聖女の故郷 2
ガーンと時を刻む鐘が鳴り響く。
ちなみに王都のものはゴーンである。
自分は音楽的なセンスが無いとは言わないが、知識は少ないし、ましてや絶対音感や相対音感を持っているわけでもないので、主観的なものでしかないのだが。
昼食の時間、即ち四の鐘であるので、ガーン、ガーン、ガーン、ガーン、と四回鳴り響く。
その一つ目のもので、俺は起床した。
続けて鳴る鐘の音をBGMに、俺が起きたことに気が付いたフリッツが声をかけてきた。
「起きたか、ジーク。鐘の音から分かる通り昼食の時間だ、行くぞ」
「ん、ああ」
決して寝起きが良い方ではないので、返事はやや曖昧になる。それでも、何をするべきかは明確であったので、すぐに動き出すことが出来た。
服装の乱れを最低限正し、金を含む高価なものと武器だけを持って食堂へ向かった。
宿屋の一階はエントランスと受付の他には、食堂が経営されていて、昼には宿泊者以外の客も受け入れているので、中々に混雑していた。
もうかりまっか、と聞けば、ぼちぼちでんな、と返ってくるに違いない。そんな感じの込み具合だ。
宿屋を経営する家族がせわしなく動き回り、商売魂に溢れた商人たちが食事をしながらも情報交換をする小駆動の中で、その端の方のテーブルを一つ女性陣が確保していた。
最初に俺達に気が付いたのはカリンで、俺があちらを認識した時には、既に手を上にあげて手招きをしていた。
六人席ではなく、八人席か九人席といった感じの席であったが、俺たちは商人たちと違って情報交換をするわけではないので、六人で堂々と座る。
通路側から見て、右の席が奥から順にカリン、フランツィスカ、フリッツ。左の席が同じくレイナ、俺、ウォルフガングの順番だ。
昼だからそこまで気にすることもないかもしれないが、基本的には食堂と言うやつは、酔っ払いがいることがある。
身体強化によって、誰でも簡単に解毒できるのだが、酔っぱらっているヤツは好んで酔っているのでそんなことはしない。つまるところ、ちょっとばかし危ない奴なことが、可能性としてはある。
だから、護衛の二人が通路側に座ることが習慣化しているのである。
役職や戦闘能力のこともあるが、明らかに成人男性である彼らの方が、なめられないということも理由の一つだ。
「寝てしまっていたのだけれど、いい匂いで、お腹が空いてきたな」
「私もです。寝ていたわけではないですが、今日は殆ど運動していないのに、食堂で匂いを嗅いだらお腹が減ってしまいました。……注文は、既にリューネが済ませておいてくれましたよ」
レイナが微笑みながら言う。
襟元には午前中に買ってあげたスカーフが巻きついていて、冒険者のスタイリッシュな服装を更に引き立たせていた。
俺は自分のスカーフを、先程のでは足りなかったと、正し直しながら会話を返す。
「流石リューネ、仕事が早い」
「いえ、私自身も空腹でしたから」
「にしてもさ。なあ」
俺に同意を求められたウォルフガングとフリッツは、どちらも「ああ」と短く応じて首肯した。
カリンはさほど表情を変えずに「どうも」と受け答えた。
そうこうしていると、レイナがふと気が付いたように言った。
「あ、……ジーク様から戴いたものを汚すわけにはいきませんよね」
微笑みながら、スカーフを外して、奇麗に畳んで仕舞い込む。
俺はそれに倣いつつも苦笑する。
「別に構わないのだけれどな……」
レイナは頬を膨らませながら言う。
「ジーク様だって、同じようにしているじゃないですか」
「マリーナのは奇麗なのに、俺のだけ汚れていたら恰好つかないじゃないか。折角、ペアルックなのに」
そういうと、レイナは納得したように頷いた。
俺たちがスカーフを奇麗に畳んでしまったころ、店員が料理を持ってきた。
「はい、シュニッツェルだよ」
机の上に置かれたのは、皿と葉野菜の上に乗った、トンカツのようなものである。もっとも、日本語でイメージされるものがトンカツなだけであって、トンであるわけではない。
言ってしまえば、ローラレンス風のカツレツだ。地球で言えば、ゲルマン風のカツレツであり、有名なものだとオーストリアはウィーンの名物、ヴィーナー・シュニッツェルであろう。
このシュニッツェルは、ユグドーラー・シュニッツェルということになるが、地元の人は単にシュニッツェルとしか言わない。大阪や広島の人が、一々お好み焼きに、「大阪風」「広島風」と」つけないのと同じことである。シュニッツェルはシュニッツェルなのだ。
さて、ユグドーラー・シュニッツェルは、「シュニッツェル」本来の意味通り、子牛のカツレツである。
分厚く切った肉を揚げる、というものではなく、薄く切った肉を更にミートハンマーで薄くなるように叩いたものを揚げたものだ。
小麦粉、卵、パン粉を付けてから揚げることは、日本のカツとも変わらない。但し、大量の油に潜らせるのではなく、多めの油で揚げ焼きするのである。正にシュニッツェルというわけである。
添えられているのは柑橘系の果物をカットしたもので、そういったところは唐揚げを思わせる。
ナイフで切ると、サクッとした衣の音が心地よい。
フォークで刺し、まずはそのままに口に運ぶ。
焼いたものとは違う、肉の味が口いっぱいに広がり、同時にスパイスが口の中を刺してきた。
「旨いな」
「美味しいですね」
俺が感想を漏らすと、レイナが同調を示した。
「子牛の肉を使っているだけあって柔らかくて、衣に混ぜてあったのか、胡椒の刺激がアクセントになっていますね」
俺は頷きを返した。
次は柑橘類を絞って食べてみる。
すると、肉の旨味と同時に爽やかな香りが鼻を抜けて、そのままに食べるよりも締まった印象を受ける。
好みはあるだろうが、俺は非常に美味しいと感じた。
ユグドーラ大公都に着いて最初の食事は、全員に好評だった。
注文しただけとはいえ、選んだカリンに対して皆が軽い調子で礼を言い、店員さんに向けては「美味しかった」と声を出していった。
昼食を取って満足した俺たちは、再び街へ繰り出した。