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味噌汁ではなく豚汁で

「不味い」


 料理人の職分を犯して調理場で鍋を振るった俺は、味噌汁の不味さに絶望していた。

 なんてことだ。

 味噌汁が美味しくないなんてこと、あるはずがないのだ。あってはいけないのだ。


 確かに、前世でも然程好きではなかったし、今世では初めて食べるものだ。

 けれども、味噌汁だ。されど、なんてのはこの際必要ない。美味しくするのは難しくとも、不味くすることも難しいはずなのだ。

 嗚呼、駄目だ、こんなものをレイナに食べさせるわけにはいかない。


「確かに不味いですね」


「そうか? 私は好きですね」


 何気に料理も出来る、味覚も鋭い、カリンが断罪した。

 戦闘糧食も美味しく食べる、ウォルフガングが弁護した。

 判決は出た。

 日本と比べて、というレベルではなく美味しくないのだ。


 味を冷静に分析してみよう。

 材料で入れた、ジャガイモとタマネギは普通に美味しかった。

 何が不味いかといえば、間違いなく「汁」である。

 味噌汁の癖に、肝心の汁が不味いのだ。


 原因は大きく分けて二つ。

 先ず、単純に味噌が美味しくない。日本の味噌も戦前までは、しょっぱいばかりでイマイチだったと聞くから、沙和國のミケイもそうなのかもしれない。

 日本にいた時は健康だなんだと言って、無添加こそが至高だと思っていたが、あえて言おう、化学調味料ばんざい! 今は手にすることが出来ないものである。

 こればかりは仕方がない。塩汁よりは美味しいからな。


 次に、出汁(だし)を取っていないのである。

 日本食といえば出汁である。

 「旨み成分」を、鰹節(かつおぶし)や煮干し、昆布などを煮込んで取り出すのである。


 ところが俺はそれを入手し忘れてしまったのだ。

 鰹節は兎も角、煮干しや昆布ならば、ローラレンス王国国内で入手出来るかもしれないが、それでも王都と海は遠く離れている。往復で一月はかかってしまうのだろう。


 となれば、純粋な味噌汁は諦めた方が良いだろう。いわば、亜種とでも呼ぶべき存在に、とても美味しいものがある。

 肉を含めた色々な食材を入れる汁物である。人はそれを「豚汁(とんじる)」と呼んだ。

 明日はそれを作ろう。




 二日連続で職分を犯した。料理人はもう涙目だ。朝昼晩は手出ししていないんだから良いだろうに。

 鍋を取り出し、昨日のうちに確保した食材を投入する。

 ジャガイモやニンジン、大根代わりに味の近いカブなど、先ずは硬いものから煮込んでいく。


 しばらくしてから、タマネギと豚肉を入れた。

 蓋を開けたタイミングなので、同時に灰汁(あく)取りをする。野菜しか入れてないので、まだそこまでの灰汁はなかったが。


 少ししたら、味噌を溶き入れた。

 後はたまに灰汁取りをしつつ、煮込むだけである。

 今回は上手くいきそうだ。匂いだけならば完璧だった。




 蓋を開けると味噌の香りが広がる。俺以外にとっては、嗅ぎ慣れないものでもあるのだが、やはり良いものだ。失って初めて大切さに気が付き、再び手に入れた時、喜びを噛み締めることが出来るのである。

 汁を少しだけすくい上げ、それを口に含む。

 日本で食べた豚汁と比べると、その(いず)れにも劣るものではあるが、昨日のように不味いということはなかった。多少に塩味が多めではあるが、肉と野菜の旨みが口いっぱいに広がって、ある種の多幸感を得ることが出来た。


 ウォルフガングはいつも通りなので、評価には加味しないでおこう。

 カリンも同じように汁を口に含んだ。昨日のように不味いと言うことはなかった。

 慣れない匂いに顔を(しか)めこそしたが、口に含んで旨みを認識した時、その表情は逆転した。いい意味で驚いているようで、ほう、と息を漏らした。


「美味しいですね。食材の旨みがスープに出ているのでしょう。同じようなことを、この調味料でなくても、ローラレンス王国風ですることも出来そうですね」


 西洋風で食材の旨みを活かしたスープとなると、コンソメスープだろうか。

 あれは物凄く手間がかかる一方、ものすごく美味しいので、料理人に頼んでみようか。きっと、先程流した涙を拭って、頑張ってくれるに違いない。

 いや、カリンの表情から言って、彼女が料理人を泣かせてしまうかもしれないな。普通に料理するの好きらしいし。


 そうなったら慰めてあげよう。俺のせいだし。俺に慰められても、間違いなく恐縮するんだろうけれど。

 今は豚汁の方が大切だ。

 俺自身が美味しいと思って、更にカリンも美味しいというのだから、味は保証されたようなものだ。これなら、レイナにも食べさせられるだろう。




 五の鐘から六の鐘の間に、「おやつの時間」を設けられることがある。

 それは無い日も多いし、ある日も食されるのは少量の甘味であることが大多数である。

 しかし、今日は違う。先程作った豚汁と、ついでに米も炊いて、その試食会である。


 参加者はというと、「いつものメンバー」に加えて、「ハインツ兄様のところのメンバー」である。

 被保護者四人、お付きの女官四人、専属護衛四人、ということだ。

 老人はいないが、男女と大小のバランスが良い感じであるから、多彩な立場の意見を聞けるのである。


「なんだかんだあって、こういった食べ物を作り出した。調味料から違うので、今までに食べたことがないようなものであるはずなので、皆の意見を聞きたい」


「今回はどんなものか、期待しているよ」


「私もよ。創り出すことに関しては、貴方の優秀さを認めているのだから」


「あの壺のものですよね? 少し心配ですが、ヴァイス様が創ったならば楽しみです!」


 ハインツ兄様が柔らかく微笑んで、次にアネモネが少々勝気気味に、そして最後にレイナが楽しそうにそう言った。

 女官や護衛は口には出さなかったが、首肯することで意志を示している。


 作ったメンバーということで、配膳はカリンとウォルフガングに頼んだ。

 調理場から豚汁と米の入った鍋を持ってきて、順番に皿によそっていく。

 米が平皿に盛られるのは、ファミリーレストランで見慣れているから良いが、豚汁が陶器製のスープ皿に盛られるのは、どうしても違和感が拭えなかった。

 やはり、木製のお椀に入っているのが相応しいような気がする。気分の問題だとは分かっているのだけれど。

 全員にいきわたり、二人も席に着いたのを確認して、俺は両の掌を合わせた。


「美味しいでも、不味いでも、感想を頼む。……それでは、いただきます」


「イタダキマス」


 最近はあまり言ってなかったのだが、日本食に(たかぶ)ってつい言ってしまった。

 一瞬、不思議な目で見られたが、レイナが復唱したことで察したような表情をされた。

 何を察したのかは分からないが、子供同士の独自言語とでも解釈されたのだろう。それは、当たらずとも遠からずである。現に日本語は、俺の母国語である以外は、レイナが僅かに使えるに過ぎない。

 最近は「日本の中学一年生が使える英語」程度には日本語を使えるレイナである。文字の方も、仮名文字はコンプリートしている。


 気を取り直して、豚汁を口に含む。

 味噌の香りと食材の旨みが口いっぱいに広がる。ニンジンやタマネギの甘みが、味噌の塩味や肉の旨味と絶妙に合わさり、幸せな気持ちになる。

 久しぶりに食べたから、余計に美味しく感じるというのもあるだろう。味見というのは本当に味見で、豚汁の汁以外を口に含むのは初めてなのである。


 俺が幸せと新鮮さを噛み締める一方、他の皆も感心したように息を吐いた。

 初めてのものというのは、美味しいとか不味いより先に、珍しさが先立つものであるから当然かもしれない。

 しかし、皆、美味しいという表情だ。


 理由を考えてみると、この国は保存食が発達しているのだ。

 兎に角、塩辛いものは多い。

 ザワークラウトは滅茶苦茶すっぱい。

 それを考えたら、食材一杯の豚汁は「優しい味」で、しかし旨みによって満足足りえるものなのだろう。


「うん、美味しいよ。初めて食べた味だけど、悪くない」


 ハインツ兄様のその発言を皮切りに、皆が美味しいと言ってくれた。

 正確には、一人だけ口に合わないと言っていたが、こればかりは仕方がないと思う。百人中百人が美味しいという食べ物なんて、存在しないのだから。


 米の方もとても美味しかった。

 単体でも悪くは無いが、豚汁の塩味によって甘味が引き立ち、より格が上がったように思えるのだ。

 こちらは、全員から高評価を戴いた。


 その日のうちに、俺は豚汁のレシピを料理人に公開し、食事のメニューが一品増えた。

 なお、米と大豆食品の管理権は、俺が有している。

 俺が遂に入手した日本的な食品を、来年まで補充出来ないものを、勝手に減らされたら困るから。


 今度は、味噌と醤油を両方使って、焼きおにぎりでも作ってみようかな。







 俺の食生活が豊かになって更に一月ほど流れて、新たなる生命の誕生する時期になった。

 最初に産声を上げるのは、ミハイルとアリアの子になりそうだった。

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