貴族のお茶会 2
全員が名乗り終わったら、お茶会はスムーズに始まった。
先ず主催者であるクラウディアが、毒が入っていないことと、美味しいことを示すために、お茶とお菓子に一口ずつ手を付ける。
下町に繰り出して、買い食い立ち食いしている身としては、何とも馬鹿らしくも思うのだが、こういうのは形式が大事であり、何よりも下町の不特定多数へ向けた商品よりも、貴族が特定個人に出すものの方が怖いらしい。勿論、王爵家の者を相手に、王都五大侯爵家の者がそんなことをするとは思えないし、そもそも犯人が特定される場で毒殺するのは下策中の下策なので、今回は本当に形式でしかない。
毒が混入している可能性がある場では、主人の前に誰かが毒味を行うし、食器も持ち込んだ魔力銀製のものを使用する。
地球の中世の貴族は、毒を調べるために銀製の食器を使ったそうだが、ミスリルはその何倍も精度が高く、反応する毒物の種類も多いのだ。
毒味を終えたクラウディアが、お茶とお菓子を進めると、身分の順にお菓子を自分の皿へと取り分ける。取り分けると言っても、今日のお菓子はクッキーなので、適当な数を自分の侍女に取ってもらうだけだ。
素手という訳にもいかず、トングのようなものはないので、二本のカトラリーを使って取らなければならないので、中々に難しそうだと思う。
俺はそう思ったのだが、カリンもフランツィスカもそれを手早く流麗にこなした。俺の皿には五枚ほど、甘味が好きなレイナの皿にはその倍ほどのクッキーがある。
「私も上級貴族という自負はありますが、流石に四英雄家は、侍女の練度から違うのですね」
驚いたように、そんなことを言ったのは紺髪の少年、ニコラウスだった。
確かに今クッキーを取り分けているヴィルフリートの侍女に、カリン達ほどの洗練された動作は見られない。
俺は「ええ」とか「まあ」とか曖昧な返事を置いておき、次のジークハルトの侍女も見てみるが、これもヴィルフリートの侍女と同じであった。ニコラウスの言葉に棘がなかったことも含めて考えると、あちらが標準なのだろう。
「カリン達は、侍女ではなく女官だけどな。そう言ってもらえると嬉しい」
貴族女性でも指折りのエリート、国家公務員なのだから、上級貴族とはいえ一家で雇える者とはレベルが違うということだ。
それを考えるとフランツィスカは元々プレヴィン家の侍女、というか今もカリンの侍女として、プレヴィン家との契約も切れていないそうなので、相当な掘り出し者ともいえるわけだ。そういった者を雇えるあたりは、法衣貴族に対して封地貴族の強いところだろう。
カリン達が女官と知ると、主人も侍女も関係なく、女性たちの彼女たちを見る目が変わった。
俺たちのやや上に対して、尊敬の籠った熱い視線を送っている。貴族の女性が望む最高の地位というのは、実家より上の貴族の当主の正妻か、さもなければ一等女官なのだ。
フランツィスカは三等女官だが、それでも侯爵家の侍女より格上になる。
女官というのは、やはり憧れの存在らしかった。
俄かの間、女官の話題で女子たちは盛り上がった。これが女性だけのお茶会であればもう少しその話題が続いたかもしれないが、男子たちが然程興味を示さなかったので、次の話題に移っていった。
実はレイナも興味を示さなかったが、クッキーを食べて、その美味しさにニコニコと微笑んでいたので、俺以外は誰も気が付かなかったようだ。笑顔って凄いと思った。
「この紅茶は飲みやすいですね」
「そうですね、私はとても好きです。一体、どこの茶葉を使っているのでしょうか?」
話題は無難なもので、こういったお茶会ならまずあると言われる、紅茶についての話題だった。
ジークハルトが賞賛し、それに同調するように婚約者のレギンレイヴが質問を投げる。
定番の話題であるから、クラウディアの方も当然答えを用意していたようで、優しい笑みを浮かべて答える。
「王都から見て西方にある、エーレン地方の茶葉を使っておりますわ」
エーレン地方は確かに茶葉の名産地だ。
そこで取れたものは良質な茶葉で、美味しい紅茶になるし、俺が密かに作らせている緑茶や烏龍茶も、その地域のものを使用している。
このお茶会でも過半数のものは、ほう、と納得の声を漏らしているが、しっかり地理を学んだ俺は疑問を抱いてしまった。
「一言でエーレン地方というが、それは具体的に何処なのだ?」
「何処、ですか?」
クラウディアはわかっていないようであった。首を傾けて、不思議そうな顔をする。
俺の言い方も悪かったと思うので、言い直そうとすると、その前にレイナが笑顔で補足を加えた。
「エーレン地方は茶葉の産地として有名ですが、これは『エーレンベルク辺境伯領』『エーレンフェスト辺境伯領』『エーレンタール辺境伯領』と三人の辺境伯が治める地域の総称なのです。お茶の風味も微妙に違うそうですよ」
ちなみに、三人の辺境伯の先祖が三兄弟で、それぞれ名誉ある貢献をしたために、同じ単語を含む苗字を各々貰ったらしい。一言でエーレン地方と纏められてしまいがちなのは、彼らは皆お茶を作っていたのを活かし、他の地域に売るときに「名誉の茶」と総称して、一種のブランド化を図ったためである。
そんなわけで、栽培地域による茶葉の性質の差があれど、紅茶にとってはエーレン地方のお茶で一括りで間違いないのである。
国の細かい地理については、女性であるクラウディアの必修項目ではないから、恥ずべきところではない。
レイナが詳しく知っているのは、半ば独学のようなものだ。俺が独学しているのを、一緒に学ぼうと覗き込んできただけともいう。大公爵家の娘だからその後でも学べたのだけれど、俺と一緒に先に覚えてしまったのだ。
クラウディアが侍女に確認の耳打ちを受けている時である、末席に座るヴァルトラウデが、ふと柔らかい笑みを浮かべながら、目元は真剣そうにして言った。
「スッキリとした味わいで、どのような食材にもあう。かといって味気ないわけでもなく、鼻腔に抜けていく、豊かな紅茶の香り……。これは、エーレンベルク辺境伯領の北部、シェーアのものではないですか?」
澄んだ黒い瞳に浮かぶのは、自信と確信。
何に裏付けられたものかは分からないが、クラウディアの表情も見るに、それは正解であるようだった。
そうです、と短い肯定を返すクラウディアに、ヴィルフリートが肩を竦めつつも、口元は誇らしそうに歪めて言う。
「年の近い姪は、幼いころから、こと紅茶に関しては味覚が鋭敏なのです。おかげで私も相当に鍛えられましたが、まだまだ及ばず、また、幼いころは私だけ茶の味が分からずに困らされたものです。……ともあれ流石、シェーアの茶葉とは良いものですね」
「叔父様」
「叔父様は止めてくれ、私はまだ未成年だぞ!」
ヴァルトラウデに睨まれて、ヴィルフリートが悲鳴を上げるのを見て、可笑しくなって一同笑った。
流石に教育の行き届いた貴族の子弟だけあって、下品な笑い方をする者は一人としていなかったが、子供らしい無邪気さを捨てきれてもいない感じである。
笑いの基であるヴィルフリートも同じく笑っているが、流石に可笑しくて笑っているわけではなさそうで、かといって雰囲気に苦笑いしているわけでもなさそうだった。どちらかというと、達成感のようなもので口角を上げているようだった。
正面にいる相手なので、観察していると流石に目が合った。
ヴィルフリートは笑みを深くすると、何やら口を動かして、最後にウインクを飛ばした。読唇術の使えない俺は、曖昧に笑みを浮かべることで返答とした。
場の空気は緩み、初めて会う相手もいる中での、緊張した雰囲気は霧散した。
その始まりはキルヒアイゼン家の身内同士のことであったので、話題も自然とそちらの方へシフトしていった。つまり、お茶やお菓子といった他愛のない話題から、それぞれの身内の話題といった少し切り込んだ話題になったのだ。
俺はそれを理解して、心の中でヴィルフリートを賞賛する。
正面を向くとまた目が合ったので、拳を左胸に添えると、彼も同じように拳を添えた。