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三毛猫騒動 3

「ちょっと待て、その言い方だと、情報が掴めたのか?」


 問いかけると、カリンは口に含んだものを咀嚼して飲み込んでから、落ち着いた口調で回答した。


「ええ、ある程度の予測は付きました。詳しくは、食べ終わってからでも良いですか?」


 重要なことであるはずなのに、カリンはほとんど悠然としていた。

 いや、そもそも俺たちに直接は関係ないので、重要と考えていないのかもしれないし、あるいは彼女にとっては難しいことではなかったのかもしれない。

 少なくとも、情報を持ってきたカリンは、探偵活動において、六人の中で最も優秀だということだ。俺達は三人、フランツィスカ達は二人、カリンは一人であったのに、まともな情報を拾ってきたのは彼女だけであったのだから。


 正確に言うならば、探偵活動というより、スパイ活動かもしれない。

 前に会ったことを思い返すと、カリンは独自の情報網を持っている。さて、どこまで張り巡らせているのか知らないが、俺にすら教えてくれないあたり、限りなく未知数だ。

 兵士達の作っているらしい「敵に回したくない人ランキング」とやらで、堂々一位になっていた彼女である。なお、二位はアネモネで、三位は俺だ。――ミハイル情報。


 俺が何をしたっていうんだ。……いや、色々怪しい発明や実験をしているな、火薬とか、スプリングとか。例えば現代日本でワープ航法だとか重力制御システムだとかSF的なものを発明したやつがいたら、敵にしたくはない。そういうことだろう。

 閑話休題。俺のことは今はどうでも良いのだ。


 皿を空にしたカリンは、ハンカチで口の周りを丁寧に拭いて、フォークも丁寧に拭いてそれを仕舞った。

 コップの水を一口飲んで、さて、と前置きして話し始めた。



「目撃情報は幾つかあるのですが、時間が遅くなるにつれ、街の南側になっていく傾向にあります。アロイス達の泊まっている宿は街の中心なので、外に向かっている、と言い直しても良いでしょう。

 それに加えて、今日はこのレベルで捜索しているのに、見つかっていませんから、街の中にはいないと考えるのが自然ですね。


 しかしながら、クロミアは子猫――便宜上子()と言いますが――の頃からアロイスの手によって育てられています。戦闘能力は魔物相応にあるでしょうが、野生で生き抜く力となると微妙です。もっとも、一日目だから関係ないように思うかもしれませんが、そもそも人の近くを好むらしいのです。

 特に飼い主のアロイスに懐いていますが、まあ、間抜けな話ですが普通に迷子でしょう。先輩面している彼らも、冒険者としては確かに先輩ですが、ガイエス滞在歴に大差はありません。


 そして、ガイエスの街の外に、歩いてすぐの距離に小屋があります。

 住人はガイエスの狩人です。普通は住居は町中に立てますが、中にはそれを好まない方もいますから」


 スラスラと並べられるそれは、少なくとも理論上の解決を見たように思える。

 俺は関心する一方、疑問に思ったことを尋ねてみた。


「流石だな。しかし、どうやって知ったんだ?」


「女性の秘密を知ろうとするのは良くありませんよ、殿下」


 いつぞやと同じように、艶やかな笑顔と共にそう返された。

 わざとらしい表情にみえるが、考えてみるとカリンは無意識にこういう表情をする。美人なものだから、色々な意味で背筋が震える。

 眼をそらすと、フリッツとフランツィスカが赤くなっていた。騙されるな、お前ら。







 今日入った飯屋の名前は覚えた。

 「大鷲亭(ベーガス・アドミラ)」だ。

 また、ガイエスに来ることがあったら、訪れることにしよう。





 さて、俺達はカリンの情報を基に、街の外にある住居を訪れていた。

 辺りは小川が近くにあり、平原が広がっている。

 ガイエスの森からはやや遠いが、その分安心できるというものだ。


 玄関扉をノックすると、体長が悪そうな意味で怠そうな、高い声が聞こえた。続けて、数回のくしゃみが聞こえた。

 扉が開くと、フランツィスカと同じくらいの身長の、猫耳の女性が現れた。決して萌えを狙っている痛い人とかではなく、ピコピコと動いているし、歴とした本物の耳である。

 彼女は目を擦りながら聞いてきた。


「はい、どちら様でしょうか? くしゅ……あ、すみません、今朝から体調が優れにゃくて……」


 猫語で「にゃ」と言ったわけではなく、単に噛んだだけのようだ。

 女性相手なので、カリンが応対した。


「私たちは冒険者をしている者です。実は、ガイエスの冒険者ギルドで、居なくなった三毛猫を探してほしい、という依頼が出ていまして、心当たりはありませんか……?」


 猫耳の女性は「あ!」と声を出した。

 心当たりがあるようだ。


「少々お待ちください」


 数秒の後、彼女はその腕に三毛猫を抱えて出て来た。尻尾はしっかり二本ある。

 しかし、気のせいでなければ、猫耳の女性のくしゃみが酷くなったように思える。


「くしゅん……この子でしょうか? くしゅ……昨日、はっくしゅ……街の方で見かけて、迷子のようなので連れて来た……くしゅん……です。今日ギルドに連れて行こうと思ったのですが、体調がこの通りで……はくしゅんっ」


 分かったことは三つ。

 事件が解決したということと、中々解決しなかった理由は、この女性の体調にある。そして、この猫耳の女性は恐らく、何の冗談か、猫アレルギー(というか三毛猫アレルギー)だということだ。


 フリッツがクロミアと思われる猫を受け取ると、俺はレイナに目配せをした。

 俺の言わんとすることを察したようで、彼女は肯くと、猫耳の女性に声をかけた。


「お姉さんは、名前は何というのですか?」


「私? 私は、リーセロット・ファン・ブラュネ」


 見た目が獣人族であったから、そうだろうと思ってはいたが、彼女の名前は獣人族的なものであった。

 人間族のものがドイツに近いことに対して、獣人族のものはオランダに近い。最も、地域次第ではあるし、個人差もあるが。


「リーセロットさん、私ならば貴女のくしゃみを止められます。少し、失礼しますね」


 レイナは深呼吸を一つして、


「『神はあなたを許された。痛みは悪魔に、傷は邪神に、帰りなさい』」


 柔らかく温かい光が生じて、それはリーセロットの全身を包んだ。

 驚いたような表情を見せるリーセロットは、言葉を失ったようだった。

 レイナは戻ってくると、溜め息を吐いて問いかけてきた。


「思ったよりも疲れました……立っているのも少し辛いです。ヴァイス様、あれは一体なんの病気なのですか?」


「アレルギー……一種の免疫障害だったかな。病気に対する過剰防衛で、身体が可笑しくなるんだ」


「成る程、ただの風邪ではないのですね……。ひゃっ!?」


 答えてあげてから、レイナのことをひょいと持ち上げる。

 お姫様抱っこの形になるが、彼女はもともと小柄で細身なので軽いし、身体強化を僅かにかければ負担は殆ど無い。

 俺がやらせたのだし、立っているのも辛いならこのくらいしてあげるさ。


 しかし、この時過剰な反応を取ったのはリーセロットだ。

 彼女は言語野の機能を復活させると、「まさか……」と呟き膝を折った。

 つま先を立てたまま両膝を付き、両手を重ねて、手のひらの方を自分の胸の中心にあて、頭は伏せる――ローラレンス王国式の最敬礼だ。


「ミリア様の奇跡を賜ることが叶いまして、光栄の極みでございます――!」


 嗚呼、自分の周りには一人もいないから油断していた!

 「まさか」はこちらの台詞である。

 己の軽率な判断を嘆く。クロミアを保護してくれた彼女を、アロイスと会わせようと思っただけだが、余計なことを考えるのではなかった。冒険者らしく、利益だけ追求すればよかったのだ。


 ミリア教徒だ。

 ローラレンス王国において最大の信者数を誇る、英雄信仰の信者。日本で言うと仏教くらいの浸透度だ。

 別に過激派はいないので基本的には危険性は無いが、レイナくらいになると危ないかもしれないな。全く同じ技を使えるのだから。


 ちなみに、ローラレンス王国に国教は無い。

 この世界――ウィズラ=ハダルが誕生したときの神々を讃える「七神教」は、無宗教という人ですら信じているし(何と言っても目撃者の幾人かがまだ生きている事実であるから)、この国――ローラレンス王国が建国されたときの英雄を信仰する「四英雄教」は、無宗教という人であっても敬意や尊敬という形で表れている(何と言っても王爵家と大公爵家であるから)。

 あくまでも、信者という自覚がある人の数が最大なのが、ミリア教なのである。


 そう言った意味で、無宗教であるレイナは憮然として答える。

 俺が宗教嫌いなのも理由にあるだろう。


「私はマリーナ・ヴリドラ。先の技は奇跡などではなく、上級の回復魔術ですよ」


 思いっきり嘘であるが、嘘も方便という。

 レイナ以外の俺達五人は、揃って大きくうなずいた。

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