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出発前日

 第四章開幕です。

 十四歳になった俺は、慣習通り、身分を偽って国内を廻る旅に出ることになった。

 確かに大変ではあるだろうが、間違いなく今までの生活とは違うものを体験できるだろう。初めてのことに勝る楽しみというのは、この世に存在し得ないだろう。


 使う偽名はジーク・ローレンツ。――ミドルネームを名前に、王爵家代々の偽氏である。

 俺は一年間は、事件が起きない限り王城には帰れぬ身となった訳だが、生憎とまだ、王都を旅立つわけにはいかなかった。

 今日はまだ、レイナは十三歳だ。たった一日、されど一日、彼女が旅に出るのは明日の早朝である。


 王都内で中級の宿を借り、その馬屋に愛馬マツカゼを預けた俺は、今日という一日を無為にしないために、まず王立図書館にやってきた。

 王立図書館というのは、王都内で、王城と三つの大公爵邸に次ぐ、五番目に巨大な建物である。その蔵書量は国内で随一を誇り、また国内の地図が全て置かれているのはここだけである。


 受付の司書に、一人あたり金貨一枚を担保として手渡して入館する。

 身分に関わらず、金貨一枚を担保にすれば入館できるのが、王立図書館の良いところだ。最も、出館時には返ってくるとはいえ、百万ロルクもの大金をポンと出せる人は平民では少数派ではあるが。

 受付の担当とは顔を合わせたが、特にこれといった問題はなく入館することが出来た。俺のことを知らないはずは無いが、職務を全うしてくれたのか、或いは、服装と名前で誤魔化されたのかもしれなかった。


 名前は先に行ったように、ジーク・ローレンツを名乗っている。

 服装はと言えば、一般的な冒険者の服装だ。長袖長ズボンに、最低限の胸当てがあり、腰のベルトには剣を始めとした道具がぶら下がっている。質が明らかに良いので、どこかの大商人の放蕩息子にでも見えるだろうか。

 閑話休題。


 探すべきものは地図だ。

 国内全体を描いたような地図である。

 まさか今まで旅のルートを考えていなかったわけではないが、最終確認といったところだ。


 十進分類法のように完璧に整頓されているわけではなく、この世界ではまだふんわりした並び順であるので、カリンとウォルフガングと三人がかりで目当ての地図を探す。

 背表紙にはタイトルが書いてあるわけではないので、一冊一冊取り出して確認しないといけない。

 横一列分ほど探した頃、カリンがそれを見つけた。


「ジーク、アーデム、見つかりましたよ」


 カリンは橙色の髪を、耳が隠れる程度に残しつつも、活動的なポニーテールに纏めている。

 服装はと言えば、俺と同じような冒険者の服装で、貴族の女性であれば普通はしないパンツスタイルを、見事に着こなしていた。

 或いは「男装の麗人」と例えるべきなのかもしれないが、冒険者であればこういった服は普通であるし、男装と表現するには彼女はプロポーションが良すぎた。


 ウォルフガングは真面目そうな将校用の軍服が、冒険者のそれに代わっただけであって、精悍な戦闘職としての雰囲気は一切変わっていない。

 彼はカリンから地図を受け取ると、それを確認して頷いた。どうやら探していたそれであったようで、俺に読むスペースに移動しようと声をかけてきた。

 それには賛成なので、首肯を返した。


 それは本というよりはファイルに近いもので、紙はくっついておらず、一枚に広げることが出来た。

 ガイドの紙の指示に従い、テーブル一杯に紙を並べていく。

 あまり正確な地図とは言えないが、ルートを確認するには充分であるし、改めて国内の広さに圧倒されるようなものだった。


 北、東、西の三方は海に囲われており、南は複数の国と国境を持っていた。

 中心よりやや北に描かれる城が王都を表しており、国境近くに描かれる三つの城が大公都を表している。

 各地に点在する、合計25の砦が辺境伯都を表している。

 主な街はそんなところだ。それぞれを結ぶ道が描かれており、これが国道に類する街道である。


「王都からユグドーラ大公都まで南下。そこから東へ進み、北上、玄関口たるプレヴィン辺境伯都に至る。そして、王都に帰還する」


 声に出しながら、道をなぞっていく。

 本来ならば、全ての大都市を巡るくらいはするべきなのかもしれないが、それには時間が足りない。だからこそ、行く場所を厳選したのである。


 一つ目がユグドーラ大公都。レイナの本来の実家であるが、彼女自身も訪れたことのない都である。三つある大公都の中で、もっとも開放的であるとも言われている。

 二つ目がプレヴィン辺境伯都。地元であるカリンにおすすめされたというのもあるが、それを差し引いても、シルフィア大陸との交易港があるのが魅力的である。

 それ以外にも、小さな町や村には沢山訪れることになるであろう。


 俺なぞった道が正しいことを見て、二人は大きくうなずいた。

 地図を元の状態に戻して、図書館を出る。勿論、汚したり壊したりしていないので、金貨三枚も無事に帰ってきた。


 適当な露天で昼食を取る。

 幼いころから定期的に外出していたおかげで、これに関しては手慣れたものだ。むしろ、王都にいる限りは、大概のことは新鮮味に欠けてしまうだろう。


 午後は、最終的な荷物を整える。

 昨日までに確保していなかったわけではないが、こと食料に関しては、今は夏ということもあり、僅かでも新鮮であるに越したことはない。メインは干し肉と硬いパンだけれども。

 諸々のものは、ケスラー商会に任せた。

 カールは平民であるから、普通はこの旅について知ることはないのだが、俺とここまで関わった以上は気が付かない訳もない。だからこそ公開したうえで、多少の協力を求め、他言無用としたのである。


 一介の商人としては知りたくない情報であっただろうが、今までそれなりに美味しかったのだろうから、これくらいの対価ならば許してほしい。

 予めお金は渡してあったので、商品を受け取る。平民に紛れるレベルのものは、国や王爵家が直接用意するよりも、彼に任せた方が明らかに有能であった。

 今日の服など綺麗すぎるのがその証拠である。


 カールの顔を見て、個人的に重要なことを思いだした俺は、念を押して最後の確認を取った。

 すなわち、ハツネとの取引である。


「カール殿、確認なのだが、東国との取引は任せて大丈夫だな?」


「勿論です。安心して役目を果たしてください」


 社会科見学や職業体験のようなものなので、役目という表現が適切かは分からないが、とにかく俺は安心して頷きを返した。

 憂いは無く、旅立つことが出来そうだった。


 行程と物質的な準備を終えた俺達は、宿に戻って愛馬に餌をやり、ブラッシングをした。

 これに関しては皆が自分の馬を手入れする。愛情をもって接することが何よりも大切だ。


 夕飯は宿の食堂で取った。中々に美味しかった。

 部屋は、今日のところは俺とウォルフガングの二人部屋、カリンの一人部屋の合計二部屋だ。

 ベッドに関しては硬かったように思う。いや、この世界ではこれが平均的なもので、今までのベッドが幸せ過ぎたのだけれども。




 ベッドの硬さではなく、遠足的な興奮で、翌朝は誰よりも早く目が覚めた。

 今日こそ、旅立ちだ。

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