冒険者ギルドへ
早々に目が覚めたのは無駄ではなくて、普通ならば起床を施す一の鐘が、レイナが家を出る時間でもあった。
今日から一年間、大公爵令嬢の身分を隠して、平民の少女マリーナ・ヴリドラとなるレイナは、家の前で待つ俺達を見ると、朝日のような明るい笑顔を見せた。
「おはよう、マリーナ。それに、エルネスとフリッツも」
「おはようございます、ジーク様。リューネとアーデムもおはようございます」
レイナの着る服装もやはり冒険者的なパンツスタイルである。
スレンダーである彼女は、少年めいた美貌を感じさせなくもないが、膝下まである長い髪が女性であることを強調していた。髪型は編み込みこそないが、ハーフアップを保っている。
フランツィスカの服装は、カリンの色違いである。髪型はポニーテールだ。
そして、フリッツだ。
従四位侯爵家第一子フェルディナント・フリッツ・フォン・グリューネワルト。王都五大侯爵家ではなく、ユグドーラ大公都の侯爵家の筋である。
彼個人は、王国歴742年の武闘大会の準優勝者である、若年ながら一流の剣士である。
役割としては、ミハイルのポジションである。彼の性格はウォルフガングのものに近いが。ミハイルは妻子が居るため、一年間も家を空けることは好ましくないので、一年前から、新たにフリッツも「いつものメンバー」になったのである。
ミハイルもアリアも、専属護衛や世話係を外れたわけではないが、旅の間はお別れだ。
だから、旅のメンバーは六人と四頭――レイナとフランツィスカは馬に乗れない――である。
朝食代わりに、今日のところはまだ柔らかいパンを食べつつ、俺たちが向かう先は冒険者ギルドである。
この旅は冒険者として旅をするのだから、偽りの身分を作るためにも、冒険者登録をする必要がある。
さて、歩いている間に冒険者について復習しよう。
彼らは大前提として、まともな職に就かないゴロツキか、一流の戦闘力があるのに待遇の良い兵士志願をしない変人か、辛くても良いから一攫千金を狙う賭博師の何れかである。なお、割合は1:1:8である。
冒険者ギルドは、言ってしまえばハローワークだ。「冒険者」ギルドというネーミングなのは、博打師を前提としていて、冒険に際する最低限の金銭を稼げるシステムだからある。
傭兵ギルドと狩人ギルドも兼ねていて、場所と仕事を共有する一方、違う職業であると定めらている。この国では、以下のように分類される。
冒険者:決まった住所を持たず、拠点を変えながら仕事をこなす者。
傭兵:あくまでも所属未定の兵士。
狩人:決まった住所を持ち、住居周辺の地域で狩猟採集を行う者。
傭兵に関しては、私兵を募集している貴族や商人に対しての斡旋も行う。紹介料は雇い主の方が支払うので、兵の方としては食いつなぎのこともあり、登録しない理由がないのである。
狩人に関しては、都会の狩人は金銭に変えるために登録していることが殆どである一方、田舎では物々交換や地産地消の為に、ほとんど登録されていない傾向にある。
それでは肝心の冒険者はというと、登録しない理由がない。余程のパトロンが付いていない限りは登録しないと生きていけないし、パトロンが付くような者は冒険者になること自体が目的の一つなのだ。
冒険者ギルドの建物は、俺にすると小さく感じてしまうが、平均的な家屋よりも数倍の大きさがある。
立っている場所が大通りとはいえ、王都の南門を入って直ぐの所にあるから、周りとの比較で余計に大きく見えるのである。都壁よりも明らかに高い立派な建物は、この辺りでは他には、兵の詰所くらいしかない。
逆に中心側を見上げると、そもそもの標高が高い上に、建物が大きいから大迫力である。いつもは見下ろす側であったので、こちらからの視点は新鮮だ。
両開きの玄関扉を開くと、いかにもといった風貌の、ギルドのエントランスに迎えられた。
正面の受付に向かって歩いていき、見た目の上では一番リーダーの風格がある、ウォルフガングが代表して声をかけた。
受付のお姉さんも笑顔で応じる。
「冒険者登録をしたい。六人だ」
「畏まりました。では、順に名前をお願い致します」
「アーデム・レーヴェンガルドだ」
「フリッツ・グリューネワルト」
「リューネ・プレヴィンです」
「エルネス・シュヴァーゲルです」
「ジーク・ローレンツという」
「マリーナ・ヴリドラです」
俺とレイナ以外の苗字は、平民でも普通に居るため、変える必要はなかったのだが、如何せんフランツィスカの氏名は省略しても長すぎた。エルネスティーネはともかく、シュヴァーゲルツェンベルクは流石に辛い。
あの長い氏名は印象が強いので、彼女もまた省略することになったのである。
受付のお姉さんは、手慣れた速記で俺達六人の名前を書き留めた。
冒険者カードを発行するから待っていてくれと言って下がっていったので、俺たちはエントランスにあるベンチに腰を下ろして雑談をすることにした。
……鐘半分は経っただろうか。といっても、一日というくくりで見れば、まだ二の鐘が過ぎた程度でしかないのだが。
中々に長いので、流石にまだなのかと聞きに行こうと思った頃、先程のお姉さんやってきた。
手渡されたカードは木製で、名前と登録番号を彫り込んだうえで炭が入れられており、かなり凝った造りといえるものだ。名前の下に番号があり、それらの左に金属製の意匠が付けられていた。
俺たちが全員自分のものを持ったと確認して、お姉さんは説明を始めた。
「こちらが冒険者カードになります。完全に一から作り直す場合は無料で作れますが、今までの実績を引き継いだ再発行には、相応の金銭が必要になりますので、紛失盗難にはご注意ください」
そこで、言葉を切った。
俺たちが頷くと、お姉さんは説明を再開した。
「登録番号はこちらの名簿管理の為にあるものです。発行した街と、その街で何番目の登録なのかが分かります。実績は番号で管理しますが、名簿は二ヶ月ほどしないと全国に行きわたらないので、そのあたりはご了承ください」
再び、言葉が切られた。
俺たちは再び頷いた。これに関しては理解した確認が取れれば良いのであるから。
お姉さんはまた説明を再開した。
「金属製の意匠は、ランクを表すものです。下から順に、鉄、銅、銀、金、白金の五段階です。ランクが高いほど、危険度や機密性の高い仕事も斡旋できるようになりますので、張り切ってランク上げしてくださいね。
さて、何か質問はありますか?」
今のところは無いので、首を横に振ると、お姉さんは綺麗な一礼をして受付に戻っていった。
改めてカードを見ると、確かに金属の意匠は、黒い金属光沢を持っていて、それは鉄そのものであった。
王都の冒険者ギルドでやるべきことは、終わってしまった。
身分を偽造する上でも、冒険者登録は重要であったが、いざ働くとなると王都にいては、旅そのものの目的が果たせないからである。
王都の雰囲気は知っているし、仮に身分を隠したところで、俺の顔が広く知られているのだから、そのうちバレるだろう。
ゲームではよくあった「クラン」や「パーティー」等は、個人同士の契約であって、冒険者ギルドの干渉するところにはない。
ともすれば、出発するべきだろう。朝早くに出れば、幾つか先の街まで行けるかもしれない。
「じゃあ、目的も済んだ。冒険に出よう!」
「はい、楽しみです!」
王都の街が動き始めた頃、俺達一行は王都を発った。
清々しいほどの快晴で、これから先が明るいように思えた。




