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閑話4 ≪救った少女と事務手続き≫

 第二王子付きの護衛ウォルフガングを主人公にした閑話です。


 一話完結です。

 クラネルト男爵領クラネルト。

 男爵は街の長としての階級であるのが常なので、クラネルトも例にもれず、クラネルト男爵領で唯一の街である。それでも、ローラレンス王爵領とユグドーラ大公爵領を繋ぐルート上にあるこの領は、それなりの発展を見せていると言えるだろう。

 そういった道から外れた小領は、貴族こそ中央とのつながりがあるが、平民は完全に村社会と化していることが多いからな。それが不幸せとは限らないのだが、王都生まれ王都育ちの俺には、やはり経済的にも発展していることが理想であると思えてしまう。


 そう言った意味では、このクラネルトは中々に良い街だ。

 始めて来た場所であるのに、雨が降っているのは残念でならない。せめてもの救いは、しっかりした街である為に、石畳でしっかり舗装されていて泥跳ねがないことだろう。

 充分に色々と楽しめそうであるし、折角ならば皆で街を回りたいところであったのだが、俺は事務的な処理の方を任されていた。


 要件は二つ。

 一つ目は、縛り上げた盗賊と違法奴隷商人を、憲兵隊に突き出すことだ。

 二つ目は、彼らから救い出した少女コリンナ・ラングハイムを、故郷に返すための事務手続きをすることだ。こちらの方は少々ややこしく、誘拐なのか、親なども絡んだ人身売買なのか見極めなくてはならない。もしも、後者ならば中々に悲惨だ。


「あの、アーデムさん」


「どうした?」


 殿下たちと一時的に別れ、クラネルトの憲兵詰所まで馬車を転がしていると、隣に座ったコリンナが話しかけてきた。

 その表情と声音には、隠しきれないストレートな好意が浮かんでいる。それは貴族女性たちから多く向けられた、それこそ現在進行形でも向けられてはいるのだが、打算を含んだものとは違う純粋なものだった。

 それこそ、程度こそ低く弱いが、ヴァイス殿下がレイナお嬢様に向けられるもののような、ミハイルがアリアに向けられるもののような、姪のレギンレイヴがシュヴァルツシルト家のジークハルトに向けているような、そういったものと同質だ。


 心地よくないはずがない。嫌がるやつが居たら、そいつは人間として可笑しいに違いない。

 しかしながら、今日出会った少女に向けられていると思うと、少しばかりの違和感を感じてしまうのも無理からぬものである。

 無表情を保って入るので、彼女が俺の心情を読み取るはずもなく、そのままに言葉は続けられた。


「助けてくださって、ありがとうございます」


「ああ、当然のことをしただけだ。気にするな」


「確かにアーデムさんは強いかもしれないですけれど、危ないですから、そんなこと……」


 俺としてはこうして身分を偽ってはいるものの、軍属であるから、本心から仕事をしただけの心情なのであるが、成る程どうして、一般人の感覚では俺の回答は謙虚を越して皮肉的ですらあったらしい。

 コリンナに、金銭でも要求するべきだろうか。いや、自然ではあるが、殿下やお嬢様に怒られるだろう。

 自己を持ちあげるような、自己を守るような、そういう理由でも提示するのが適切か。


「人を見捨てれば恨まれる。盗賊を見逃せば明日は我が身。実力がある以上、人を助けるのは、気持ちよく生きる為のマナーみたいなものなのさ」


 この辺りの理由付けは、仲間内でも良く使う人がいる。

 殿下とカリンだ。あの二人はどうにも気が合うらしく、理屈を付けるのが得意だ。大体の場合、別のところに本心があるのだろうが、それも完全に嘘ではないのだろう。否定しきることが出来ない。する意味もないのでしないだけだが。

 この意見には、コリンナも否定は出来なかったようだ。


 それでも、どこかしらが不満であったらしい。或いは、どこかなんてケチなこと言わないで、全部が不満なのかもしれない。

 彼女が俺に好意を持っていることを考えると、気の利いたことを言ってあげるべきなのかもしれないが、助けた後に彼女のことを知ったのだ。どう答えても仕掛罠を踏み抜く気がする。

 王国神話に出てくる、初代ゴルドシュミット辺境伯も言っていたではないか――「雄弁は魔力銀(ミスリル)、沈黙は神金鋼(オリハルコン)」と。


 既に色々と言ってしまった後だが、恐らくはギリギリセーフのはずだ。きっと、おそらく、問題ないだろう。女心は天候よりも読めないので、如何せん自信を持ちきれないところではあるが。

 暫く黙っていると、逆にコリンナの方が焦り出した。俺が気分を害したと思ったらしい。

 まさか、この程度で不快に思う訳もないのだが、人の価値基準は様々だ。コリンナの周りにはそうでない人がいたのかもしれない。


 反応をしてやりたいが、何を言えばいいのか、少しばかり悩んでいると、更に彼女は焦り出した。なんとなくいたたまれない。

 そして、俺は彼女が不満に思っている理由が分かった。……ような気がする。

 俺はそもそも、「コリンナを商人から助けた理由」は言っていなかったのだ。


「お前が『助けて』と言ったから助けたのだ。それ以上の理由が必要か?」


 そうだ、それに全ては帰結する。

 気が付けば助けるが、気が付くとは限らない。そう考えると救出したのは、彼女が助けを求めた故だ。

 俺たちは助けを求められたから助けたのである。


 俺としては満足出来る回答であり、表には出さないが心の中で何度も頷いていると、隣に座るコリンナは顔を真っ赤にしていた。

 怒らせた、という訳でもなさそうだ。表情から察するに、恥じらい。

 思えば、中々に恥ずかしいことを言ったような気がする。


 困っている人を助けるくらいの内容であったのだが、あれは聞きようによっては愛の告白だ。

 「お前を助けるのに理由がいるのか?」とくれば、それは立派な告白である。年中無休で連れ合いを愛でる上司や親友を持つと、言動がジワジワと汚染されてくるのかもしれない。


「え、あ、それって……」


 真っ赤な顔のままに慌てるコリンナを視界の端に見ながら、俺は咳払いして、無言と無表情を貫いた。

 他に誤解されてはいけない。家族から未婚であることを心配されている現状、平民であっても良しとされる可能性が否めない。

 しかし、媚びてくる貴族の女よりはマシだとも思う。


 まあ、なるようになるか。


 その後は無言で馬車を転がし、クラネルトの憲兵詰所で馬車を止める。

 悪人たちは縛ってはあるが、安全の為コリンナを先に下ろし、彼女を伴って憲兵詰所の中に入る。

 受付の憲兵に要件を端的に告げる。


「彼女の保護を頼みたい。また、表の馬車に盗賊と、違法奴隷商人を縛っておいてある」


 受付の男は驚いたような表情をした後、マニュアル通りの対応をした。


「畏まりました。経緯と、貴方の身分をお教え願えますか?」


「クラネルトに着く半日ほど前、盗賊に襲われている商人を救ったところ、それが違法奴隷商人だったというだけの話だ。そして、彼女を救い出した」


 コリンナの肩を軽く叩くと、彼女は慌てて名乗りを上げる。


「わ、私は、コリンナ・ラングハイム。三日ほど先のローラレンス王爵領クーネロキという村の出身です」


 憲兵は俺達が言ったことを木板に書き込んでゆく。

 そして、書き終えた後に俺に視線を向けた。俺も名乗れということだろう。

 もっとも、あくまでも確認に過ぎない。住民票か身分証を提示すれば、それでおしまいだ。


 さて、ここで殿下やお嬢様と別れて、俺が一人で来ることになった本当の理由がある。

 事件を速やかに解決するために、偽りの平民身分を名乗るよりも、本当の貴族身分を名乗った方が良いのである。

 そもそも、証言者が俺たちしかいない以上は、罪を決めるために身元を押さえていく必要がある。そこで国ぐるみで作られた偽りの身分などを言ったものならば、必ず不都合が生じるだろう。


 コリンナには色々と知られてしまうが、まあ、他は従者だと思うだろう。まさか、貴族ばかりが六人とは思うまい。

 左手を腰に当て、胸を張って、堂々と名乗りを上げる。


「ローラレンス王国軍近衛兵団所属ウォルフガング・アーデム・フォンシュヴァルツシルト特務准将だ。現在機密任務を遂行中に付き、自分の詳細については応じかねる」


 俺の階級を聞いた瞬間、憲兵は立ち上がって姿勢をただし、胸に右の拳を当てた。


「は、はっ! 失礼いたしました! 自分はローラレンス王国軍憲兵団所属トビアス・メルケル上等兵であります!」


 彼の後方にいた数人の憲兵たちもまた、同じように敬礼をした。

 思えば、この街程度であれば、最も地位が高いのは少佐か中佐だろう。

 将官である俺は未知数の存在なのかもしれないな。


 ふと、横を見ると、コリンナが信じられないものを見たような表情をしていた。

 まあそんなものだろう。夢は覚めるものだ。

 彼女のことは置いておいて、俺は憲兵たちに向かって声をかける。


「では、頼む。暫くはこの街に居るので、進展か問題があれば呼んでくれ」


「了解致しました、准将殿!」


 なんだか異様に気張っている憲兵たちをしり目に、俺は殿下たちが取っているであろう宿を探す為に、憲兵詰所を出た。

 コリンナが付いてきていないので呼ぶと、彼女は驚いたような表情をした。


「え、あっ、准将殿……?」


「アーデムだ」


「でも」


「いいから」


「はい……アーデムさん。私もですか?」


 彼女と俺の認識の違いに気が付いた。

 成る程、どうやら、このまま憲兵詰所に置いていかれると思ったらしい。

 まあ、ルールとしては其れでも良いのだが、憲兵詰所は良いものではない。男で兵士の俺ですらそう思うのだから、女を置いておくのは薄情だろう。


「そうだ、連絡が付くまでは面倒を見てやる。詰所に居たいなら止めはしないが、お勧めは出来ないな」


「いえ、アーデムさんについていきます」


 彼女は花開いたように笑った。

 その表情からは色々なものが読み取れたが、恋慕的な恥じらいが混ざっていたのも間違いはない。


 雨の街をしばらく歩いて、無事に殿下たちと合流出来た。

 色々と含みのある笑みを向けられたが、俺はそれらを気にしないことにした。







 特に要件もなく、この街の憲兵隊長や、この街の管理者である男爵に呼ばれたりもしたが、まあ、仕方のないことではあると思う。

 貴族として格上の侯爵家である俺が訪れた以上、挨拶に来ないのも失礼に当たるからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に何度も目礼された。お礼に対して悪い気はしないが、ノリが良すぎる護衛対象ってのは少しやりにくい。


 確かに面倒な役割を押し付けられたものだと思う。

 しかし、これも護衛の仕事といえばそうなので、精々スケープゴートにして頂きたい。

 コリンナが優しくしてくれたのが救いだろうか。いや、冷やかされたので救いとは言い切れないな。


 そんなこんなで十日ほど経ち、然程大きな街でもないので回りつくし、殿下やカリンがこの街の経済的考察まで始めた頃、ようやくコリンナの件についての情報が来た。

 憲兵の表情から言って、面倒な方の結論が出たように思えるのだが、はてさてどうしたものか。

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