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謎の少女 2

 ――噂の娼婦。

 ユグドーラ大公都の商人の中では、隣国の情勢、大麦の価格と並んで有名な噂となっている、一人の娼婦のことだ。

 なんで噂になっているかといえば、彼女は背景が一切掴めないのだという。


 そもそも、娼婦の裏の事情なんて普通は知らないだとか、仮に知ったところでどうするのかという話もあるが、何といってもここは商人の街だ。

 彼らはそのネットワークで様々な情報をつかみ取り、そして自衛のために使う。

 娼婦というのは言ってしまえば金を払って女性を抱くわけだが、さて、その女性が本当に娼婦かどうかは非常に重要な問題である。これが美人局(つつもたせ)であったりしたら、一気に破局へと追い込まれてしまう。


 そんなわけであるから、まともな商人は、裏のわからない娼婦などは買わないわけである。

 裏のわからない中でも、噂の彼女は特に裏が不自然に掴めないので、戒め的に噂になっていたわけである。具体的に彼女が何かしたわけではないが、君子危うきに近寄らずというわけだ。

 もっとも、俺は何かされたわけだが。まあ、実害はなかったので今のところは問題ない。


 と思っていた。

 次の日、午前中、俺は前言を撤回するべきだと思った。彼女直接ではないが、なんとも面倒くさそうなことになっていた。昨日俺のことを睨んできたあの獣人族の青年が、肩を怒らせてのしのしと俺のほうへ歩いてきた。

 殺気とまではいかないが、ネガティブな感情が露呈していて、ウォルフガングやフリッツが警戒態勢に入る。俺を含む他四人も、最低限は身構えた。

 青年は改めて俺を睨むと、言葉を吐き出した。


「おい、お前。そうだ、金髪のお前だ」


「……なんだ?」


 明らかにこちらを見ている以上、答えないと面倒なことになりそうなので、仕方なく返答する。

 あまり気合の入った返答は出来ていないが、青年は気にした風もなく続ける。


「昨日、酒場で、お前はエマのことを蔑ろにしただろう。俺はそれが許せない。あのエマが、初めて誰かに見せた好意をお前は蔑ろにした」


 随分と一方的な理屈だな、と。俺が抱いた感想はその程度のものであった。

 エマというのは「噂の娼婦」のことであろう。

 すると、彼はそのファン……お得意さまといったところだろうか。彼女と関係があるのならば、少なくとも商人ではないだろう。


 気になるのは、初めて誰かに見せた好意、というところであるが、何か裏があるのだろうか。

 もしくは、そんなものはなくて、単純に彼女が相当な面食いなのか。自分で言うのもなんだが、俺よりも容姿で優れているとなると、知っている限りではハインツ兄様くらいのものだからな。

 理由はともあれ、俺にはどうしようもないことだ。


「一方的だな。俺は一人の女性だけを愛しているいるに過ぎない」


「それであってもだ。彼女は、気が付いたら側に居た。気が付いたら娼婦になっていた。俺には流れなんて理解できないが、少なくとも彼女が誰かに好意を――友愛にせよ恋慕にせよ――見せたのを見たことが無いんだ。それを、お前は蔑ろにした」


 話の流れが理解できないはこちらの台詞だ。

 頭が痛くなってきた。

 例えるならば、歴史教師が「歴史の流れよく分からないけどこうなったらしいぞ。理解しろ」と言ってきているようなものだ。分かるはずがないし、仮に分かっても中身は空っぽだろう。


「何が言いたいんだ、お前は」


「何が、何が……? 俺は彼女の幸せを願うのみだ」


「それで、心も体も開けと? 人間はそんな単純に出来てはいないんだよ」


「……彼女は、幸せになるべきなんだ」


 青年は唐突に語り始めた。

 脈絡もなく、道の真ん中で、だ。

 流石に意味が分からない、どうしろと?


 このまま放置して、どこかへ行ってしまいたい気持ちが大きい。

 しかし、レイナと眼を合わせると、俺の「聖女」はどうにも優しかった。まだ実害が無いからだな。

 ウォルフガングやフリッツは、正面にいる方が脅威にはなりえないと、的外れなことを言った。

 カリンは微妙な表情をしつつ鼻で溜め息を吐き出し、フランツィスカは苦笑いしつつ控えめに肩を竦めた。

 しかたがない、俺も聞きたくはないが聞いてやろう……。



「彼女は十一年前、俺の住む街へやってきた。規模は大きいが名産もなく流通ルートでもない、獣人族しかいない街だ、突然、人間族の幼い子供が連れてこられた時には驚いたよ。

 彼女本人の話ではないのだが、彼女は適性が無く、何かから弾かれたらしい。そして、まだ幼いのに娼婦にするというんだ。勿論、そういったことは直ぐにはさせないらしいけれど、とにかく娼館だ。

 そして、最近になって、彼女はこの街に送り出された。それまでに客を取ったという話も聞かないけれど、しかし娼婦としてこの街に送り出された。理由は俺には分からない。でもそれが事実で、そして俺は彼女を追いかけてここに来たんだ。何かしてやれるわけでもないけれど、目を離すことも出来なくて」



 なんというか、青年は話すのが下手くそだ。話にまとまりというものがない。

 さらに言うならば、胡散臭いことこの上ない。目的が不明すぎる。

 しかし、情報自体は中々に興味深いものであった。


 第一に、獣人族だけが住む町など、ローラレンス王国にはない。

 第二に、突然やってきて何かの適正になかった、というのだ。それはいったい何なのか。

 第三に、これは彼の主観であるが、誰かの支配下にありそうであったのに、しかし売られていないというのだ。つまり、身体を売って金を稼ぐことではない主目的があり、それに娼婦が適していたのだろう。


 もう十分に興味深い。しかし、いまいち繋がり切らない。

 第四に……、なんだろう、どこが引っかかっているのか。

 俺が思考に迷っていると、レイナが俺の手を強く掴んできた。彼女の顔は、既に何かを察したとでもいうような表情だ。


「十一年前というと、あの事件と一致しますが、どう思われますか?」


 そう囁いてきたのは、カリンであった。

 ああ、成る程――バラバラだった思考が一気に繋がれる。

 レイナが手を掴んできた理由も、なんとなく理解出来た。


 俺たちは、当事者ではないが当事者だ。

 十一年前、当時三歳であった俺たちは、誘拐犯に攫われて、しかしながら自力での脱出に半ば成功した。

 しかし、それは俺達だけだ。

 「神童」、「聖女」――称号持ちの俺たちが良く言うなら特別で、悪く言うなら異常であったのだ。


 あの事件で、行方不明になったままの者が何人かいる。

 まさかとは思うが、無視することは出来ないな、と思わずにはいられなかった。

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