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閑話5 ≪弟のいない日常 1≫

 主人公の兄、第一王子ハインツを主人公にした閑話です。

 二話構成です。

 弟がいなくなってから数ヶ月経過した。

 誤解を招く表現であるが、端的に言えば旅に出ただけである。四英雄家の男子ならば誰もが経験することになる、国内を平民の目線で見て回る旅だ。

 僕も三年前に経験した。またとない貴重な経験であり、また景観であった。


 根本から言って、僕は弟のヴァイスと比べても、()()()()()()()()だ。むしろ、弟があまりにも王爵家らしくないだけではあるが。

 そもそも父である現国家元首、王爵家当主アルトリウスからして、妻一人に執着するあたり王爵家らしいとは言えないのだが、弟はそれにプラスして色々と特殊だ。

 彼は事実として魔術師であり、発明家であり、自分では経済学者を自称する。それだけでも充分以上に特殊なのだが、思考の根本に僕との差異があって、それは旅に出た時に分かった――弟はどこかで平民的な思考をしている。しかも、それとも僅かにずれている。


 そんな弟であるから、僕たちは仲の良い兄弟であったけれど、それを除いて考えても彼は「日常を面白くする要因」であることは間違いなかった。

 事実として、ここ数ヶ月は少しばかり平和だ。少なくとも爆発音がすることは皆無になったし、新たな発明の為に資源だ技術者だと、一部の省の者が走り回ることもない。

 ただしそれは、刺激の減少も同時に意味するところである。新たにゲームが生み出されることはないし、快適な馬車のような世紀の発明がなされることもない。科学を融合させた、驚異的な魔術が誕生することもないのだ。


 寂しいな。

 単純に弟がいないことが寂しいし、そういった刺激が減ったことも寂しい。

 もっとも、実際のところは新たな刺激の供給源もあり、一概にもそうとは言い切れないのだが、同時に触れたのちに片方が無くなれば虚無感を感じるというものである。

 新たな刺激とはすなわち二つ。


 一つ目は、二年前に僕は成人して、働くようになった。

 働く省は、内務省。王爵家第一子というだけで第一室長の地位を与えられ、直属の上司は内務卿レーヴェンガルド侯爵だ。

 仕事は基本的に事務仕事になるが、その内容はといえば、立法関係についてと、地方との連絡・調整である。重要な案件は内務卿に渡し、そこから更に重要なものは国家元首へ渡される。

 総合的に鑑みると、将来的に国家元首として必要な力をもっとも養える省である。


 二つ目は、若い方の弟と妹だ。

 半年前に入人式を迎えた下の弟ラインと妹ユリアは、今日も元気に走り回っている。

 僕自身も――自分で言うのもなんだが――かなり聡明であったし、上の弟ヴァイスは「神童」の称号を得る程で、当時から発明や新魔術を繰り返していた。それと比べると、あまりにも無邪気だ。

 もちろん、僕たちの方が異常なのであって、彼ら彼女らが普通であるのだ。僕らはなんというか、達観していて擦れていた。


 そんな訳だから、刺激的といえば刺激的だ。

 でも、スパイスと塩分たっぷりの食事に慣れてしまったから、スパイスが薄いと物足りなく感じてしまうのは人の常というものであろう。

 人の生活を向上させるのは簡単だが、低下させるのは非常に難しい。精神的な意味では。


 自分の分の書類を淡々と処理して、最後の一枚にサインをする。

 余計な思考をしながらではあったが、確認をすると一つのミスもなく終わらせることが出来ていた。上々だ。

 椅子を引いて立ち上がり、背伸びをして()った体をほぐす。僅かにミシミシと関節が音を鳴らす。


「お疲れ様です」


 部下である、内務省の官吏たちから労いの言葉を受け、軽く応対する。


「そちらも、お疲れ様」


 自分の分の仕事は終わったので、後は四の鐘が鳴るまでは待機だ。

 基本的には、自分の仕事が終わればそれっきりで帰宅できるのだが、それは平の役人の場合だ。室長という地位にある以上は、最後に部下の書類を受け取って確認し、最終的には内務卿に纏めて提出する義務がある。

 そう考えると、地位が高いというのも一概に良いとは言えないな。確認、確認と上へ登っていくために、午前終わりと建前ではなっていても、謁見の間に居るような身分の人々は、五の鐘までは仕事をする必要もあるのだろうから。

 父上はそのあたりを上手く隠していたようだけれど。もしくは、こなしていたのかな。どちらにせよ、尊敬に値する。


 何もせずにボーっとしているのも時間の無駄なので、各部屋に一人はいる三等女官に頼み、紅茶を持ってきてもらうことにした。

 ちなみに、侍女ではなく女官である理由は、国としては侍女という公職はないからである。三等女官は基本的に、殆ど侍女だ。代理とはいえ、教育係にまで配されているフランツィスカなどは例外中の例外なのである。

 二等女官は本来の意味通りに女()であるし、一等女官ともなれば上級官吏と同じ扱いで、むしろ枠が狭い分有能であるので、逆らえる者の方が少なくなったりするわけであるのだが。


 紅茶を待ちつつ、仕事机の引き出しの一つにしまっていた、私物の本を取り出して読むことにする。本と言っても、物語ではなく、勉強の一環であるのだが。

 ページを三回ほど(めく)ったころに、入り口の扉がノックされた。頼んだ紅茶が来たのだろうと思ったが、実際に来たのは違う人物であった。


 最初に受けるイメージは「白」だ。

 日光による劣化もなく、雪のように純白の髪に、白磁のような白い肌。スカートでこそあれ何となく男装チックな服装まで、ご丁寧にも白色中心であった。

 卵型で左右対称な輪郭に、鼻筋の通った顔立ち。たれ目気味ではあるものの、それでもなお強気に見える目は、白い中で非常に印象的な唯一の色。それも、血の色がそのまま見えるような赤眼(せきがん)であった。


 要するに、纏めるならば美人でアルビノだ。

 そんな人物は僕の知る中で一人しかいない。

 アネモネ・レーア・フォン・ユーベルヴェーク――僕の婚約者だ。


「ハインツ様、いる?」


「いるよ。どうしたの?」


「手紙よ。早馬で、王国ではなく王爵家宛に届いていたのを、渡されたのよ」


 王爵家宛に早馬。

 表ざたに出来ることならば国宛でよいのだから、心当たりは一つしかない。

 一応、確認を取る。


「差し出し人は?」


()()()の、カリン・リューネ・フォン・プレヴィン一等女官」


 心当たり通りの相手だった。あのメンバーなら誰でもありえたけれど、こういった事務仕事をやるのならば、彼女の可能性が高かったからね。

 手紙を開けるためのペーパーナイフを机から取り出す。

 僕は軽く手を上げて他の人に離席することを示すと、室長室という名の実質的な書類置き場に、アネモネと二人で移動した。


 二人で隣り合ってソファに腰掛けて、手紙を受け取り、封を切った。

 折りたたまれた手紙を広げると、美しい文字で言葉が連なっていた。




――――――――――――――――


 ローラレンス王爵家の皆様


 ヴァイス・ジーク殿下及びレイナ・マリーナ大公爵令嬢との「旅」の過程に於て、重要な情報を掴みましたので、報告申し上げます。

 また、これらはユグドーラ大公都に於て得たものであるために、既に大公爵家経由で情報が入っていた場合は申し訳ありません。

 隣国リオーネ王国の国王が高齢または病床にあり、数年後に内紛が発生することが予想されます。勿論、ご存知の通り、これ自体に関しては彼の国の文化であり、経済的な影響こそあれど問題にはなりえません。問題として挙げられるのは、次期国王立候補者のマニフェストにあります。四人の立候補者のマニフェストは以下の通りです。


「国内での商業の推進、通行税の減税」――ズヴァーン公レオポルト

「農業と工業の改革。新事業には資金も出す」――デン・アユル公カスペル

「新領地を獲得し、そこを中心に経済改革を」――ファン・デル・ファーヘン公トゥーニス

「国の力を世界に示すために新領地を得る」――ヴィーシェーヴェル卿フローリス


 ここから分かる通り、ファン・デル・ファーヘン公とヴィーシェーヴェル卿のマニフェストは、彼の国と接する国境を持つローラレンス王国としては看過できないものがあります。

 先の戦争を回避するためにも、ズヴァーン公またはデン・アユル公に対象を絞り、工作活動を行うことを提案いたします。それらの行為が褒められたものではないことは存じたうえではありますが、政治は綺麗ごとのみでは成り立たず、失われる可能性ある幾万の命を考えれば恥ずべきことではないはずです。

 当然のことながら、工作は妨害される可能性があり、行ったのが我が国であると分かる可能性もあります。その場合は、彼ら曰くの「新領地」の対象は高確率で我が国となるでしょう。それらのリスクがあることもここに明記致します。

 過ぎた進言であるかもしれませんが、一考の程を願い申し上げます。


 ローラレンス王国一等女官カリン・リューネ・フォン・プレヴィン


――――――――――――――――




 その内容は鮮烈であった。

 重要な情報であり、父上は分からないが、少なくとも僕は知らない情報であった。

 そして、王爵家宛で送られていた理由もわかった。国家元首しか読めない文書を作る権限は彼女には無く、国家宛で送っては誰に検閲されるかわからない。しかしながら、王爵家宛にすればあくまでも私的なやり取りということになるのだ。


 ヴァイスの、というより四英雄家の旅については、それ以下の貴族には極力知られてはならない。そういった別の事情から、これは王爵家宛の手紙になったのだ。

 また、個人宛ではなく、家宛なのも巧妙だ。家に当てれば、彼女の立場から想像して、周りからはヴァイスに当てた手紙に見えるのだ。

 僕の女官でないのが惜しい、有能な女官だ。


 さて、しかし、これは流石に僕では対応に困る。いくら正式に王太子の地位を得たとはいえ、僕はまだ内務省第一室長に過ぎない。公務員としての権力は、小さくはないが大きいとも言えない。

 そもそも、これは外務省や軍務省の管轄だ。やらない理由にはならないが、やってはいけない理由にはなる。


「アネモネ、どう思う?」


「どう思うって、内容について? ……私は、彼女の意見に賛成よ。対応はするべきだわ」


「ああ、そうではなく、どう行動するべきかなと」


「ハインツ様の権限を越えていると思うのだけれど」


「やはり、そうだね。父上にアポイントメントを取るか」


 アネモネは僕の意見を肯定するように頷いた。

 親子なのに会うために許可が必要なのが厄介なことだが、父と子ではなく、国家元首と内務省第一室長として会うのだから仕方ない。ああ、いや、今回は王太子としての身分でアポを取るべきか。

 室長室こと書類置き場から出ると、仕事が終わった何人かが、紅茶を飲みながら本を読んでいた。僕の確認待ちといったところだ。しかし、僕は手だけで軽く謝罪の意を示し、部屋付きの三等女官を呼んだ。


「アルトリウス陛下のアポイントメントを取ってきてくれ。内務省第一室長ではなく、王太子ハインツ・フリードの方でだ」


「は、はい!」


 女官はすぐに部屋を飛び出していった。

 僕は自分のデスクの椅子に座ると、彼女が入れてくれたであろう、まだ温かい紅茶を一口飲んだ。豊かな香りが広がって、少しばかり落ち着く。

 ふと、当然のことではあるが、アネモネの分の紅茶はないことに気が付いた。女官もいないし、どうしようか考えたのだが、彼女は自分から要らないと断わりを入れてきた。気が利く婚約者で助かった。

 アネモネは自分で椅子を持ってきて、僕の隣に座ると、微妙な笑顔を浮かべて、僕にしか聞こえない大きさの声で言った。


「それにしても、離れていても色々見つけ出してくるのね。今回は受動的だし、手紙は本人ではないけれど」


 僕はその言葉に同意せざるを得なかった。

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