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雨天の下で一騒動

 今日の天気は端的に言うと雨だった。

 もう少し情緒的に表現するならば、空が号泣しているような豪雨であった。


 ローラレンス王国は広大な土地を有していて、その中でもローラレンス王爵領からユグドーラ大公爵領にかけての地域は、大陸の中央部であり、乾燥しているという訳ではないが、比較的雨の少ないはずであった。

 もっとも、夏ならば雨は降りやすいほうであるから、降ること自体に不思議はないのだが、些か間が悪いと思ってしまうのも仕方がないと思う。

 なんで、よりによって街から街への移動中に、ここまで凄まじい雨に降られなければならないのか。


 止んだ後には魔術を使えば服や髪を乾かすこともできるのだが、如何せん顔に水滴が当たるだけで、十分にテンションは低下した。

 俺の後ろに座るレイナなどはそのあたりはマシなようであったが、晴れの日と比べると、声のトーンが少しばかり低かった。

 そんな感じであるから、今日はいつもよりも会話も少なかったのであるが、ふとカリンが報告をするように声を発した。


「雨音以外の騒音が聞こえる気がします。多分、人の声……いえ、戦闘音……?」


 こんな日に物騒なことはやめてほしいところであったが、残念ながら、カリンは冗談を言うような性格ではなかった。いや、多少の冗談は言うのだが、()()()()()()をいうことは決してないのである。

 俺たちは何も水戸黄門という訳ではないから、悪い奴を成敗する義務なんて、一介の冒険者である「ジーク」にはない。けれども、目に付いたら見捨てられないし、悪人の方としてもこちらを野放しには出来ないだろうし、何よりも、この道は一本道でかつ周囲は草原であった。

 否が応でも戦うしかないのだろう。


 見たわけではないが、護衛の二人の雰囲気が変わるのが分かった。

 腰に回されたレイナの腕の力が強まり、俺も気合を入れなおした。







 雨というのは多くの者にとって不快なものだが、その男たちにとっては足跡を消してくれる、丁度良い(かく)(みの)であった。彼らの身分は表向きは商人ということになるが、その実情といえば誘拐犯の一味との強い癒着があり、少なくとも「まっとうな商人」というカテゴリに属すことは不可能そうであった。

 そもそもお互いに名乗っている名前すら、本名の者は一人もいなかった。リーダーがアヒム。幌馬車(ほろばしゃ)の運転手がベンノ。二人の護衛がそれぞれ、クルトとデニス。仲間内ですら、分かっているのはそんな偽名だけである。


 彼らはその日、()()を運んでいた。誘拐犯たちから受け取った()()である。

 当然ながら合法であるはずがない。ローラレンス王国において、奴隷自体は合法のものであるが、それは幾つかの限られたパターンのみに限られ、また国以外が保有することは不可能である。

 限られたパターンというのは、特例もあるが、基本的には次の二つになる。


 一つは、犯罪奴隷。犯罪者を奴隷身分に落し、強制的に労働に従事させる。

 一つは、借金奴隷。借金を返済できなかったものが破産して奴隷身分に落ちる。「信用に足らない相手に貸した方も悪い」ということで、一定額までは国が代わりに返済し、超過分はチャラということになり、本人は国に強制的に労働に従事させられる。

 奴隷、と聞くと悪い印象を持ってしまいがちだが、前者は懲役刑とほぼイコールであるし、後者は労働付きの生活保護といった具合だ。自由はかなり損なわれるが、衣食住が保証されることを考えると、貧民よりも良い暮らしが出来るというものである。


 しかし、非合法の奴隷ともなればその限りではなかった。彼らはイメージする通りの「奴隷」としての扱いを受ける。

 衣食住を保証されないこと、奴隷を個人保有する行為、複数の側面から法律で禁じられているのは、それがあまりにも残酷なものであるからに他ならない。

 高い金を払って、それこそ並の平民の生涯年収に匹敵するような額を払って買われた奴隷の使い道が、通常の労働であるはずがない。彼らは生体実験の道具にされるか、洗脳と訓練によって兵器に仕立てられるか、性的な慰み者にされるのが常であった。


 アヒムたちによって運ばれる非合法奴隷の少女コリンナ・ラングハイムは、そのうちどれになるかが決まっていたわけではなかったが、どれになるにせよ(ろく)な未来ではないことは理解していた。

 だからこそ、馬の駆ける音がどこからともなく聞こえて来た時、叱責を恐れて表にこそ出さなかったが、限りなく歓喜した。助かるかもしれない、と思ったからだ。


 彼女は少々夢見がちな性格であった。誘拐されたことで理不尽というものを知ったが、それでも人間の本質というものはそう簡単に変わるものではない。昔、聞かされた英雄譚(えいゆうたん)の一節を思いだす。

 ――(さら)われた哀れな乙女を救う為、白馬に乗った王子様が手を差し伸べてくれた。

 王子様とまではいかなくとも、優しい誰かが救ってくれるのは最早確定事項であるようにすら、彼女には思えた。


 しかし、現実というものは往々にして期待を踏みにじるものであるらしい。

 誰の言葉かは分からなかったが、叫びによって、乙女の夢は打ち砕かれた。


「盗賊だ!」


 コリンナにとっては最悪の状況だった。盗賊に会うということは即ち、闘わなければならず、負ければ男は死に、女は犯されるということであった。この非合法奴隷商人たちから逃れたところで、待っている結末は似たようなものであるということだったから。

 非合法奴隷の少女は無気力になって、せめて戦闘に巻き込まれないように、体育座りで小さく丸くなった。自由を奪う手足の(かせ)が、冷たくて痛かった。


 盗賊たちの襲撃に対し、非合法奴隷商人たちは中々に善戦した。

 やはり裏稼業に手を染めているだけあって場慣れしていて、敵の方が数が多いにも関わらず、少なくとも持ちこたえていた。特に、幌馬車に飛び乗ってきた盗賊に対しては、容赦がなかった。

 しかし、人数差から、じわりじわりと盗賊側が優勢になっていく。

 そんな時、更に(ひづめ)の音がした。


「何をしている?」


 怒鳴るような語気ではなかったが、その声はとても強く響いた。

 後方から迫る足音と共に背を叩いた声は、複数の、声変わり後の男性のものだった。


「何も、盗賊が商人を襲っているのだろう」


「違いない。返事もないようだし、助太刀するぞ!」


「応!」


 それに動揺したのは、決して盗賊だけではなかった。あたりまえである、襲われている商人も、非合法の中でも罪の重いものに手を染めているのだから。

 コリンナの瞳に光が宿った。――もしかして、来てくれた? 私の王子様!

 彼女は外の様子を見ることが出来なかったが、音を聞いているだけで、それが救いになりうることを理解した。音だけでそうなのである。目の当たりにしたクルトやデニスは言葉を失い、アヒムやベンノは変な笑い声を漏らした。


 助太刀に入ってきた者たちは強かった。

 四騎ほどいたが、実際に戦闘に割り込んできたのは二騎だけで、しかし全ての盗賊をごく短時間に()()()()()()した。

 殺せなかったわけではなさそうで、それは手加減をしても余裕だったということである。


 全員が下馬をした。

 代表してアヒムが助太刀してくれた男たちに礼を述べた。


「あは、はは……。あ、ありがとうございます」


「いや、大したことでは。大丈夫でしたか?」


「ええ、ええ、おかげさまで」


 実際に戦闘にも割り込んできた、リーダー風の茶髪の男に、冷や汗をかきながらアヒムが礼を述べる。彼らにとって良かったことは、雨が降っていたために冷や汗に気が付かれなかったことであろう。しかしながら、もっと初歩的な部分で彼らはミスを犯していた。

 猿轡(さるぐつわ)をされていたわけでもなく、魔術による音妨害をされていたわけでもない、商品(コリンナ)は叫んだ。


「助けて!」


 それで全てを察したように、場の雰囲気が変わった。

 特に金髪の少年は、銀髪の少女を(かば)うように立ち、瞳に強い決意を灯したように見えた。

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