本当に関係ない可能性の方が高いものだ。気にしない方が良い――







「――さて、気になるところはあったか? 何もなければ、エマの様子を感じたままに教えて欲しい。また、幼少期の頃を覚えていれば、実行犯から感じ取れるようなものはなかったか」


 フランツは堂々と強くそう問いかけてきた。

 俺とレイナは顔を見合わせた。

 お互いにあのときのことは覚えているが、しかしさて、感じることなど特にはなかったと思う。


「十一年前のことは覚えているが、彼らからは何も感じなかった。誘拐犯だな、としか」


「私もそうです。彼らは人間族で、犯罪者で、しかしそれだけです」


「そうか……他はどうだ?」


 フランツが更に問いかけると、今度発言したのはカリンであった。


「先程、大公都出発前のエマの発言ですが、『私はある街に住んでいた。誰もが私とは少し違った。そして、その街よりも前には、別のところにいた記憶がある――親の顔も覚えてはいないけれど、幼心に好きだった人の綺麗な顔と美しい金髪は覚えてる』。前半部分については、既に予想されている通り、ローラレンス王国から誘拐され、獣人族の国の何れかにいたことを意味するものです。そして、後半については、私はこれに関して、ハインツ殿下のことではないかと予想します」


 フランツは少し考えたのち、頷いた。


「親よりも記憶に残る美男子といえばそうなるだろう。しかし、陛下や、ヴァイスでも良いのではないか?」


「陛下は年齢が離れすぎていますし、ヴァイス殿下はエマ・リュナ・フォン・リーゼスが誘拐された当時『入人式』前ですので」


「成る程、道理だ」


 フランツは満足そうに頷いた。

 しかし、やはりこういったことになると、俺ではカリンには敵わないとつくづく実感する。現代知識を生かせないところでは、上位にはなれ出ても、最上位にはなれないのが如何ともし難いところだ。

 俺も気になることもあるにはあるのだ。しかし、事件とは関係ない方向なのである。どうするべきか。いや、知らないことにはどうしようもないので、聞くべきであろう。


「フランツ、先程、余談のところで精霊と言っていたが、あれは何だ?」


「精霊はあの神話なんかに出てくる精霊だ。地脈をはじめとした魔力の流れの中の『意志』が精霊だ。

 まあ、俺も実際に見たことがあるわけではないが、そもそも魔力の流れが激しいことを『精霊が活発』とスラングでいうらしく、実際に精霊がいるかは分からん」


 成る程、まあ、スラングの可能性が高そうだ。

 仮にいたとしても、一連の事件とは関係がないだろうし。

 そういうと、フランツも同意するように頷いた。

 その後、暫くの間論議を交わし、情報がブラッシュアップされたフランツは俺達の目を見ながら言った。


「参考になった。こっちは俺達大人がやっておく。お前たちは『旅』を楽しんで、色々聞いて、後に活かすために何でもしろ――それが個人レベルでも国家レベルでも、一番大切なことだ」


 俺とレイナは大きく頷いた。

 小屋から出て、俺達は平民に変わった。

 各々、馬に乗る。


 フランツ達の馬は南へ向けて駆けだした。

 俺達の馬は北東へ向けて駆けだした。

 任せるべきところに任せて、俺達はやるべきことをしようと。


 次の大目的地はプレヴィン辺境伯領。

 次の小目的地はヴァインガルトナー男爵領。

 名馬マツカゼは、心地好い秋の日の下で、力強く地を蹴った。

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