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レイナの誕生日 2

 この国の首都たる王都――ローラレンス王爵領都ローラレンスは俺たちのホームだ。

 生まれ育った、非常に慣れ親しんだ土地である。


 昨日は俺の誕生日で、今日はレイナの誕生日だが、だからといってこの街が特別変わることはない。何日か前はおろか、初めて外出した七年前と比べても、大差ないのではないだろうか。

 作り始めから完成まで、全て計画して作られた、王城を中心とした、規則正しい放射状の道は、手を加える必要などないのだ。

 文明のレベルも産業革命前のこの世界では、百年単位でしか動かない。転換点があれば、別だが。


 巨大な建物の並ぶ上級貴族街を抜け、美しい景観の下級貴族街の下まで下る。

 商人街。――相も変わらず、王都の中でもっとも活気がある地域だ。


 レイナに対するプレゼントは前々から計画していて、いつも通りカールに頼んである。彼は優秀な商人だ。たまにジョークが通じない時があるが。

 しかし、いきなりプレゼントだけを渡すのも味気ないので、計画などは無いがデートを楽しむことにした。

 この世界での定番中の定番、露店でのウィンドウショッピングだ。


 実際には護衛がいるけれど、身分が身分なので、そのあたりは諦める。彼らは空気に徹してくれる。

 露天は相変わらず、定番の物から、どうやって儲けを出しているのか分からない店まで、非常に多種多様だ。たまに視界の端で、カリンがよく分からないものを購入しているが、それはそれだ。

 食べたばかりでお腹いっぱいなので、主にアクセサリーや置物など、雑貨類を見て回る。


「これ、可愛いですよ、ヴァイス様」


 レイナが気に入ったように眺め出したのは、商人街の中でも貴族街に近い位置にある露店で、露店の中では高いものや、質の良いものを扱う店が多くあるところだった。

 彼女が特に見ているのは、ぬいぐるみだ。

 といってもデフォルメされたものではなく、非常に精巧に作られていて、一瞬、剝製と見間違えたほどだ。


 動物は、リスに近いだろうか。

 細かいところが記憶にあるリスとは違うが、翻訳の上ではリスで良いだろう。そんな生物が、クルミのような木の実を両手で持っているデザインだ。

 確かに可愛い。

 しかし、レイナは動物が好きだな。


「可愛いな。それに、良く出来ている」


「気に入ったかい? 銀貨五枚と少し高いが、それだけの価値はあると思うぞ」


 露天商の若い男がそう言うと、レイナは少し迷ったように考え出す。

 彼女は俺ほどではないが、大金をお小遣いとして貰っているのだが、それでも平常な金銭感覚もあるようで、銀貨程度で迷うことがある。

 この反応は、欲しいけれど買ってよいか迷っているときだ。


「価値はあると思う。買おう」


 俺はそう言って、銀貨を五枚差し出した。


「まいど」


 男は五枚程度ならば確認する必要もないと、受け取ったら眺めるだけで数えて、それを懐にしまう。

 そして、俺に対してリスのぬいぐるみを差し出した。

 そのぬいぐるみを受け取ると、すぐにレイナに手渡した。彼女は遠慮することなく、素直に嬉しそうにそれを受け取った。


「ヴァイス様、ありがとうございます!」


「どういたしまして」


 追加の誕生日プレゼントだ。

 仮に彼女がすぐに買おうとしたとしても、割り込んでプレゼントにしただろう。


 レイナは優しさが空回りして、高いものを買うのを遠慮することがあるが、むしろ逆の方が良いと俺は思っている。

 金は天下の回り物というように、経済的に考えると、通貨は循環している方が良いだろう。むしろ貴族が無意味にため込むことによって、回るべきところに金が回らなくなるのは防ぐべきである。


 この露天商の男も、この位置で露店を出すということは、貴族や大商人相手に売るつもりであったのだろう。

 ならば、俺たちは、気に入ったならば買ってあげるべきだ。

 生活必需品は放っておいても問題なく売れるが、こういった文化・芸術的な()()()()は、金のある奴が買ってあげなければ発展しないのだから。


 文化は発展するべきだ。

 娯楽が増えれば、人々の心も豊かになり、きっと良い結果を生むはずだ。

 まだ働いてない俺が言うのも少し、おかしいかもしれないけれど、理論的には間違っていないはずだ。


 その後も、ぬいぐるみを胸に抱いたレイナと共に、もう少しだけ露店を冷やかした。

 他には特別欲しいと思うものもお互いになかったので、最初の予定通り、ケスラー商会王都店に行くことにした。


「殿下、レイナ様、ようこそいらっしゃいました」


 入店早々、店長であるカールが待っていて、人のよさそうな商人スマイルを浮かべる。

 商人らしいしたたかさを隠していないのに、表情にいやらしさがないのが彼の凄いところだ。


「ありがとう。カール殿、頼んでおいたものは?」


「確かに用意してあります。こちらに」


 店の奥に入り、彼は一つの箱を取り出した。

 俺はそれを受け取る。金は彼を信用して先払いしてあるので、今渡す必要はない。


 箱の中に入っているのは、端的にいえばバレッタだ。

 食べ物は食事の時に出したし、玩具の類は既に十分以上買ったり作ったりしている。大人ではないから、仕事道具のようなものもない。

 色々と考えた結果が、装飾品だ。


 当然つけて使うこともできるし、そうでなければ飾ることもできる程度に綺麗なものだ。

 そして、どうしても気に入らなければ、売れば金になるのだ。市場で見かけたら泣くけどな。レイナならそんなことはしないと思うが。


「レイナ、改めて、誕生日おめでとう」


 微笑みながらレイナにそれを渡すと、彼女は嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。開けてもいいですか?」


「もちろん」


 バレッタは、金で出来た、花をデザインしたものだ。

 金で出来たというのは素材のこともあるが、創世神話の中に出てくる、「ルドラ・クライサス」という花を模したものだ。強いて漢字にするならば、「金桜花」だろうか。


 ――幸福を(もたら)したるその樹木に咲く、黄金の星の如き美しい花は、僅かの間全てを祝福した――


 そんな風に描写される花だ。

 実際に幸福が訪れたのか、美しさをそう形容したのかは分からないが、どちらもレイナにプレゼントするには申し分ない逸話だ。

 悪いエピソードもなく、一場面のみの登場で、ポジティブに描かれている。


「綺麗……!」


 レイナは驚きと嬉しさが混じった表情で、


「ありがとうございます、ヴァイス様!」


 先程よりも強くお礼を言ってきた。

 俺は、どういたしまして、と返しつつも、喜んでもらえた幸福感に包まれていた。

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