お茶会の招待状
「「お茶会?」ですか?」
授業がなかったので、レイナと共にゆっくりとしていた某日の朝、カリンが一枚の招待状を見せながらそう言ってきたので、言葉を繰り返して問いかける。レイナと言葉が被った。
するとカリンは首肯を返してきたので、詳しく聞くことにした。
後ろの方でフランツィスカが、一枚の招待状をこっそりと、カリンに渡した。多分、レイナにも同じものが来ていたのだろう。
カリンは二枚の招待状を示して、説明を始めた。
「貴族の女性が行う、基本的な社交としてのお茶会です。男性は働くようになるとしなくなるのですが、未成年は例外ですね。お茶会等を開かないと、他家と関わりを持つことが出来ませんから」
どうやら、俺がイメージする「貴族のお茶会」の認識で問題ないらしい。
基本的には女性のものというのも同じだ。
男性は働くようになると、職場で繋がりを作ることが出来る。しかし、貴族の女性は、女官になれるようなエリートを除くと、繋がりを作れるような職場はないのだそうだ。
上級貴族の侍女という職業もあるが、それはあくまでも「誰かの側仕え」という認識になってしまい、繋がりを作ることを目的にするのは難しいらしい。
そして、自分が自分として、主役として立つことが出来る方法が、お茶会ということになる。
本当は舞踏会でも開くのが理想らしいのだが、そう言ったことは本当に大人数が集まる、国務行事の際を除くと、本気の時しか出来ないのだ。
ローラレンス王国は上層部がなんだかんだで真面なので、某時代のフランス貴族のような、毎日夜会ということは決行されない。
するとやはり、女性や未成年の交流は、個人規模で行われるお茶会がメインなのだ。
今までなかったお茶会の招待状が来たのは、俺やレイナが十歳になったからであるらしい。
十歳になってから一ヶ月ほど経ったのだが、今まで来なかったのは、一種の配慮であるらしい。
というのも、十歳の誕生日を区切りにする貴族も多いので、やるべきことが増えるということもある。それに不慣れな状態で招待するのは負担だろうということで、十歳と一ヶ月になるまではお茶会の招待をしないのが、マナーなのである。
とりあえず、俺やレイナがお茶会に呼ばれる年齢になったことと、カリンやアリアやフランツィスカが、非常に優秀であることはわかった。特にフランツィスカなんて三等女官とはいえ、下級貴族だからな。
「お茶会の概要は分かった。それで、それは見せたってことは、行っても良いんだよな?」
「もちろんです。招待状の差出人でもある、今回の主催は、ゼーネフェルダー侯爵家の第二女、クラウディア・ヴェラ・フォン・ゼーネフェルダー。それ以外の参加者も、ヴォーヴェライト、キルヒアイゼン、シュヴァルツシルト、レーヴェンガルド、と王都五大侯爵家の者です。
特に王爵家に対する忠義の厚い家の者達ですし、野心がないとは言いませんが、それ以上にヴァイス殿下やレイナお嬢様に会いたいというところが強いでしょう。当然ながら侯爵家と身分も高いので、貴族たちの先鋒という意味もあるでしょうね。
行ってもいい、ではなく、行ってください。殿下、お嬢様」
「わかった」
「わかりました」
四英雄家を除けば、貴族のトップである侯爵家の誘いを、最初から断ってしまえば、当然ながら他の貴族も、誘うことが出来なくなってしまう。
ちなみに、第三位公爵家は、現在存在しない。公爵というのは、一般的に王の家系だ。過去にはいたこともあったようだが、年金も膨大な爵位の為、王爵家当主と並行して建てたい程に有能な者でない限りは、飼い殺されるか、どこかの婿か養子になるのだ。
兎に角、侯爵家令嬢の誘いは蹴れないということだ。
しかし、王爵家は派閥に関係のないニュートラルな立場であることが救いだが、それでも貴族の茶会というのは少々面倒そうだと俺は思ってしまう。
対照的にレイナは、お茶会にはお菓子が出るということで、何とも嬉しそうに笑っている。侯爵家ともなれば見栄もあるだろうし、俺たちに良い印象を持たれたいだろうから、美味しいものを用意している可能性も高い。そう考えると、少し楽しみだ。
礼儀作法に関しては、五歳のころから習っているので問題ないであろう。
誰に何を話すとかに関しては、未成年である俺達に話せることは何もないし、好きな話題に乗ったり、提示したりすれば良いらしい。
誰と仲良くなるべきかに関しては、全員が忠義に厚い侯爵家なので、同じくらい仲良くなれということだ。
しかし、何かに協力したりするように言われても、すぐに快諾してはいけないらしい。
俺は中身の年齢は合計三十歳なのだが、社会に出たことの無い青二才で、転生後は温室培養されたので、貴族って難しいと思った。
それでも、よく考えれば大丈夫だろう。この国は、貴族的な言い回しをすることなく、ストレートな言葉で話すからな。貴族言葉があればヤバかったかもしれないが。
「楽しみですね、ヴァイス様」
「ああ、そうだな」
それでも、レイナが楽しそうにしているので、それでいいと思う。
カリンが最終確認とばかりに礼儀作法の授業を詰め込んできたが、少しばかり緊張していた俺に彼女が言った言葉が、「いつもの殿下なら問題ないですよ」だ。
言った人が言った人なので、信用して良いだろう。
思い出してみれば、剣術、馬術、礼儀作法といった、授業を除けば、俺はやりたいことしかやっていない。身分を理由にフリーダムに生きてきたわけだが、どうやらこれで正解らしい。
やるべきことはやっている。
自由な時間にはやりたいことをやり、国や家に損失を出さない。
それでいいらしい。
前者は当然の義務の遂行だ。
後者は、皆がバラバラのことをやる方が、色々なことが発展するからであるらしい。国や家に損失が出ることはご法度だが、そうでなければどんなことでも推奨されるのだ。
他の家の利益になることであっても、俺がやりたいと思えることも提示出来た時点で、俺がその者に協力しても問題ないのだ。
普通は初めて何かをする子供に対しては、注意をするものではないかと問いかけたら、カリンは微妙な表情をした後に答えてくれた。どういう意味の表情なのか気になるのだが。
「今までの功績ですね。魔術然り、馬車の改良案然り」
馬車の揺れを軽減するサスペンションは、試験段階だが成功したらしい。
試験段階だから俺の耳には入っていないらしいのだが、何故カリンは知っているのだろうか。
「女性の秘密を知ろうとするのは良くありませんよ、殿下」
わざとらしく艶やかな笑顔が、少し怖かった。
美人がやるものだから、ゾッとする。
独自の情報網があるってことだね、一等女官になれる辺境伯令嬢は格が違うな。
そんなこんなで、礼儀作法やお茶会のマナーの最終確認をして、すぐにお茶会の日となった。
招待状を受け取って、五日後のことだ。