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貴族のお茶会 4

 憲兵や治安というものは、楽しいお茶会にする話題としてはふさわしくないものではあったが、ここにいるものは若年ながら使命感というものを携えた者達であるので、自分の持っている情報から、問題ないものを引き出し始めた。

 まずは確実性の高いものから出していくので、最初は大臣や上級官僚である、身内からの情報や知識ということになる。例外こそあれ、知識や技術が受け継がれるため、大臣職は同じ家のものがなることが非常に多いので、その分野に関しては無視できないものがある。


「国の政治や経済に影響が出ていませんから、少なくとも、どこかの陰謀ということは無いでしょう」


 最初にそう言ったのは、お茶会の主催者である紫髪の少女、クラウディアだった。

 彼女の父であるゼーネフェルダー家当主は、国の行政を任される総務卿(そうむきょう)であるから、その筋の情報だとすると信用できるものだ。


「今は穀物の収穫直前ですからね。市場に物が少なくて、貧民層が荒れる時期ではあります」


 そういったのは、落ち着いた赤髪の少年ヴィルフリートだ。

 キルヒアイゼン家の当主は、警察と軍事を任される軍務卿(ぐんむきょう)なので、それらを円滑に動かすためにそういった知識もあるだろう。

 少し考えれば当たり前のことなのだが、自分の職務とも趣味とも関係のない知識というのは、意外と入ってこないものだ。


 二人が意見を出したところで、もう発言は止まった。それも当然で、あらかじめ情報収集をしたわけでもなく、未成年が治安について話し合ったところで、出てくる情報などは殆ど無い。

 それに加えて、二人の情報を合わせるだけで結論は出てしまうのだ。

 つまり、然程の問題はないということだ。


「えーと、偶発的な喧嘩や事件が起きるけど、大きな問題はないってことですよね?」


 レイナがそう言いながら小首を傾げる。

 クラウディアとヴィルフリートが頷いた。俺も概ね同意なので、特に質問することはない。

 レイナは首を縦に振って納得したようだが、そうでない者もいて、ニコラウスは紺色の瞳を細めて、疑問を口にする。


「物が少なくて問題が起きるのですよね? 国で貯めている食料を、流すことは出来ないのですか?」


「父上に頼めば出来ないこともないが、しない方が良いと思う。計画的に使うべき食料だし、それを差し引いても、まだ民衆は飢えたわけではない。多少の問題で食料が出てくると思われてしまったら、民衆に暴動癖でもついてしまう可能性がある。それは良くないだろう」


 人間は学ぶ。それに、その心理は、条件が変われば簡単に揺れ動く。

 経済学的に考えて、ここで食料を流すことは下策だ。

 今回そういった前例を作ってしまうと、次回以降やらなかった場合、民衆の不満が大きいものになる。現在の恨みは、高い値段で物を売る商人に向かっているが、食糧庫のものを流さない王国政府に向かうように変わってしまうのだろう。

 人は、たとえ「元に戻っただけ」であったとしても、失うことを極端に嫌うのだ。具体的には、得た時の二倍は強く意識すると言われている。


 俺の言葉は簡素なもので、細かい理論まで説明したものではなかったが、ここにいる者は皆理解力が高いので、誰もが首肯を示した。

 レギンレイヴが形の良い眉を僅かに(ひず)めながら、「それに、商人にも嫌われますものね」と、付け加えただけである。これに関しても、皆が首肯を示すところであった。

 皆の意見がまとまり、安心したような空気が流れた時、ヴィルフリートが言った。


「問題はないといっても、治安が悪化気味なのは確かです。直近の村の収穫祭まで、気を付けておいた方が良いでしょうね」


 それはお茶会の空気を多少硬くするものではあったが、必要なことでもあった。

 だからこそ空気は硬くなりこそすれ、悪くなることはなかったのだ。

 とはいえ、硬くなった空気は柔らかくする必要があり、その役目を担ったのは、やはり主催者であるクラウディアであった。良く気が付く子であるし、事前の情報収集もこまめに出来る、貴族としてこれ以上ない才能がある。


「さて、親睦を深めるためのお茶会ですから、そろそろ楽しい話題を致しましょう。服飾の話なんて如何(いかが)でしょうか? 私は自分や、周りの人着飾るのが好きで、ヴァイス殿下とレイナ様が着ている服は見たことがないものなので、とても気になっているのです」


 その話題には、女性陣は目を輝かせて食いついた。

 男性陣の方は然程ではなかったが、それでも、新しいものであると思えば、大小こそあれ、興味を魅かれはしたようだった。

 俺としても、見せるつもりで着てきたので、満足である。


 その後、幾つかの話題を得て、時間は過ぎていった――。







 澄んだ鐘の音が六回響いた。

 それは時刻を告げる為のもので、六回鳴った今回のものは、六の鐘と呼ばれる、強いて二十四時間に直すのならば、午後四時に当たるものだ。

 午前六時から午後六時まで、二時間ごとに鐘はなり、夜から未明にかけては鐘はならない。しかし、夜の仕事をする者の間では、八の鐘、九の鐘……と夜の間も時間は数えられている。


 さて、この鐘は上級文官が時間を観測して鳴らしている。

 時間の観測の仕方なのだが、この国の王城に、なんと「時計」があるのだ。短針のみであるし、一周で半日ではなく一日が経過するものであるが、間違いなく時計である。

 王都に下水道が整備されているのは、ローラレンス王国のものならば誰もが知るところだが、その水流の源泉である魔道具から湧く水の量は、魔力が切れるまで常に一定である。まだ水が汚れていない最上流に水車を置き、その回転から時間を割り出しているのだ。


「あら、もうこんな時間ですか。時の流れとは早いものです。残念ですが、今日はこれまでのようですね」


 紅茶を一口飲んで、喉を潤したクラウディアが、本当に残念そうにそう言った。

 他の皆も順に、残念です、と口にする。俺もそう言ったが、それは社交辞令半分、本音半分と言った感じだ。楽しいことは楽しいが、疲れないと言えば嘘になる。

 もっと気軽に関わり合いたいものだ。


 帰るときは、身分が高いものが最初に退室するのが望ましいとされる。

 俺とレイナは席を立ち、皆に向かって一言挨拶をする。


「とても楽しい時間だった。別れた道がまた交わりますよう」


「私も楽しかったです。別れた道が一つになりますように」


「ええ、かつての友のように」


 誰が始めたのか、別れの挨拶だけは比喩表現だ。表現の揺れは許され、定型は無い。

 出典は『王国神話』で、勇者のパーティーが散開し、何度も集まることに由来している。書いてある通りなら、彼らは直ぐにバラバラに行動を取り、しかし重要な場面では一緒に居たとか。


 かつての友というのは、勿論勇者パーティーのことで、返礼の定型句だ。別にこれ以外でも問題はないのだが、使い心地が良いので愛用する者も多い。

 その返礼を受け、俺とレイナは退室する。後ろから護衛と女官の合計六人もついてくる。


 玄関扉の前には既に馬車が待っていて、それに乗り込む。

 乗り込んだらもうこちらの領域なので、落ち着いて溜め息を一つ吐く。

 慣れない人が多いと言うのは、楽しいけれど疲れるものだ。


「お話は楽しいですし、お茶やお菓子は美味しいですし、情報も手に入ります。お茶会は良いものですね、ヴァイス様」


 レイナの方は俺よりも貴族的なのか、楽しそうに笑って、そう感想を残した。

 いや、俺が根っこの部分で庶民だからそう思うだけかな。

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