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フリッツの剣

 ユグドーラ大公都に着いてから数日が()った。

 寝食を取る場所こそ城ではなく宿屋であるが、街全体の雰囲気は最も王都に近くて、俺にとっては過ごしやすい街であった。また、それはレイナやウォルフガングも同じで、フリッツに至っては生まれ育った街そのものであるので、非常に快適そうであった。

 情報やら市民の感情やら、そういったものは日常会話の上で自然に集まってきた。初日のアレよりも衝撃的であったり、有益そうであるものはないが、順調そのものだ。


 そんなある日のこと、毎日の日課として、朝起きたら俺達は剣を素振りしている。

 本当は打ち合いまでした方が良いのだが、生憎と余計な物を持つ余裕がないために、木刀などは持っていないのだ。まさか真剣で打ち合う訳にもいかず、基本的には素振りに留まっている。


(レイン)(トヴァ)(クライ)……」


 ウォルフガングの安定した声に合わせて、俺とフリッツも剣を振る。

 金属製の真剣を振っているので、その重さは中々のものであるが、軽い身体強化をするだけで疲れることはない。

 重心移動を含めた、基本系を覚えるためのものなので、疲れる必要はない。


 淡々と三人で剣を振る。

 喉は乾くので、百ほど数えたら次はフリッツに交代する。

 そして、もうすぐ俺の数える番になる九十数回目、ふいにフリッツの()()()()()


 思わず目を疑ったが、確かに「板と棒の中間のような金属塊」が石造りの壁に向かって飛翔しており、壁によって跳ね返されて俺達の方へ向かってきたそれは、ウォルフガングの剣閃によって打ち落とされた。

 甲高い金属音が二回響いた。

 中々に危なかったが、俺は検証よりも先に、証拠隠滅を図った。壁を地属性魔術で修理しておく。……若干色が違う気がするが許容範囲だな。


 改めてフリッツの方を見ると、彼は剣の柄をしっかりと握り締めていた。

 間抜けにも手を離したという訳ではなかったらしい、流石に、王国指折りの剣士がそれでは困る。

 しかし、ウォルフガングは、フリッツのことを間抜け判定したらしい。よく考えれば、彼の意見の方がもっともであった。


「繋ぎ目の部分が劣化によって捩じ切れたか。それが、偶々今日だったというだけで、必然だな。お前は実力は俺と同等以上にある一方で、武器には拘れないと見たが……」


「はい、推察通りです……」


「まさか劣化に気が付かないレベルだとは思わなかったが、……多少は目も養え。とりあえず、女性たちには申し訳ないが、今日は剣を買いに行くぞ」


 フリッツは無言で頷いた。

 護衛は俺たち自身や女官たちも戦えることを考えると、ウォルフガング一人でも充分以上なので、フリッツだけで買いに行けばよいのではないかとも思ったが、成る程、粗悪品を掴まされてカリンに白い目で見られるところまで想像できた。

 フリッツは自覚があるので、ウォルフガングを頼ろうというのである。賢明だ。




 さて、素振りで剣を折ったことを朝食の時間に伝えたフリッツは、この時点で既にカリンに目を細められた。彼はバツが悪そうだった。

 それでも、レイナが笑顔で「じゃあ買いに行きましょう」と言ってくれたことで、論議もなく、皆で剣を買いに行くことが決まった。


 さて、武器に拘らなすぎて、支給品の剣を使い潰してしまったフリッツであるが、やはり強者には強者に相応しい剣というものが必要だ。

 王国軍支給の剣は、決して粗悪なものではないが、特筆して優れた剣でもない。並の剣士が使いやすいようなものである。

 武闘大会の準優勝者であるフリッツのような猛者には、もっと上質な剣を使わせないと、その剣閃に、剣の方が耐えられない。


 一回や二回でポッキリと逝くということではない。粗悪な品はそうであるが、流石に問題外だ。

 何年間も使っているうちに早く弱ってしまうというのである。当然のことながら弱らない剣などは無いが、人より速い速度で振るう一流剣士の一閃ともなれば、蓄積されるものが違う。

 その点、実家から名剣を見つけ出したミハイルや、自ら高品質なものをオーダーしているウォルフガングは、必要通りに意識が高いのである。


「本当に無精者ならば、純ミスリルか、オリハルコンの混ざった合金が良い。ただ、これは高額過ぎるからな、鋼とミスリルの合金くらいにしておけ」


 フリッツは頷いて、剣を見始めた。

 さて、ここは俺にとっては中々に暇である。

 何故かといえば、ダマスカス鋼の剣を買った俺は、今のところ剣はお腹いっぱいなのである。


 と思ったが、時間は然程必要なかった。

 フリッツは己の鑑識眼を一分と経たずに見限り、店員に問いかけた。


「鋼・ミスリル合金はの片手剣はあるか?」


「ええ、ありますよ」


 店員は数本の片手剣を取り出した。刺突剣(レイピア)太身長剣(グラディウス)もあったのだが、フリッツは結局のところ、ローラレンス王国で最も一般的な片手半剣(バスタードソード)を選んだ。

 品質は何の問題もなかったようで、ウォルフガングもすぐに許可を出した。値段は銀貨50枚ほど。

 フリッツは満足そうに頷くと、新しい剣を早速腰に下げた。今までのものよりも僅かだがデザイン性に優れていて、光沢も美しかった。


 支給品と完全に同じデザインにしている、ウォルフガングのものとはやはり違う感じだ。

 なお、ウォルフガングは形としては支給品が最も肌に合ったので、良い素材で腕の良い職人に作らせたということらしい。こちらの方が、より質が上だということは忘れてはならない。


 あまりにもあっさり済んだので、ついでとばかりに、同じ店でナイフを見ていたカリンや、(やじり)を見ていたフランツィスカは不意打ちされたようであった。

 彼女たちの武器は遠距離武器であるので、回収すれば再度使えるとはいえ、一応は消耗品だ。一つや二つはロストしてしまうこともある。

 補充が必要だ。品質にはあまりこだわらないが、最低限というものはあるのである。


 可笑しなことに、買いに来た当人であるフリッツの方が待つことになるという、不思議な状況が生じた。

 別件で買ったばかりである俺と、カリンと同じ武器を使っているレイナは、そのフリッツの隣で談笑していたが、不思議な状況を理解して苦笑いせずにはいられなかった。

 最終的には、カリンもフランツィスカも、最低限の補充分を購入して出て来た。


 その後は流れのままに買い物をすることにした。門周辺の市場ではなく、商人街の方である。というのも、今日はそちら側の店に剣を買いに来たからだ。

 なお、今日の予定を乱したフリッツは荷物持ちにされていた。重そうになるほど買っていないけれども。

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