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魔術練習

 夏であっても日本と比べると高くない日差しを浴びつつ、運動をするわけでもなく、俺は魔力球を作り出そうと奮闘していた。

 体中を駆け巡る「魔力管」に流れる魔力を体外に放出し、最も魔力が安定する球の形で制御するのが魔力球という魔術である。


 そもそも魔力管とはというと以下のような物だ。

 この世界の人には、地球人は持たない魔力管というものが血管やリンパ管と同じように全身にある。この魔力管はリンパ管と同じく血管と合流を果たし、心臓によって魔力が溶けた液体が循環させられている。

 魔力は全身の細胞でエネルギーが形成される過程によって生じ、一時的に血管を流れた後、魔力の濃い水分が魔力管に移動する。魔力は全身をめぐる過程で全身の細胞に再分配され、それらは身体能力の強化に無意識に使われる。しかし、無意識に使われる量はわずかであり、魔力は血管に戻る前に大半がロストしてしまう。

 このロストする魔力を意識的に使うのが「魔術」だ。ロストしない身体強化用の魔力も使ってしまうと、体が重くなって倒れてしまう。


 つまり魔力球を理解しやすい形で魔術の基本である「イメージ」をするならば、血管から力を絞り出すような感じでよい。

 さらにいうならば、中二病患者がやる「右手が(うず)く……!」を本気でやればよいのだ。

 呪文を(そら)んじながら、突き出した右手に血液が集約するような感じで力を込め、そこから外部にエネルギーを漏らすイメージをする。


「【魔力よ、形を成せ】」


 一番シンプルな魔術だけあって、呪文も短い。

 もっとも、呪文には魔力に指向性を与える役割も僅かながら持っているが、上位になればなるほど呪文は長くなり、術者の技量は向上するので、無詠唱がスタンダードになる。

 無詠唱を使えるのはステータスにはならず、初心者卒業の証でしかない。ではなぜ呪文があるのかというと、初期の練習には感覚を覚えるのに最適であり、また言葉に出すことで「イメージ」の増強につながるからである。絶対に失敗したくないときは、如何なる上位者であろうとも呪文を使うという。


 唱えた呪文の効果か、俺は体内に流れる魔力を初めて自覚した。そしてそれが右手から体外に漏れ出るような感覚を覚え……しかし、球として形を成す前に魔力は霧散した。


「失敗、か……?」


「残念ながら、しかし、初めてで体外に出せただけでも凄いのですよ。イメージがしっかり出来ていたのでしょう」


 前世で中学生の時、表立ってはやらなかったが、微妙に(こじ)らせていたのが役に立ったのか。右手が疼くな。


「そうですね……魔力を漠然なエネルギーではなく、水のような液体や砂のような粒と考えると球体を維持しやすいかもしれません。私のやり方ですが」


「水や砂か……【魔力よ、形を成せ】」


 具体的な物質をイメージしながら呪文を唱える。

 先程と同じように体を魔力が駆け巡り、それが右手のひらから溢れ出して、今度は球体を形作る。はっきりと形を持った球ではなく、イメージの影響だろうか、無重力空間での水のようにふよふよとした大まかな球だ。

 魔力球は不安定な状態ではあるが、確かに魔力球として俺の手のひらから数センチ離れた場所に健在である。日光の反射なのかそれ自身の輝きなのかは分からないが、弱々しい光をぼんやりと放っている。


 魔術って案外簡単なのだな。二回目で出来たので思わずそう思ってしまったが、カリンの表情を見る限りそうではないらしい。

 彼女は口を隠すように手で覆い、オレンジ色にも見える髪と同じ色をした明るい茶色の瞳を見開いていた。予想外だと言いたいのだろう。「目は口程に物を言う」とはこういうことなのかもしれないと、ふと思った。


 ともあれ魔術を上手く使えるというのならば、憧れの力でもあるし悪い気はしない。

 上機嫌になって気が緩んだからだろうか、魔力球が風船のように弾けてキラキラと輝きながら霧散した。


「アドバイスをしたとはいえ、二回目で成功させるとは……。流石、ヴァイス殿下、神童と呼ばれるだけのことはありますね」


 カリンの意識が再起動して言葉を紡ぐが、彼女はまだ本調子ではないようで、その言葉はいつもと違って上っ面だけであった。しかし、その取り繕ったような言葉も役に立った。

 神童――赤ん坊の頃から言葉を理解していたので呼ばれるようになった呼称だ。これは俺の中身が相応ではなく、前世の記憶や意識を引き継いでいるからに他ならない。魔術が上手く使えるのだって、現代日本で得た、テレビやインターネットを通した明確な映像をイメージ元に出来るからであるはずなのだ。

 調子に乗ってはいけない。

 今でこそ神童でも、大人になってからは抜かれるかもしれないし、そもそも「魔力技能」は高くとも「総魔力量」は低いとかいうオチの可能性だって高いのだ。知力(INT)精神力(MND)魔力量(MP)は比例しないのだ。


「イメージには自信があるんだよ……」


 返答の言葉は曖昧な物にしたつもりだったが、魔術師にとって最上級の自信であったらしいことを、このときの俺はしらなかった。




「もう魔力球を使えるようになったのか!? 凄いじゃないか!」


「凄い子だと思っていたけど予想以上ね……。カリン達の教育が良かったのかしら?」


「本当に凄いよ。僕がヴァイスくらいの頃は、まだ文字すら覚えきっていなかったもの」


 夕食にて、今日は何をしたのかと聞かれたので魔術を練習して、魔力球を使えたと正直に言うと、皆思い思いの反応で驚いていた。


「いえ……私たちは特別なことはしていません。殿下が優秀だっただけで……」


 リリアの言葉を受けてカリンが恐縮しまくっていたが、俺がここまで早く言葉を覚えられたのは、生まれた頃から世話になった五人が俺の行動に肯定的だったおかげだと思う。特に本の読み聞かせをしてくれたのは感謝している。


 今日も今日とてドイツ風国家ローラレンス王国の定番料理、ヴルストにかじりついて、口内で肉汁が弾けるのを楽しむ。大人と同じ食事は三回目だが、今のところこれが一番のお気に入りだ。

 皿の料理が半分減った頃に不意に横を見ると、俺にテーブルマナーを教えることすら忘れてあわあわしていたカリンが、未だにどことなくテンパっていた。彼女は本来、国王たるアルトリウスを同じテーブルに着くことすら恐縮していたので、今日起きた様々なことの驚きに耐えきれず、脳の処理能力が落ちているようだ。

 冷静で優秀なカリンとて、実は未だに十代なのだ。この国の基準は兎も角、俺の基準では子供の範疇(はんちゅう)だ。今の彼女は年相応の女の子みたいで、可愛らしかった。


 ニヤついた表情のまま彼女の顔を覗き込むと、慌てて取り繕ったが顔は赤いままであった。まだポンコツモードから抜けきれないらしい。

 マナーが悪いと注意してきたので、大人しく従った。


「皆、年相応なところもあるんだね。安心したよ」


 ハインツ兄様が笑顔で言ったその言葉に、俺とカリン以外が全員、使用人も含めて頷いた。

 俺はハインツ兄様の年相応なところをまだ見れていないけれどな、六歳なのに十歳くらいに見えてならないです。落ち着いてるよな。




 食事も終わり、明日から暫くは魔術の練習を頑張ろうと心に誓って、眠りについた。

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