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我流護身術

 お茶会の次の日、ヴィルフリートの言葉を思い返し、俺は護身術を身に着けることにした。

 といっても、基本的なことは、普段から剣を習っているので、自分の分野のもので考えるのだ。勿論、経済学で物理的に護身できるはずもないので(研究すれば事前に回避は出来るかもしれないが)、この場合は魔術の科学的応用のことである。

 とはいえ、俺は科学の発達した世界に生きていただけで、文系の人間なので、魔術の柔軟性に助けられている面が非常に強いが。


 さて、俺の魔力は身分のわりに生成量が少ない。

 もっとも、王爵家は血筋のレベルで魔力が多いので、侯爵家の並程度にはある。

 魔力なんてものは多く生成出来たところで、酔狂な者でなければ上級までしか使わないので、少なかったところで、困ることも蔑まれることもない。しかし、その分野でそれなりに頑張っていると、悔しくもなってくるものだ。


 身分のことを除いて考えても、俺の周りには魔力が多い者の比率が高い気がするのだ。

 先ず、筆頭はアネモネだ。彼女に関しては規格外で、何がどうしてあのような「才媛」が生まれたのか見当もつかない。時代が時代なら勇者の類だったのかもしれない。混乱も闘争も真っ平なので、精々最後まで一貴族でいてほしいものだ。

 次は、ハインツ兄様だ。彼に関しては、王爵家の中でも魔力生成量が多かったというだけだが、少な目である俺と比べると雲泥の差だ。魔術界隈(かいわい)に然程興味を示さないのが勿体無い気もするが、俺よりも剣のセンスは上のようなので、貴族として俺よりも優れているだろう。流石というほかない。


 レイナも実は多い。使う技が技なので、一発で枯渇することも多いが、逆に言えば彼女程度の魔力が無ければ、それこそ擦り傷程度しか治せないのだろう。後天性障害をなかったことにするなどは、そういった意味でも、本当に「奇跡」と呼べるものなのだ。

 ミハイルとウォルフガングは……まあいい。身体強化して戦うこの世界では、強い剣士は魔力が多い。

 しかし、女官であるカリンも魔力が多い。これは良く分からないが、プレヴィン家ならば治める土地的に、異種族が混じっていても不思議ではないから、そんなところかもしれない。シルフィア大陸に国を持つ、妖精族や天翼族は人間族よりも魔力が多いことが多いのだ。


 閑話休題。

 そもそも、戦うことは素人の俺がするよりも、プロの護衛がする方がいいので論外だ。

 この場合の護身術とは、確実に逃げ出す方法のことを言う。逃げるのも戦略だ。


 とすると、早く走るのが何よりも先決だが、これは身体強化を過剰にかければ良い。解いた瞬間に筋肉痛必至だが、致し方のない犠牲だ。

 次に良いのは、気配を消すことだ。そんなこと素人に出来るかというと難しいのだが、魔術を上手く使えば光学迷彩と遮音は出来るだろう。


 光学迷彩はSFにあるような、光を捻じ曲げるものだ。科学の雑誌やテレビ番組で見るような、惑星の重力で光が捻じ曲げられるものをイメージすればよい。遮光するだけのものは上級火属性魔術にあるので、それを応用すれば出来るだろう。

 遮音の方は光学迷彩より簡単だ。中級風属性魔術によって、自分の周りの空気が波打たないようにすればよい。音は振動だからな。


「――というような魔術を考えたのだが、見て貰っても良いか? ハインツ兄様も良いですか?」


「理屈は理解出来たわ。でも、どうしてそんなものが思いつくのよ……」


「ヴァイスの発想力は、僕も良く分からないんだ。思えば、初めて会った三歳の時には既にこうだったからね。本をよく読んでいたようだし、カリンやアリアの教育が良かったんじゃないかな」


「レイナは普通……とは言えないけれどここまでではないわよ?」


 午前中に考えたものを、午後にアネモネとハインツ兄様に説明すると、アネモネに飽きれたように溜息をつかれた。ハインツ兄様は爽やかな笑みを浮かべただけだったが。

 アネモネに対してレイナが当然のように言う。


「ヴァイス様は凄いんです!」


「嗚呼、もう分かったわよ。負けるつもりはないけれど、流石に否定出来ないもの」


 アネモネが少し悔しそうに言う。

 俺とアネモネの方向性は違うから、競争する必要はないと思うのだけれど、彼女はやはり「才媛」に執着しているのだ。幼いころの刷り込みは抜けないのかもしれない。

 見せてみて、と言われたので、俺は順に披露することにする。


「じゃあ、先ずは『遮音』の方からやるぞ」


 応用のものではイメージの邪魔になるので、詠唱は省略する。

 行使するのは中級風属性魔術で、気体の動きを操るもの。自分の周りの空気が振動しないようにする。

 初めてだけれど上手くいった。ある程度の魔力と引き換えに、周りからの音が聞こえなくなる。静かすぎて、キーンと耳鳴りがする。


 自分で手を叩いてみると、しっかり音が聞こえるが、それ以外は聞こえない。

 アネモネが何か言っているが、聞き取れない。俺は曖昧な表情を浮かべる他ない。

 暫くして、(らち)()かないので解除する。


「どうだった? ちなみにこれ、術者もそれ以外の音は聞こえなくなるのだけど」


「だから微妙な表情だったのね。完璧ではない訳ね。……実験の結果としては、貴方の拍手は聞こえなかったから、成功と言えるんじゃないかしら」


 どうやら、外部からもちゃんと成功の様だ。

 側近の女官や護衛も含め、皆頷いているので大丈夫だろう。


「では、次に『光学迷彩』をやるぞ」


 同じく、詠唱は省略する。

 行使するのは上級火属性魔術で、光を制御するもの。基本系では遮光する魔術なのだが、それだけでは自分が黒い影となって、位置が分かってしまうので、光を捻じ曲げるものとして応用する。

 上手くいっているかは分からないが、多めの魔力と引き換えに、視界は完全に暗くなる。自分に光が届いていないからだ。光は、俺を迂回(うかい)して進むようになっているのだ。

 周囲から、ざわめきが起こる。


「凄い、見えないですよヴァイス様!」


「本当だ。凄いね、この魔術は」


「戦闘でも使えるんじゃないか?」


「ヴァイス殿下、少し動いてみてくれるかしら」


 ざわめきに交じって、アネモネが指示を出してくる。それに従って、数歩動く。完全な暗闇の中なので、かなり怖い。


「足音がしたってことは、動いたのね。音で分かったけれど、視覚では捉えられなかったわよ」


 すると、完璧なのだ。

 動かないで引きこもるだけで良いのならば。

 実際にはそういう訳にもいかないので、僅かだけ光が通るようにする。

 きっと、俺が半透明か、揺らぐように見えているはずだ。


「少しだけ見えるようになったけれど、疲れたのかしら」


「いや、完全に消すと周りが見えないんだ。身体強化で動く前提だし、これくらいなら大丈夫じゃないか?」


 身体強化を使い、走ってみると、今度は戦闘の専門家が答えてくれる。

 声からして、多分ウォルフガングだろう。


「自分やミハイルなら捉えられますが、一般の兵士やその辺のゴロツキならば、問題なく逃げ切れるでしょう。殿下にはする気もする機会も無いでしょうが、暗殺もしようと思えば出来るでしょう」


 実際暗殺をする気はなかったが、確かに、出来るなこの魔術ならば。

 科学的に、指紋やらDNAやらで検証できないこの世界ならば、姿さえ見られなければ完全犯罪成立だ。とんでもない魔術を作ってしまったかもしれない。

 幸いにも、ここにいるのは、信頼出来る者だけである。


 術を解除した俺は、ウォルフガングの言葉を根拠に、他言しないように頼む。

 代わりに、使えるのならば使っても良いと許可を出す。

 俺やレイナ、ハインツ兄様やアネモネに、その側近ならば、使えたところで問題はないだろう。

 優秀な者しかいないので、誰もが俺の意図を理解したようで、首肯を示して、主人以外は敬礼も示した。


 見られたところで、イメージの内容を他言しなければ、誰かが真似できることはない。

 まさか光が重力で曲がるイメージなど、中世程度の文明であるこの世界で、自発的に出来るものが居るはずもないのだから。稀にいるかもしれないが、天才ばかりは運命の悪戯なので防ぎようがないと思う。


 その場はそこで解散した。

 夕飯の時に、俺の父であり国家元首であるアルトリウスと、同じく母であり王妃であるリリアにだけは魔術の内容を話したら、凄いと言って褒めてくれた。少しくすぐったい。

 しかし、他言無用だと理由を添えて言うと、真剣な表情で「良い判断だ」と言って頷いた。


 ちなみにだが、三日後にアネモネが、五日後にカリンが、この技を使えるようになっていた。

 それ以外の人が使えるようになるのは、やる気の問題もあろうが、暫くたってからのことであった。

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