レイナの誕生日 1
俺の誕生日の翌日。
それが、レイナの誕生日である。
たった一日だけの差だからこそ、俺が生まれた時にマリアは母乳が出たのであって、俺の乳母になりえたのである。
そうして乳兄妹となり、同時に婚約者となり、今のような関係に至れているのだから、運命的であるとしか言いようがない。
大貴族の令嬢故に生活に余裕があったことも理由であろうが、あそこまで可愛くて優しい子は中々いない。多分、天性のものであろう。
もしもこの世界に明確に「神」と呼べる、全ての運命を司るような存在がいるならば、俺は深く感謝を捧げざることを辞さないだろう。
転生しただけで充分に幸運なことなのに、王族として裕福な生活を送り、素晴らしい婚約者まで保証されたのだから。
まあ、絶対に宗教には入らないけれどね。アレは神ではなく、人が作ったものだし。
閑話休題。
改めて言うが、今日はレイナの誕生日だ。
そして、俺は今日一日何の予定も入れていない。前々から入れないようにしてもらっていた。
この世界では三歳と十五歳以外には、あくまでも家単位の風習でしか誕生日祝いをしないのだが、個人的にしてはならないという決まりも道理もない。
俺は、元現代日本人としては、毎年の誕生日の特別感を知っている。確かに貴族ともなれば、食事くらいはグレードアップするのだが、それでもプレゼントの喜びはまた別格であろう。
だから俺は、レイナの笑顔を見たい一心で、プレゼントを選んでおいた。
自分で働いて得た金ではないところは遺憾であるが、こればっかりは年齢的に致し方無い。俺が選んだという事実で補うことにする。
また、レイナは甘いものが好きなので、昼食の時にデザートを持って大侯爵邸に乗り込むことにした。
自分の両親と、大公爵は相変わらず領地なので、王都にいるマリアにあらかじめ許可を貰ってのことである。
大公爵邸は「邸」とはいっても、その実際のサイズは「砦」と表現しても良いものであろう。
如何せん、すぐ隣にある王城が地上だけで十二階建てという、超巨大な建築物であるため、比較して小さく見えてしまうが、全然そんなことはない。
地上四階と地下一階の、個人の別荘とするには大きすぎる家だ。王城は政を行う場所と居住スペースを合わせてあのサイズであるから、ある意味、こっちの方が大きいくらいかもしれない。
その中の食堂は、王城の食堂に慣れてしまったため狭く感じるが、一般的に見たら広すぎるほどの大きさがある。
そこでレイナと楽しく話しながら食事を取り、そんな俺たちの様子をマリアが楽しそうに眺めていた。
メインディッシュを食べ終わって、レイナが嬉しそうにしながら、不思議そうに言った。
「そういえば、ヴァイス様が私の家に来るなんて珍しいですよね?」
「そうだけど、今日はレイナの誕生日だろう? だから、お祝いしようと思って」
ここだとばかりに切り出すと、レイナは口元を抑えて目を丸くした後、笑みを深めて、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「お礼は嬉しいけど、頭は下げないで。レイナの為なのだから」
少しばかりキザにレイナにそう言って、フランツィスカに頼んで、デザートを持ってきてもらう。
その間に、頼んでもいないのにカリンが紅茶を淹れて、大公爵家の侍女が少し困っていた。有能すぎるって。しかも勝手に大公爵邸の物を勝手に使ったのではなく、そのポットは私物じゃないか。
デザートの入ったカップは、マリア、レイナ、俺に加えて、いつもの通り、女官や護衛達の分もある。流石に、この家の使用人の分まで用意していたら、キリが無くなってしまうので、ここは国家公務員というところに壁を作らせて頂こう。俺のエゴだ。
デザートと紅茶がそろって、全員が席に着いたのを確認して、レイナに進める。
「王城の料理人に頼んで作ってもらったんだ。甘くて美味しいよ」
レイナは、おそるおそる、カップの中の物体をスプーンですくい上げる。
彩度の低い黄色をした、液体をそのまま固体にしたような印象を持てる滑らかなそれを、口に入れる。
そして、数秒後、幸せそうな声を出した。
「ん~! 美味しいです! 何ですかコレ?」
「プリンっていうんだ。鶏卵と牛乳と砂糖を混ぜて、蒸すとこれが出来るんだよ」
そう、このデザートはプリンだ。
日本ではポピュラーなスイーツとして、スーパーから高級店まで、様々なところで見かけるアレである。
しかし、この世界には存在しなかったのだ。
地球におけるプリンも、出来たのは中世の後半らしい。十七世紀とか、そのあたりだっただろうか。
さて、このプリン、この前ふと、久しぶりに食べたいと思い、料理人に頼んで作らせたのだ。
何故料理人に頼むのかといえば、自分でやると嫌な顔をされるからだ。――彼らの仕事を奪う訳にはいかないのだ。
もっとも、自分でやるよりも上手くいくから、win-winだ。
問題はどちらかというと材料の方で、「鶏卵」「牛乳」「砂糖」の全てが高級品なのだ。
金の方は問題ないのだが、高級品ということは数が少ないということで、実験段階からするとなると中々な数が必要になってくるのである。
「蒸す」というのが中々に面倒で、大量の「ミルクセーキ」と「激甘の卵焼き」が誕生した。
そうして、料理人たちの苦労の末に完成した、至高の一品が「プリン」なのである。
実際にレイナは幸せそうな表情をしているし、マリアもそうだ。
カリンやウォルフガングの鉄仮面気味な表情すらも綻ばせる、最高の一品だ。
俺の表情筋も多分、今は仕事をさぼっているだろう。
「殿下は相変わらずに、色々なものをお考えになるのですね」
マリアがそう言って微笑んでくる。
相変わらずというのは、まだ俺が彼女の乳を貰っていたころから、色々とこの世界にないものを求めたり作ったりしていたからだろう。
皆がインスピレーションをくれるのです、と自分だけの力ではないように言い含めて、返答した。何故かカリンに横目で見られた。
「本当に美味しかったです。ヴァイス様、素敵な誕生日をありがとうございます」
食べ終わったレイナは、そう言って微笑んだ。
でも、これはどちらかというと前座の予定だったのだ。
「美味しかったなら、良かった。じゃあ、レイナ、ちょっとデートに行かないか?」
同じく食べ終わった俺は、そう言って微笑み返した。
本当は護衛同伴なので若干締まらないが。
レイナは驚きつつも、嬉しそうに頷いた。