聖女の故郷 5
詳しい奴はすぐに見つかった。
何と言っても、場所で教えられたので、本人か否かは兎も角、とりあえずそこに行くことは出来るからである。
そして、確認を取ってみると、確かに詳しいようであった。
リオーネ王国の事情であるので、やはり獣人だろうかと思っていたが、予想は当たっていた。
猫耳族の女性で、顔立ちはだいぶ違うが、ガイエスで会ったリーセロットのことを思い起こさせた。というのも、種族のみならず、毛の色までが同じだったからである。
彼女は名を、フランカ・フィーレンスと名乗った。
種族と髪色だけで判断しては、例えば俺とミハイルで親戚という理論も成り立ってしまうので、(実際に遠縁の親戚ではあるので喩えが不適切だが)、フランカとリーセロットの関係など特にはないだろう。あくまでも雰囲気の話だ。
フランカはユグドーラ大公都に商売で来ているものの、戸籍も家もリオーネ王国にあるという。だから、あの商人曰く、詳しい奴、なのである。
いつも通り、外見上はリーダー然としたウォルフガングが主に会話を担当する。
「本題なのだが、リオーネ王国で色々起きそうだというが、詳しく教えてもらいたい」
「良い。でも、情報料は戴きたいですよ?」
フランカの言葉は、微妙にイントネーションや言い回しに僅かな違和感がある。
それは彼女がローラレンス王国語を母国語としないからであろうし、会話には全くの問題がないレベルであったので気にするほどではない。
余談だが、俺は個人思考レベルでの母国語は日本語だが、こちらの躰では幼少期からローラレンス語しか触れていなかったために、バイリンガルだ。それも、完璧な。
閑話休題。
フランカの言葉を聞いて反応したのはカリンであった。彼女は、先程の店でも出したように数枚の銀貨をフランカに手渡した。
フランカは銀色の輝きを見ると、満足したように頷いて、リオーネ王国の現状について語り出した。
「先に、リオーネ王国の仕組みは分かる?」
一応は知っているが、詳しくはないので皆で首を横に振る。
フランカは首を縦に振ると、そこから話してくれた。
◆
リオーネ王国は、外見の形としてはローラレンス王国によく似ているのです。
絶対的な王が居て、次に三人の公爵が居て、貴族たちが居て、平民が居て、奴隷が居ます。
ただし、絶対的に違うこととして、「絶対的な王は一代限り」だということです。
もっとも強い者が王になる。
――それが、リオーネ王国の律令です。
他の律は幾らでも変動しますが、この律だけは絶対です。
第一に知恵であり、第二に知識である、人間族のローラレンス王国には分かり難いかもしれないですが、これこそが獣人族ならば共感しうる共通項です。
勿論、他種族の国でまで適応させようとする愚か者は殆どいません。稀に居るけど、考えないでおきます。
もっとも強い者は、血筋が良く、訓練も充実して受けることの出来る、三つの公爵が主に排出します。
次点で貴族、稀に平民、奴隷は前例がありませんね。
現在起きているという、噂のそれですが、当代の王がそろそろ倒れそうです。といっても、まだ三年は生きることが出来るとの話もありますが。
現王は次代の王を選出すると宣言され、それによって立候補したものが四人、現公爵が全員立ち上がり、貴族も一人立ちました。
後は、現王の崩御と同時に戦端が開かれ、最期の一人になるまで戦いです。
一人で戦っても、仲間を集っても良いのです。カリスマ性と指揮能力も強さと考えますので。
そして、ライバルが全員死ぬか降伏すれば、晴れて絶対的な王となります。
誰もが王になりたいので、より確率の高い仲間を集う方法を選びます。
ここが商人にとっては重要なのです。
内戦が起きるということは、即ち大量の武器防具を売買するチャンスなのですから。
ちなみにですが、予め立候補していなかった者は、如何なる理由があろうとも王にはなれません。
ルールのない無秩序な戦いという訳ではないのですよ。
立候補者たちは今、必死に派閥を強化しています。
圧倒的に強い者が居ればそこにつけば良いのですが、今回の立候補者たちの実力は拮抗しています。単独戦闘力だけならば、貴族から立候補した者がやや強いようなのですが、ネームバリューで劣るのです。
すると、彼らは仲間になってもらうための約束が必要になります。それぞれ、次のように掲げました。私の意訳になりますが。
「国内での商業の推進、通行税の減税」――ズヴァーン公レオポルト
「農業と工業の改革。新事業には資金も出す」――デン・アユル公カスペル
「新領地を獲得し、そこを中心に経済改革を」――ファン・デル・ファーヘン公トゥーニス
「国の力を世界に示すために新領地を得る」――ヴィーシェーヴェル卿フローリス
◆
以上、とフランカは話を締めくくった。
とりあえず、隣の国で戦争が起きることは確定事項らしい。
よくよく思いだしてみれば、そんなことを本で読んだことがあるような気がする。しかしながら、話題として挙がったことは一度もなかったな。
何かのタブーとかなのだろうか。
信心深いような人は、王城にはいなかったように思うのだけれども。
誰もが七神を信じてはいるが、それは存在が確実なものであるからだ。宗教的な意味の信仰ではなく、事実としての確信である。
ともあれ、ここでの問題は、ファン・デル・ファーヘン公とヴィーシェーヴェル卿のマニフェストである。新領地を手に入れるということは、つまりどこかしらを奪い取ることになるわけで、隣国であるローラレンス王国としては看過できないものがある。
一応、自信を持って言えることは、戦争になれば100%勝利できるということだ。技術レベルはほぼ同じであり、戦士の質も龍鱗族、天翼族、妖精族ならばともかく、獣人族ならば人間族と大差ない。後は、戦争は数である。
だからといって、死者が出かねない。誰もが俺の護衛達のように、殺さずに完全無力化出来る技量を持っているわけではないのだ。
それに、仮に持っていたとしても、戦場では事情が違う。当然のように冥府に送るだろう。
現代なら兎も角、中世であるこの世界で文化的な戦争を否定しようとは思わないが、巻き込まれて当事者になるのは流石にごめんである。俺は全てを率いる王爵家だ――もれなく最前線である。
生き残る自信は、意外なことにもある。
誰が突撃などするか。今までに再現成功した地球の叡智の限りを尽くして、一方的に攻撃してくれよう。
もっとも、そんな仮定の話は余談に過ぎない。戦争は、巻き込まれた時点で全員負けである。
しかし、他国の政治に介入するのは禁忌だ。
当然ながらスパイなどが居てくれると思うのだが、如何せん俺は知らない。
子供では知れない。
「でも、情報も良いですけど、商品も買ってくれると嬉しいですよ」
思考に沈んでいた俺を現実に引き戻したのは、若干イントネーションに違和感のある、女性のローラレンス語だった。
フランカは真面目な話をした後であるのに、気負うことなく商人的な笑みを浮かべていた。
少し考えれば、彼女にとっては文化でしかないのだと分かったが。
フランカが売っているものは、南国の果物だった。
甘いものに目がないレイナが、それらを幾つか買った。
夕食の後に分けて貰ったのだが、レイナが買ったのはマンゴーのようなものだった。味に癖はあるが、甘くて美味しかった。
それにしても、今日は買い物と情報が濃い一日であった。
中々にネガティブな情報もあったものの、図太いのか、疲れていたことでぐっすりと眠ることが出来た。