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東国からの旅人 3

「ハツネさん、天翼族は、本当に伝承のように飛べるのですか?」


 好奇心を抑えきれなかったようにレイナが質問した。

 天翼族は『創世神話』において、他の種族には無い飛翔能力(ひしょうのうりょく)を活かして有利に戦った、最強の戦士の一角として描かれている。

 というか、創世神話の後半半分は、全ての種族が戦士にされているが、人海戦術を主とした人間族とは華やかさが違う。


 それは商談の後に聞くのも失礼なことではあったが、今のタイミングで聞くことは、アイスブレイクにもなって丁度良い話題だった。

 こういったことを自然体でやれるのは、俺が知る限りではレイナとアリアしかいない。狙ってやれる人ならそれなりにいるのだが。

 ハツネは(きつね)につままれたような表情に一瞬なった後、商人のものではない自然な笑みを浮かべた。


「私は純血の天翼族ですから飛べますよ。

 目立ちますし、商品を積んだ車もあるので、あえて飛ぶことは少ないのですけれども」


 彼は己の背中に生えた、ダークブラウンの髪と対極に、純白の色をした翼を指さす。カールが察したように移動すると、ハツネはその翼を広げた。

 片翼だけで身長の倍ほどあり、それは平民の基準では決して狭くはないこの部屋に、ギリギリという巨大さであった。翼の色合いと、その大きさからくる迫力で、天使を思わずにはいられない。

 もっとも「天使」という概念があって、ある種の神聖さを感じるのは俺だけで、純粋なこの世界の人にとっては翼の生えている人は天翼族という認識しかない。それでも、初めて西洋人を見た戦国時代の人よろしく興味深くは思っているのだが。


 ちょっと生物学、というか物理学だろうか。兎に角、科学的に考えてみる。

 鳥は本体に比べて巨大な羽を持っている。それは当然、飛翔に必要なバランスであって、きっと、天翼族もそれは例外ではないのだろう。

 多少の問題は魔力による身体強化でどうにかなるとはいえ、それは最後に補う程度の役割しか持たないはずである。


「あると便利なこともありますが、服の形が決まってしまいますし、北では背中が寒いですから、一長一短ですね。人間族や妖精族のように、何も生えていない方が気楽かもしれません」


 ハツネはそう言ってはいるが、特に気負ったものがあるわけでも無かった。それが当然の国で生まれ育ったからだろうか。

 翼が畳まれると、先程と同じように、背中から僅かにはみ出す程度の大きさにまでなり、手品でも見たような気分になった。思えば、(ハト)(カラス)もそうだったのであるが、それが人間のシルエットであるから不思議な気分になるのである。


 ハツネが再び腰掛け、カールも席に戻った。

 なんとなく和らいだ空気の中で、レイナの知的好奇心は満たされて、瞳の輝きは抑制された。

 対照的にハツネとカールの商人としての勘がスイッチを入れ、眼に(いなづま)を走らせる。


 俺も天翼族そのものから興味が離れ、再び米を始めとする文化的なものへ興味が移行したところであった。

 眼前で光る黄金の前髪を()()げて、二人の、焦げ茶色の髪を持った商人たちを見る。

 リズムを崩さないために、深呼吸も咳払(せきばら)いもせずに、話題を切り込んだ。


「まず第一に、ハクだ。あれを来年以降も欲しいのだが、可能だろうか? 出来るならば種籾と栽培方法を、不可能ならば現物でも構わない」


 ハツネは(うつむ)いて、口元でぶつぶつと計算した後、顔を上げた。


「現物に関しては可能です。自分は元々、毎年行き先を変える、放浪の旅商人でしたが、それをローラレンス王国と沙和國の往復に固定すれば良いだけです」


「良いのか? 旅が趣味とかでは?」


「確かに楽しくはありましたが、このやり方は大変ですからね。珍しさで売るよりも、固定客がいるならば、その方が圧倒的に良いです」


「では、来年以降も、俺が今年買い上げたものと同数以上を頼む」


「承りました」


「カールは中継ぎを頼む。俺の立場で、外国の旅商人と、一対一での取引をするのは良くないからな。それに、俺が常に対応できるとも限らない。よろしく頼む」


「ありがとうございます。謹んで引き受けさせていただきます」


 最重要の目的は達成した。

 俺が満足して頷くと、後ろで誰かがペンを走らせる。

 多分女官のどちらかで、可能性が高いのはカリンだ。少なくとも、続く言葉を放ったのはカリンであった。


「後で正式な書類を作りに来ますので、契約が可能な形の準備を宜しくお願いします」


 事務的な声は音楽的な響きを持って耳に入り込み、商人たちに即首肯させるには充分であった。

 二人ともメモは取らず、頭の中に書き込んだようであった。


 さて、しかし、米だけであったら俺は態々会いに来たりしない。俺の日本食に対する望郷の念は、もう少しばかり欲張ってみようと言っていた。

 日本そのものは多少懐かしいと思いつつも、こちらに勝るものが乏しいため戻りたいと感じないが、こと食事に関しては別なのである。


 ローラレンス王国はドイツに似ている。

 ソーセージやヴルスト、ハムやベーコンは美味しい。小麦で出来た白パンも美味しい。ザワークラウトはあまり好きではないが、食べられないことはない。


 では何が不満なのかといえば、比較的高緯度にある――地図と気候と伝聞から推測しただけで、天文学の心得があるわけではない――ローラレンス王国王都の食事は、保存性を重視しているため、しょっぱいものが多いのである。

 日本では洋食派であったが、こうなってくると和食が恋しくてたまらない。


「あと第二に、豆から作った食品や調味料は無いだろうか? あったら見てみたい」


 ハツネは目を丸くして言った。


「ありますよ。よくご存じですね。基本的に各家庭ごとに作って消費してしまうので、然程流通はしていないはずですが……」


 俺の耳には、「ありますよ」しか聞こえなかった。

 どうやら味噌(みそ)醤油(しょうゆ)はありそうで、米の時のような期待感が再び湧いてきた。

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