ユニコーン 2
「マツカゼ」
今付けた名前を呼びながら、己のものとなった黒馬に近づく。
頭が良いのか、人に慣れているのか、或いは両方か、マツカゼは小さくぶるると鳴くと、ゆっくりと俺の方に頭を僅かに下げる。
それでもなお、十歳である俺の身長よりははるかに高いが、手を伸ばせば届くくらいの高さである。
首に触れてみると、手触りの良い毛と、その下に逞しい筋肉があった。
嫌がる様子もないので更に撫でながら、笑いながら声をかける。
「これからよろしくな、マツカゼ」
それが自分を指すものであると、すぐに覚えて貰えるように、積極的に名前を呼ぶ。
動物とのコミュニケーションは純粋に心だ。人間は上っ面だけでもどうにかなる時もあるが、動物は表に出していない感情を直感的に感じ取り、自分を好いてくれる人に懐くのだ。
餌付けに関しては、食料としか思われていないぞ。多分。
そして、俺のマツカゼに対する感情は、好意的と言えるだろう。
そもそも動物は比較的好きだし、目の前の黒馬は逞しくてカッコいい。それに加えて、将来的に相棒になるとすると、否応にもなく親しみがわくというものだ。
それを感じ取ってか、マツカゼも俺の手にすり寄ってくる。
パーフェクトコミュニケーション。
男と男の友情だ。
躾がいいだけとか言うな、怒るぞ。
「あの、ヴァイス様、私も触って良いですか……?」
振り返ると、レイナがキラキラした目でこちらを見ていた。
止める理由もないので許可すると、レイナは俺と同じようにして、マツカゼの首を撫でる。
「うわー……可愛いぃ……!」
彼女は動物が好きだからだろう。本当に嬉しそうに黒馬を撫でて、抱き着きそうな勢いですらあった。
マツカゼの方もそれが分かるからか、先程俺に撫でられた時よりも気持ちよさそうに目を細め、更に頭を低くして、レイナの方に摺り寄せる。横顔を寄せているので、角が刺さる心配はない。
しかし、なんでここまで差が付くのだろうか。
俺にすぐに懐いてくれただけで相当な物なのに、レイナに対しては旧来の友のような印象だ。
この世界の馬は全部ユニコーンだし、前世の伝承みたいに、「心身ともに清らかな乙女に懐く」なんてこともないだろうしな。もしそうならば言われるはずだし。
まあ、多分、マツカゼの頭が良いのと、レイナが俺より動物好きだからだろう。
男の友情はどうしたんだマツカゼ! なんて心の中でふざけつつも、レイナの嬉しそうな様子を見て、ほんわかすることにする。
同時に、この世界の馬について、周りに聞いてみる。
「馬は、人間の言葉を理解出来る程に、頭の良い生き物だよ。また、動物的な直感で、人の感情をくみ取るのが、人間よりも上手い」と、ハインツ兄様。
「乗り手のことを考慮しなければ、良く鍛えられた軍馬ならば、一日走り続けることが出来ます。人間が意図的な身体強化をして出せる速度を、魔力を使わずに長時間出来るのは驚異的です」と、ウォルフガング。
「頭が良くて、体が強い、神話の時代からの人間の相棒です。王国神話ではなく、創世神話の方の」と、ミハイル。
女性陣はあまり馬には詳しくないようだった。
情報をまとめると、まず、この世界の馬は地球の馬よりも、頭がよさそうだ。
この国では、犬すらもペットとして扱われるのだが、馬は相棒とまで言われて、べた褒めだ。
今のマツカゼの頭の良さも、不思議がる人がいないことからも分かる。
次に、この世界の馬は身体能力も異常に高い。
人間が身体強化した速度というのは、個人差こそあれ、時速50km~100kmだ。継続時間は魔力が尽きるまで。つまり、数分。
人間は魔力による身体強化があるので、バケモノのようなスペックでも驚かないが、馬は素でこのスペックだという。冗談抜きで驚異的だ。
そのくらいでなければ生き残れないのかもしれないし、こういった世界で神話からの付き合いというからには、神獣の一種なのかもしれない。ユニコーンだし。
そんな馬の中でも、マツカゼは特に優秀なようだ。
同等の馬を持っているのは、アルトリウスやハインツ兄様を含めて、王都には両手の指に収まる程しかいないという。
そう聞くと、己の相棒がよりカッコよく見えてきた。
「お前、凄いんだな」
褒めると、マツカゼは嬉しそうにぶるると鳴いた。
◆
「さあ、座学の時間よ」
城内に戻ると、何故か俺についてきたアネモネが嬉しそうに言った。
後ろでハインツ兄様が楽しそうに笑っている。
俺とレイナが並んで座り、机を挟んで反対に、ハインツ兄様とアネモネが座る。
カリンが慣れた手つきで紅茶を入れてきて、俺たちに渡した後、机の端の方の椅子に座る。フランツィスカはその隣に座った。
アネモネは紅茶を一口飲んで、語りだす。
「馬――学名、ウィズラ・ユニコーン。
創世神話の頃から人間の友とされてきた、優秀な頭脳と、屈強な肉体を持つ動物。
その賢さや強さから魔物であると考えられたこともあるけれど、魔術を使うことは出来ないから、分類上は『動物』で間違いないわ。
でも、その強さは、動物とカテゴライズされる生き物の中では群を抜いている。
言葉を解すことが出来ないから、仮に魔術を使えたとしても『魔族』ではなく『魔物』になる。
まあ、動物であることは確定だからこれは余談ね。
記録がある限りのことで考えると、馬は『創世記の動物』……つまりは『神獣』である可能性も指摘されているわ。
それは学名の『ウィズラ』……『七つの神』の意味からも分かるわ。
創世神話の最終段以外に記載があって、かつ現代にも確認されている動物は、馬だけなの。
そして、あの賢さと強さ。
神獣と考えられるのも納得いくわよね。
魔物は確かに強力ではあるけれど、動物が生き残るのはそこまで難しくない。
人類以外で魔術を使える生物は、基本的に地脈などの濃い自然魔力があるところでしか発生しないもの。馬のスペックは異常よ」
アネモネはまた一口紅茶を飲んで、言った。
「どうかしら?」
「いや……初めて知ったよ」
「そう……『神童』も大したことないわね!」
挑発的に、しかし、昔と違って柔らかい笑みであった。
それを見て、ハインツ兄様は笑っていた。
レイナだけは、「そんなことないです!」とむくれていた。
俺とアネモネが実力を競うのは、たまにあることなのだが、未だにこれは流せないらしい。
その後は、だらだらと会話をして、しばらくしたら解散となった。
さて、明後日からは乗馬の授業も始まるらしい。頑張ろう。
明日は、レイナの誕生日だから、そっちが優先だ。
一日暇にしてもらった。