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救うべきは誰か

 俺たちは盗賊に襲われている商人を救ったはずであった。

 それなのに、全ての盗賊を倒して、商人に礼を言われているときに、聞こえるはずのない声が聞こえた。


「助けて!」


 若い女性の声だった。いや、少女の声と言っても良いかもしれない。

 声が聞こえたのは幌馬車からで、語感からして「()()()くれてありがとう」という訳ではなさそうだった。

 男たちが、僅かに、気のせいかもしれない程度に動揺した。


 昔の記憶がフラッシュバックした――まだ三歳だった頃、裏路地で攫われた記憶。レイナを護ると誓った記憶。

 まさか今からレイナが攫われるわけはないが、身体が自然に動いて、レイナを庇うような立ち位置に移動する。無意識に商人たちをにらみつける。


 場の空気が変わった。

 剣を抜いているものはいなかったが、発する「殺意」がお互いに高まるのを感じた。ウォルフガングやフリッツは戦闘の専門家としては少壮ながら極みに居るので、その威圧感たるや凄まじいものがある。

 また、カリンは、敵からは死角になる位置で投げナイフを構えていた。いつでもアサシネイト出来ると、視線で雄弁に語っていた。


 肌に刺さるような強烈な緊張感の中、雨が地面を殴りつける。手や足は汗で湿っているのだろうが、もはや雨との区別はつかなかった。

 沈黙を破るようにウォルフガングが一歩前に出ると、たじろいだように男たちは一歩下がった。

 実際に沈黙を破ったのは、先程の少女の声だった。


「助けて、誰か! 家に帰りたい!」


 泣いているのか鼻声ではあったが、大きな声で、ハッキリと聞こえた。

 二回目ともなればまず聞き間違いではないだろう。

 俺も一歩前へ出て、威圧感を与えながら、しかし丁寧な口調で問いかけた。


「失礼ながら、積み荷を覗いても良いですか? 覗くだけです」


「いいえ、その、内密に運ぶように言われていますので……」


「そりゃあ、そうでしょう。しかし、それでは先程の声はどう説明するのです?」


 少々意地の悪い問いかけではあったと思う。無理矢理覗き込む方が早かったのだが、少しばかりひねくれた嗜虐心(しぎゃくしん)が出てしまったのだ。

 男たちは黙りこくった。

 暫しの沈黙の後、彼らは剣を抜いた。破滅ならば諸共、くらいのつもりなのであろう。


 そうなっては、こちらとしても平穏に澄ませることは出来ない。もっとも、初めからそう出来るなんて希望的観測はしていなかったけれども。

 ウォルフガングとフリッツと、そして俺が剣を抜いた。

 カリンとレイナが投げナイフを構え、フランツィスカは弓を取り出した。


 どちらからともなく戦闘は始まった。

 鎧袖一触(がいしゅういっしょく)だった。


 護衛らしい前衛二人は右手を切りつけられて剣を落とし、元々は馬車に乗っていた後衛二人は投げナイフと矢によって右手を貫かれ、やはり剣を落とした。

 流石に、ローラレンス王国内でも指折りの剣士二人は実力が桁違いではあるが、カリンやフランツィスカの戦闘センスは侮れないものがあった。

 レイナが究極のヒーラーであることを考えると、このパーティーで一番役立たずなのは自分かもしれないと、思わずにはいられない。もっとも、元々が頭脳労働担当ではあるが。


 悲痛な叫び声をあげて悶える男たちを後目に、ウォルフガングが悠然と馬車にまで移動し、幌の中を覗き込んだ。

 そして、クールな印象を与える釣り目を、出来る限り柔らかく垂らして、普段の真面目さを感じさせない優しい口調で言った。


「もう大丈夫。辛かっただろう?」


 俺やハインツ兄様ほどではなくとも、ウォルフガングは一級のイケメンなので、それはさながら「ヒロインを救う騎士」とでもいった風貌だった。

 彼は剣を振るったかと思うと、金属を引っ掻いたような不快な音と共に何かを壊し、まさに騎士とでもいった動きをした。

 俺やレイナよりも少し年上と言った年齢だろうか、そんな少女をお姫様抱っこで抱えて帰ってきた。


 手足には枷がはまっていて、日に焼けて小麦色になった肌が、擦れて赤くなっているのが痛々しい。

 でも、そんな彼女の表情はもはや安堵(あんど)に染まっていて、いや、安堵とは少しばかり違う感情も乗っている気がするが……。


 とりあえず、俺達は分担することにした。

 少女を介抱するのが男三人とレイナ、男たちを完全に無力化し、盗賊ともども縛り上げるのが女官二人だ。

 カリンとフランツィスカはすぐに仕事にとりかかった。

 俺達も少女と話しつつ枷の破壊を試みる。基本的に同性であるレイナが話す担当で、俺達三人は枷を力技でぶっ壊す担当だ。


「もう大丈夫ですからね、枷も壊しますから」


 金属製の枷の中心部分を火属性魔術で加熱する。

 そして、数瞬後火属性魔術の応用で、急速に冷やす。


「うん……ありがとう」


「私はマリーナ・ヴリドラといいます。貴女の名は何というのですか?」


「私はコリンナ。コリンナ・ラングハイム」


 ウォルフガングに合図を出す。

 ウォルフガングの鋭い剣閃は温度変化で脆くされた、金属製の枷を容易く破壊した。

 コリンナと名乗った少女が驚いたように目を見開く。そして、ウォルフガングに熱っぽい視線を向けた。

 成る程、お姫様抱っこなんてするから色男。いや、色男呼ばわりするには女っ気が無さすぎるけれども。


「ふふ、驚きました? 壊すにはコツがあるのですよ」


 レイナが悪戯っぽく笑う。

 熱して冷ました金属が脆くなるなど、鍛冶師以外は知らない知識なので、揶揄(からか)いたくなるのは分かる。

 同じように足の枷も火属性魔術をかける。


「驚いたわ、凄く……!」


「そうですか! さて、コリンナ、手を貸してください」


 満足げに頷いたレイナは、コリンナの手を取って呪文を紡いだ。


「【魔力よ、優しきその心、癒しの光よ、形を成せ】」


 前回のリーセロットの失敗を踏まえて、今回は普通の治療魔術だ。

 医学的な理解が必要な治療魔術を使えるというのは、充分以上に凄いことなのだが、それでも「聖女の奇跡」を使うよりはマシであろう。ちなみに、ここにいる者は全員使える。

 俺が前世で中学や高校で学んだ生物や保険の授業は、この世界の治療魔術を使うのに充分であったらしい。むしろ、誰よりも高性能な治療魔術を使えるのは俺である。


 にもかかわらず、レイナがヒーラーを務める理由は、後にもしも「聖女の奇跡」を使わざるを得ない状況になったとき、「神級の治療魔術である!」などと言ってごまかすためである。

 「聖女の奇跡」のぼんやり光るようなエフェクトと、治療魔術の光の粉が降り注ぐようなものは明らかに違うが、それでも神級治療魔術なんて見る機会もないだろうから大丈夫だろう。

 ちなみにだが、奇跡よりも普通の治療魔術の方が魔力効率が悪いとは、レイナの談である。というか、レイナ以外は知りえないのだが。


 レイナがコリンナの傷を癒やした時、俺はフリッツに合図を出し、足枷を破壊した。

 フリッツの剣閃はウォルフガングに負けず劣らずの素晴らしいものではあったが、残念ながらコリンナの熱い視線は得られなかったようである。

 なんというか、鳥の刷り込み見たいな状態だけれど、まあ、本人が良いなら良いか。洗脳でもあるまいし。


 同じようにレイナがコリンナの足も治療して、一先ずこちらの作業は終わった。

 さて、カリン達はというと、全ての盗賊と非合法奴隷商人を縛り上げ、非合法奴隷商人の幌馬車に積み込んでいた。完全に、荷物扱いである。

 しかし、合法のものとは言え、彼らの方が奴隷に落ちるのだから皮肉なものである。或いは、俺達が三歳の頃のが尾を引いていたら、誘拐ということで処刑かもしれないがそこは責任が持てない。人権を侵害したのが悪いのだから。


「ジーク、マリーナ、アーデム、フリッツ。こちらの作業は終わりましたよ」


「嗚呼、すぐに行く」


 カリンの呼びかけに返事を返す。

 レイナがコリンナに微笑みかける。


「じゃあ、行きましょうか、コリンナ」


「行くって、何処へ?」


「一番近い街は、クラネルト男爵領クラネルトです。先ずは、そこへ」


 レイナが差し出した手を、コリンナが掴んだ。

 馬に乗れないレイナ、コリンナ、フランツィスカと、縛った連中に対する護衛としてウォルフガングが馬車に乗り込んだ。

 馬のエランストには主のウォルフガングが声をかけて、馬車を並走するように頼んでいた。


 さて、悪人を縛り上げて、少女を救出してと一騒動あったが、俺たちの当座の目的地は変わらない。

 レイナが後ろの居ないことで雨が少し寒いのだけれど、逆に馬車の中はいろんな意味で温かそうだ。

 ウォルフガングに春でも来るのだろうか。あの子(コリンナ)、平民だけれども……。

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