三毛猫騒動 2
ガイエスの冒険者の大半が受けた、アロイスの猫クロミア探しは、ある種のイベントのような様相すら見せていた。本人にとっては大事件だろうが、他の者達にとっては大金が手に入る捜索ゲームだ。
俺達も本気半分、レクリエーション感覚半分で、結果としては全力で捜索をしていた。
といっても、やみくもに探すわけにもいかないので、何組かに分かれて、目撃証言を集める所から始めることにした。
しかしながら、現実は甘くなかった。
午前中を情報収集に当てた俺たち――俺、レイナ、ウォルフガング――が手に入れたのは、アロイスたちとクロミアについての詳しい情報くらいのものであった。
纏めると、次のようになる。
アロイス・キューバウアー。
今回の騒動となった、三毛猫のクロミアの飼い主。シンプルな剣士であるのみならず、珍しい魔物使いであると有名だ。その際の使役獣がクロミアであり、つまるところ、単純な飼い主とペットに止まらない相棒である。人柄は良く、様々な人に明るく話し掛けるため、特に冒険者に、非常に人望が厚い。
ヴェンデリン・トット。
彼らのパーティーでは参謀役であり、剣士。見た目は、冒険者らしからぬ、綺麗に整えられた豊かな顎髭をこさえていて、日本の記憶がある俺に言わせると「三国志の関羽」といったところだ。身長はそこまででもないが。真面目で仕事をキッチリこなす人物である一方、パーティー一の夢想家でもある。
この二人は俺達もよく知っていた。
残りの二人はアロイスなどが先生をしてくれる時、パーティー分の稼ぎを出しに行っていたらしく、あまり詳しくないので、情報は助かった。
朝、ヴェンデリンの後に続いて出て行った、あの二人の青年である。
一人目が、エグモント・アーベライン。
弓使いの、クールというよりも不愛想な男で、大衆的な人望は然程ないらしい。しかし、パーティー内では仲良くやっているし、リーダーでもあるらしいので、仲間からは信頼されているようだ。
二人目が、ホルガー・コルヴィッツ。
短槍使いで、かつ、この世界の者では珍しく、魔術を戦闘に組み込んでいるらしい。魔術槍士といったところだ。中肉中背の豪快な男で、酒場ではヒーローらしい。
そして、三毛猫のクロミアについてだ。
具体的な容姿は俺が思っていた通りの三毛猫で、大凡間違いはない。性別は雄。人懐っこい性格をしている。大きさは、膝ほどの体高で、その倍ほどの体長らしい。体長は尻尾を含まないものだ。尻尾の長さは体高と同じくらいで、しかも、二本生えているという。つまるところは、猫又だ。今まで読んだ本には、そんなことは書いていなかったので、新情報だ。現地民は格が違う。
「――でも、結局のところ、クロミアの見た目が分かっただけなのですよね?」
「そうだな。後は、少なくとも、パーティーメンバーの仕業でもなさそうだ、ってくらいかな。仲は良いみたいだし……」
探偵というのは地味な仕事だとは聞いていたが、しかし、レイナの言う通りなのである。現状、役に立ちそうな情報というのは、クロミアの見た目くらいなものだ。
徒労感から肩を落とし、溜め息を吐く。
どちらかというとイベント感覚でいた俺たちはまだ良い方で、周りを見れば、本気で金を求めている冒険者たちが、血眼になってクロミアを探し回っていた。
そんな状態でも一向に見つからないのは、少なくともアロイスにとっては不幸であろうが、俺たちにとってはどうなのだろう。見つからなそうだ、というマイナスなのか、俺たちが猫と戯れて報酬も貰うチャンスがあると考えるべきか。
なんとなく間延びしてしまっている。探偵業は刺激が足りなくて、俺には向いていなさそうだ。
とりあえず、まだ他と合流は出来ていないが、昼食にしようと大衆食堂に入る。テラス席があったので、すぐに合流できるように、そこに座った。
シンプルに、三人とも、ポテトとソーセージを注文した。
自前のコップに水属性魔術で水を注ぎ、自前のカトラリーを出して待つ。現代人にはなじみがないが、食器は基本的に、自前のものを持ち歩くものである。
出る数が多いものであるから、まとめて料理していたのだろう、すぐに皿に乗ったポテトとソーセージが出て来た。
同じ事ばかり考えて、頭が混乱してきたので、食事中は楽しく談笑だ。一旦、猫探しのことは忘れることにする。
先ず、無難な話題といえば、今食べている食べ物だろう。
フォークでソーセージを突き刺し、口に運んで噛みつくと、皮が弾けて肉汁が溢れだした。
肉の旨味が口いっぱいに広がって、それに加えてハーブの香りが広がる。本来は臭み消しの為に混ぜ込まれたハーブであろうが、絶妙なアクセントになって非常に美味しい。
王城では臭みの少ない普通のソーセージも食べられたし、こういったハーブ入りのものも食べられたが、ことに後者はハーブの配合がものをいう。ここのソーセージは、色々と食べた俺からしても、及第点を付けることが出来た。
「ここのソーセージは美味しいな」
そういうと、二人は首肯を示した。
ウォルフガングは「美味しい」の幅が広いのであまり宛にならないが、レイナが美味しいというならば間違いない。
「ハーブが良いですね。臭みも殆ど感じないですし」
レイナは、この街では不自然なほどに綺麗にカトラリーを操って、ナイフでソーセージを一口サイズに切り分けてからフォークで口に運びつつ、そう評した。
俺の考えと同じなので、フォークに刺したソーセージを噛み切ってから、首肯を返した。咀嚼して、飲み下してから、「そうだな」と短く返事を返した。
一方、ウォルフガングは、ナイフでポテトを刺して口に運んでいた。ナイフをフォークのように刺すために使うのは、決してマナー違反ではない。正式な場では少々問題だが、彼がやるべき時に出来ないはずはないし、冒険者の街であるガイエスでは、ナイフ一本は最も馴染んだ食べ方である。
ソーセージと交互にそうやって食べて、ウォルフガングは彼なりの総評をだした。
「ポテトとも合うな。それに、ポテト自体も美味しいと思う」
ポテトとは合うと思うが、ポテト自体は普通だと思うな。
適度な油と塩で焼かれたじゃがいもは悪くないが、特筆するべきは無い。
彼ほど頼りになる男が、こと味覚に関してだけは、信用出来ないんだよな。美味しいものを美味しいというけれど、普通のものや不味いものも美味しいというから。
食に勝る幸せは殆ど無いし、一番幸せであると思うけれど。
そんな感じで、食事と会話を楽しんでいると、フリッツとフランツィスカの二人が通りかかったので、そのまま合流した。
彼らは露店で買い食いをしていたが、ソーセージが美味しいというと、それらをこの店で追加注文した。
しかし、カリンが一人で行動しているので、彼らは同年代であるし、買い食いも合わさって、何となくデートしているように見えた。雑なノリで冷やかしてあげると、ウォルフガングが乗ってきて、それに対して二人は全力で否定していた。双方とも真顔であった。違うのは分かっているけれど、それにしても頑なすぎるだろ。
真顔になった表情は、ソーセージを食べたら綻んだ。
そして、残念ながら、彼らの入手した情報は俺たちと同程度であった。
俺はすっかり食べ終わり、レイナが最後のポテトを口に運んだ時、カリンが合流した。
彼女もまた買い食いをしていたようであるが、同じように言うと、やはり追加でソーセージを注文した。
自前のコップに水属性魔術で水を注ぎ、それを飲んで喉を潤した。
ソーセージはやはりすぐに出てきて、カリンは、それをフォークで突き刺しながら、サラッと重要なことを言った。
「情報を総合すると、街の中にはいないです。しかし、街の遠くにも行けませんから、候補は一ヶ所しかないですね」
あまりにも軽く言うのだから、思わず聞き流してしまいそうだった。
カリンはレイナと異なり、俺やウォルフガングのようにソーセージを噛み切っていたのだが、その動作が何故だかやたらと上品だった。