謎の少女 1
私事ですが、今日は自分の誕生日なので、勝手に記念して二話投稿します。(2つ目)
俺が新しい剣を買い、フリッツが強制的に新しい剣にせざるを得なくなり、ただ一人だけ昔からの剣を使っているウォルフガングが「俺も新しい剣にするべきだろうか」等と口走ってカリンに止めなさいと冷静に窘められ出した頃。
具体的には、フリッツが剣をやらかしてから十日程、俺達はまだまだユグドーラに滞在していた。
何にせよ、大きな都市だ。見るものは幾らでもあるというものだ。
そういえば、大麦の収穫が始まったらしく、しかも噂通りに豊作で、夜になると麦酒の大セールにより毎晩が祭りのような騒ぎになっている。
毎回同じところで食べるのも主目的を考えると微妙な所なので、今日は泊まっている宿屋ではない食堂で夕食を取っていたのだが、ここもまたかなりの賑わいといったところだ。
逆に言えば、酒を飲めない身からすると、微妙に居心地の悪い空気ではある。
ウォルフガングやフリッツすらも、身体強化で解毒しながらとはいえ、麦酒の味を楽しんでいるというのだから、なんともやりにくいことである。
そんなことを考えて、隣にいるレイナと苦笑いを交わしつつ、二人で乾杯して果実水を呷った。
しかし、料理や飲み物は美味しいのだが、こんなに酔っ払いが多いと色々諍い事が起きたりもする。
喧嘩が始まって、更にそこに賭け始めるのが定番だ。なんだかんだでカリンがしれっと参加して、高確率で勝ちに賭けていたりする。
やはり酒場でも準応力が高い彼女だが、そもそもプレヴィンは港町なので、海の男たちがやいのやいのやっているという話だ。真面目な貿易会社でも、荒くれ物が多いというのは海は危険な証拠である。
俺はといえば、カリンがナンパを追い払うのを眺めたり、レイナを口説きに来た奴を無言で脅しつけたり、そんな感じで飯を食べるのがこういった場所では定番なのだが、今日は少しばかり様子が違った。
ふと、一人の女性と眼があった。
彼女は中々の美人で、色っぽい服装をしていたが、年齢で言えば俺と同じくらいに見えた。もっとも、美人と言ってもレイナには到底及ばない。そのままなら明日には忘れる程度であった。
しかし、彼女は飲んでいた杯を置くと、ふらりとこちらの方にやってきて、ふいに俺に抱き着いてきた。
「ぅえ……!?」
思わず、変な声が漏れ出た。それは予想のつかない、あまりにも唐突なものであった。
ウォルフガングとフリッツが、剣に手をかけたのが分かった。身体強化によって酔わない状態にあったので、彼らの動きは明瞭だ。瞳に警戒と、僅かな殺気が浮かぶ。
何が起こったかは理解出来ているが、どうしてこうなったかは理解できない。
「ふふ~、イケメン捕まえました~!」
間の抜けた声で彼女は言う。
どうやら俺は捕まったらしい。いや、事実としてそうなのかもしれないけれど、あまりにも彼女の目的が読み取れない。ウォルフガングやフリッツも、警戒から動けずにいる。
そんな中で、最初に動いたのは護衛の二人ではなかった。
俺に抱き着いていた少女は、ふいに突き飛ばされて引き離された。
俺もそれにつられてよろめきそうになったのだが、腕を掴まれて引き戻される。
そのまま引っ張られて、腕を絡められたが、先程のような驚きはなく、俺にとっても自然なものであった。
「突然何なのですか、貴女は」
強い語感ではなかったが、気に入らない、というのが前面に出た調子でレイナは少女を睨んだ。
よろける少女に対して、また先程のような動きをしたら止められるように、ウォルフガングが身構え、フリッツは周囲を警戒する。
また、カリンやフランツィスカは不意打ちを出来る場所に移動していた。女官って不意打ち闇討ちは必須項目ではないと思うのだけれど。
レイナの剣幕と、よろめいた少女を見てなんだなんだと周りが注目しだしてきた。
そんな中で、少女は酔っているのか赤い顔で、堂々と主張した。
「だって、カッコいいと思ったから!」
「理由になっていません」
「いいじゃん! その男は貴女のものなの?」
つまるところ、一目惚れされたようなのだが、なんだろう、嬉しいとかはなく不信感しか感じない。
周りは痴話喧嘩か、そうなのか、と勝手に盛り上がり出した。痴話喧嘩ではないな、俺達は一方的に巻き込まれた感じだ。
レイナは彼女の質問に対し、僅かに顔を赤らめたものの、平然と返した。
「そうです、私のものです。そして、私も彼のものです。文句があるのですか」
そこまでハッキリ言われると、こちらの方も少し恥ずかしいのだが、間違ったことではないので、絡んだ腕を一旦外してレイナを抱き寄せる。
周りは勝手に盛り上がってヒューヒューと口笛を鳴らしだす。
少女だけは、納得いかない風にしていたが、暫くするとむくれたようにして店から出て行ってしまった。ちなみにだが、先払いなのでそこは問題ない。
冷やかされて僅かに居心地が悪くなってしまったのだが、まあ、気にするほどのことではない。
少しすれば、別の何かが起きて、話題はそちらへ移っていった。
それでもなお、一つだけ視線を感じた。そこに視線を向けると、一人の、獣人族の青年が俺のことを見ていた。視線に気が付くと彼は、逃げ出すように店から出て行った。
その後、ふと隣の席のおじさんが教えてくれた。
「そういえばよ、少年。お前さんに抱き着いたあの少女、噂の娼婦だぜ?」
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