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聖女の故郷 3

 ユグドーラ大公都は王都と同じく、冒険者としてはそれほど美味しい街ではない。

 俺たちはそれを目的に旅をしているわけではないので問題ないが、仕事が殆どないということは、街に出るということは即ち娯楽的な意味合いを帯びる。

 この場合は、買い物になる。人々の生活と密接にかかわる上に、ユグドーラ大公都は商人の街と言われているから、本来の目的も達せられるというわけだ。


 もっとも、街に入って早々に、上手い商人がいて買わされてしまったわけだが、それはそれだ。

 質は確かに良いものであったし、レイナの笑顔は見ることができたし、宿の場所も教えてもらった。決して、悪い買い物ではなかったのだ。

 ただし、情報とか心情とか、そういったものは全く得られていないので役に立つかというと微妙な所である。

 だからこそ、午後も買い物にやってきた。


 ユグドーラ大公都の構造は王都に酷似している。上級と下級は分かれていないが貴族街があり、次に商人街があり、最後に職人街がある。

 例外的な構造としては、東西南北にある門の周辺には、市場となるスペースがあることである。これは、ユグドーラが商人の街と呼ばれるようになるまでに、商人たちが時の大公爵に願い出て、作ってもらったものである。

 商売するのに門付近ですぐに行えることで、より一層の経済の発展に貢献した仕組みとなっている。中心部で売り買いすることに比べれば、入り口ですることが出来るならば、手間も度胸も必要ないのである。


 思えば、俺がスカーフを買ったのもそういった場所であり、気さくで経済的に聡い商人が沢山いるという訳だ。

 もっとも、街に元々住んでいる人が買い物をするのは、主に商人街の方にある店だ。こちらが劣っているかといえばそんなことはなく、これもまた商売上手な店が沢山あるらしい。

 どちらも魅力的ではあるのだが、今回俺達が訪れたのは、門周辺の市場スペースであった。


 生まれ育った王都にはない場所であり、色々参考になるものもあるのではないかと考えたからである。

 当然のことながら、場所が違えば人々の考え方も違うであろうが、似たような場所では似たような考え方が中心になる。丸っきりない場所では、文化レベルのルールはまるで違うはずなのだ。

 俺たちは市場の露店を冷やかしつつ、たまに気になるものがあれば店番に声をかけることにした。


「やあ、(もう)かっているか」


「悪くはないが良くもないね。坊主が良くしてくれるのかい?」


「良い商品があれば。それは何だ?」


 俺が最初に声をかけたのは武器屋であった。

 こんな露天に刃物を広げて良いものかと思うが、俺の根っこに残る日本的な倫理観の問題であって、ローラレンス王国の法律でも、ユグドーラ大公領の法律でも、一切の問題はない。

 そんな数々の武器の中で俺の目を引いたのは、一本の片手半剣(バスタードソード)であった。なんでそれがと問われれば、その見た目に特徴があったからである。


「これか? ……ふむ、中々に見る目があるじゃないか。これはダマスカス鋼製の剣だ」


 ダマスカス鋼――木目のような模様が浮き出た、しかし歴とした金属である。()()()()()ではなく、銅を含んだ()()の一つであるが、その製造法は特殊極まるものだ。

 俺が知っているのは特殊極まるということだけである。何故ならば、この世界(ウィズラ=ハダル)の錬成は鍛冶師に弟子入りでもしなければ知ることは出来ないし、前世(地球世界)ではすでに失伝していた技術だからである。

 一応、見た目を再現する方法としては、金属を重ねていく方法があるらしいが、それは本来の技術とは異なるものである。


「しかも、本ダマスカスだ。層ダマスカスじゃあないぜ」


 店員の男性は、顎を撫でながら自慢げにそう言った。

 どちらかというと、個人的には「ダマスカス鋼の模倣」の技術もあったことに驚きがあったりするのだが、それを差し引いても、店員の表情を見るに良いものなのであろう。

 確認するように後ろを向いてアイコンタクトを送ると、ウォルフガングが諒解して頷いてくれた。


「良いものだな。ジークが持つとして、見劣りしないだろう」


「そうか」


 ここでいう見劣りしないというのは、外見などのことではなく、俺の身分に見合っているということだ。

 武器の格としては、オリハルコンが一番であるが、それ以降は丈夫なものほど良いとされる。俺が現在使っているバスタードソードは、王国軍支給のものと同じもので、見た目は同じでもオーダーメイドなウォルフガングのものよりかなり落ちる。

 見劣りしないということは、実際に触ってみないことには分からないが、情報と見た目の上では中々の逸品であるということだろう。


 他の人の反応を見てみると、女性陣三人はおろか、フリッツも良く分かっていないようであった。

 よく考えれば、フリッツが使っているのは支給品のものであり、ウォルフガングと比べるとそのあたりの目利きは劣るのかもしれない。

 ウォルフガングは店員に断って、実際にその剣を手に取って感触を確かめていた。


 俺達に離れるように言ってから一振りしたり、軽く叩いてみたりして確認をしたのち、満足したように頷いた。

 表情を確信に変え、俺と店員を見つつ答える。


「確かに、良い物だ。値段次第だが」


 店員は笑顔になり応じる。


「金貨三枚といったところだな。武器の性能に、金属の希少性と、輸送の手間賃が加わる」


「俺の剣が金貨一枚だから、妥当といえば妥当か」


 そう言って、俺に対して視線を投げてくる。

 金貨というと、単位は百万なので、気軽に使える金額ではないのだが、実際に良い武器を買おうとすると、そのくらいの金額が飛ぶのもまた事実である。

 俺の個人の感想で言えば、買いたいと思っている。良い武器はきっと、身を守ることにも繋がるのだ。


 それに、ダマスカス鋼は格好良い。

 身も蓋もないことだが、大切なことである。

 俺の立場は第二王子であるし、そうでなくとも、強さを持って見栄えが良ければ安全は増す。


 ウォルフガング以外の四人に視線を投げると、従者三人は目を(つぶ)って応じた。

 半ばどうでもよいラインなので、我関せずということだろう。

 レイナは答えてくれた。


「絶対に必要とは限りませんが、似合うと思いますよ」


 笑顔ではなかったので、身分に、という真面目な一文節が挟まれていたことだろう。

 俺は決断を下した。


「買おう!」


「まいどあり!」


 こうして俺は、旅の途中にして、上質な武器を手に入れた。

 しかし、一日で二つも買い物をさせるとは、ユグドーラ大公都は恐ろしい街だ。

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