貴族のお茶会 3
次に話題にされたのは、お茶会の参加者本人ではなく、その後ろに立つ人物であった。
従四位侯爵家第二子ミハイル・テオバルト・フォン・シュヴァルツシルト。愛妻家として知られる、王国でも屈指の剣士である。
彼の異母妹は、興味半分心配半分といった様子で、本人もいるのに関わらず切り出した。
「私の兄は、殿下たちの護衛という、非常に名誉な身分を賜っています。しかし、偶に実家に帰って来ても、自分の妻の自慢しかして下さらないのです。職場ではどのような様子なのでしょうか?」
俺にとってそれは答えやすい質問だった。
職場の彼は、有能の一言に尽きるのだから。
「非常に頼りになる護衛で、尊敬できる剣術指南役だ」
自由に喋れる時間は別として、余計なことは言わないで仕事に従事するし、剣の強さは本物だ。
コミュニケーション能力は高く、多くの弟子を持ち、卓上戦場共に連携能力は良好。
改めて並べると、ファンタジー作品に出てくる、勇者みたいなスペックの持ち主だと思う。この国で「勇者」というと、初代王のことを指すので、言葉には出来ないけれども。伝聞通りなら、今のミハイルよりも何倍も何十倍も強いだろうし。
ミハイルの王城での様子を聞いた異母弟妹達は、ほっとしたように笑顔になった。
自分の親兄弟に対して、アリアの可愛さやら健気さやらを力説する、ミハイルの姿が容易に想像できる。気持ちは分からなくないが、家族が知りたいことはその情報ではないだろうな。
後ろから布ずれと金属の音が聞こえ、護衛の誰かが大きく身じろいだことが分かったのだが、誰かは問うまでもないだろう。
「レギンレイヴはいいのか? こういっては何だが、殿下に直接聞ける機会はそうないぞ」
「叔父は優秀ですから、大丈夫です。強いて言うならば、早く結婚するべきと思うくらいですね」
別の護衛が身じろいだのが分かるが、今回も誰かは明白だ。
年下の身内が無邪気に会話することは、護衛達にとっては非常に居心地が悪そうであった。
俺の立場からは、替えの効かない仕事なのだから、頑張ってほしいとしか言えない。
特にウォルフガングは、結婚の話題で姪に突き上げられた上に、言った本人は婚約者と楽しそうに話しているのだから、如何ともし難いものがあるだろう。
かといって皆で話す場所で婚約者とばかり話すのもTPOに反するのであって、どことなく羨ましそうな表情をしたヒルデガルドに、ジークハルト達は遠回しに注意される。
「お二人は仲がよろしいのですね」
二人はハッといて話を切り上げ、ありがとうございます、と礼を述べる。
雰囲気が可笑しくなる前に、主催者でもあるクラウディアが言葉を拾い上げ、話題を紡ぎあげる。
「仲が良い、といえば、ヴァイス殿下とレイナ様、それに、ジークハルトとレギンレイヴは、それぞれ生まれた時からの婚約者なのですよね。失礼かもしれませんが、相手はどのような存在なのか、教えていただけませんか? 私にはそのような相手はいないので、せめて知識として、知ってみたいのです」
藪蛇な話題かとも思ったが、そういうアプローチならば興味があるようで、ヒルデガルドも気持ち身を乗り出した。
しかし、どのような相手か。改めて言葉にすると中々に恥ずかしい。ジークハルト達もそれは同じようで、顔を赤くして「えー、あー、それはですね……」と曖昧な言葉をループさせている。
俺が言葉を探していると、レイナだけはサラリと言葉に出した。
「とても大切な人です。本当は幼い時のように、同じ部屋で眠りたいのです」
捻った言葉ではなかったが、自分も同じだと思えた。
そうだ、捻る必要はないんだ。思った通りに言えばいい。
思い出すのは、幼いころの自分に対する誓い。
「――絶対に手放したくないもの。何があっても護ると、そう決めた」
その言葉に一番驚いたのはレイナであったようで、しかし、直ぐに今日一番の笑顔を見せた。
「護られるだけじゃないですからね?」
背中は守ると、足元は支えると、色々と副音声で聞こえてきた。
本当に出来た少女で、俺なんかの婚約者には勿体無いとすら思ってしまう。もっとも、本当に勿体無いと言う奴がいたとして、譲るつもりなどナノ単位ですら存在し得ない。
思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、場所が場所なので我慢する。
そんな俺たちのお互いの評価を聞いて、俺たちが表面上はサラリと言ったこともあって、レギンレイヴを除く女性陣は羨ましそうに悶える。
ニコラウスは悶えこそしないものの、羨ましそうな表情を浮かべる。
ジークハルトとレギンレイヴは、顔を赤らめて、自分たちもそうだと主張するが、後出しになったことで恥ずかしさが倍増したらしい。両手で顔を抑えて震えている。
「支え合える関係、羨ましいです!」とヴァルトラウデ。
「対等に背中を預けられる相手は欲しいですよね~」とヒルデガルド。
「護るものがあると強くなれる。兄の言葉ですが、強くなりたいと思えるのですね」とブリュンヒルデ。
「愛してくれる人がいるのは、幸せなのでしょうね。お父様やお母様は意味が違いますから」とクラウディア。
女性陣の盛り上がり方は、出来の良い恋愛小説を読んだ時のアリアに似ていた。
貴族という身分もあって、自分の意思では簡単に成し遂げられない欲求を妄想で満たし、それを楽しそうに語っている。
こうなると止まらないと悟った、男性陣とレイナとレギンレイヴは、苦笑いを交わし、紅茶とお菓子を楽しむことにした。
鮮やかな色をした紅茶は、ヴァルトラウデが先に語った通りの味と香りだ。よくもあそこまで的確な形容が出来るものだと思う。
クッキーの方は、サクサクとした耳に心地よい食感で、砂糖の甘みとバターの豊かな風味が口の中に広がる。
数分の間、黙っているのが苦痛になりえない、良いものであると断言出来た
特に甘いものが好きなレイナは、黙々とクッキーを口に運び、その度に幸せそうな笑みを浮かべる。
レイナ以外も口角が上がっているが、感情を一番表に出しているのは彼女なのである。貴族らしくないと言えばそうかもしれないが、取り繕うことが出来ないわけではないし、こちらの方が印象が良いと分かってやっていることでもあった。
親睦を深めることが目的のお茶会では、素直でいるのが一番なのだ。もっとも、四英雄家は他の貴族と違い、表に出せるものは出してしまうことも多いが。
ゆっくりとお茶を嗜んで、一番飲むのが早かった俺が、クラウディアに声をかけたことで、女性陣はこちらの世界に戻ってきた。勿論、一人で妄想をしていたわけではなく、楽しそうに会話をしていたのだが、こちらにはついていけなかったのだ。
よりにもよって俺やレイナを前に暴走していた自覚を得た彼女たちは、申し訳なさそうに謝罪をしてきたので、快くそれを受け入れた。拒否するほどのことではない。
とはいえ、流石に恋愛関係の話題は、今回はこれで打ち止めになった。
賢明な判断であると思う。
次に話題になったのは、身内の自慢できる人物のことで、先ずは各家の当主が、それぞれ大臣職や軍の要職についていることが分かった。
それに加えて、ハインツ兄様の世話係の女官が、ゼーネフェルダー家とヴォーヴェライト家から出ていることが分かった。
シュヴァルツシルト家とレーヴェンガルド家からは俺の護衛が出ていることから、キルヒアイゼン家は若干のコンプレックスであるという。
「でも最近は、本家ではありませんが、うちの血が濃い者が殿下の教育者になりましたから」
そう言ったヴィルフリートは、フォクト少佐の名を挙げた。
髪の色からなんとなく関係がある気はしていたが、彼にはキルヒアイゼン家の血が流れているらしい。なんでも、彼の父親が元々キルヒアイゼン家の者で、婿入りという形でフォクト家に入り、当主となったらしい。
フォクト家は中級貴族であったが、当主になれるのならば、嫡男以外にとっては魅力的なことであったのだ。
そんなフォクト少佐が俺の馬術の教師になったことで、キルヒアイゼン家のコンプレックスは多少解消された。といっても、まだまだ他の四家は本家から出したということで、どうにも劣等感が拭えないのだとか。
個人なら兎も角、家ごと有利になることはないのだが、それでも王爵家に対する旧来からの忠誠心の問題らしい。キルヒアイゼン家の二人に限らず、侯爵家の者たちが皆頷いた。
成る程、王都五大侯爵家が信用出来るというのは、こういうことなのだと納得できた。
「炎血憲兵長といえば、最近、憲兵の仕事が多いそうですね。兵士たちに言わせると、『そういう時期』らしいのですが、それで良いのでしょうか?」
不意にブリュンヒルデが挙げた話題は、少しばかり不穏であった。
実際に「そういう時期」ではあるし、確率で言えば、杞憂の可能性の方が高いのであるが。