ユニコーン 1
十歳の誕生日当日、皆からの「おめでとう」を受けて、照れくさいような、嬉しいような、そんな気持ちで胸がいっぱいになった。
朝食や昼食も少しばかり豪華で、非常に美味しかった。具体的には、いつもはソーセージなどが多いのだが、今日は新鮮な肉を焼いたというのだ。
誕生日プレゼントを渡すような文化はないため、食事以外は言葉しか貰えないが、それでも十分以上というものだ。
もっとも、例外はある。
家によっては、キリの良い年齢の誕生日に、何らかを送るということはある。あくまでも家の風習だ。
ローラレンス王爵家もそれだ。
昼食の時間に、牛肉と思われる肉を味わっているとき、アルトリウスから、後で庭に出てくるように言われた。
十歳だからな、と前置きをされれば期待も高まるというもので、元気よく返事を返した。声変わり初めの若干かすれ気味の声ではあるが、ポジティブな声音は伝わったと思う。
アルトリウスも満足そうに頷いた。
王城の庭には、多くの人たちが集まっていた。
流石に普通の役人や兵士が冷やかしに来ることはないが、大臣クラスの人や親衛隊のような人はいる。後者は仕事だが、前者に関しては単純に暇なのだろう。彼らは基本的に、午前中に仕事を終わらせてしまう。
後は、リリアやハインツ兄様のような家族も当然ながらいた。
俺も多くの人を侍らせている。
例に漏れず遊びに来ていて、一緒に昼食も取った婚約者のレイナに、お付きの女官のカリンとフランツィスカ、護衛のウォルフガングとミハイルだ。最近の、いつものメンバーだ。
強いて言うならば、いつもは妊娠中の妻の近くにいたいと、すぐにアリアのいる自宅へ帰っていくミハイルが、興味があるからと残っているくらいだ。
アルトリウスは俺が来たのを確認すると、待ってろと一声かけて、何人かの従者を連れてはいるものの、自ら馬小屋の方へ歩いて行った。
するとどうやら、俺にもハインツ兄様と同じように、馬をくれるらしい。
いつか己の足となってくれる、相棒だ。
ワクワクを抑えきれずに、しかし無言で待つ。
意外なことに、多くの人がいるのに、喋っている人は一人もいなかった。アルトリウスが自ら行ったことで、どことなく儀式的な雰囲気が流れているのかもしれない。
もっとも、王爵家の伝統であるから、儀式といえば儀式なのだが。
待つこと数分、その馬を見た一同から、感嘆の声が上がった。
勿論、俺も例外ではない。
素人目にもわかる程に、優れた馬だと直感的に理解できた。
身長は2メートル程で、まだ大人の馬というには少し若い。
全身が非常に美しい黒の体毛で覆われていて、鬣と尻尾の先だけがくすんだ金色をしていた。
よく引き締まった脚や胴は、逞しく、頼もしい印象を受ける。
そして、この世界の馬の特徴なのだが、額に一本の角が生えている。
分かりやすく言えばユニコーンで、この国では「一角獣」といえば馬のことを指す。単純に「馬」と呼称することの方が一般的ではあるが。
角は例外こそあるが、金、銀、白の何れかの色であるのが一般的だ。
そして、この馬の角は金色だ。
金角の馬は最も優秀であることが多いとされ、貴族の当主や軍の上層部は、好んでこれに乗る。
総合的に考えると、これは家が一軒買えるほどの、名馬であるだろう。
アルトリウスは反応に満足したように頷くと、俺の正面に来て笑顔とドヤ顔が混じった表情で、あくまでも父親としての口調で言う。
「どうだ、ヴァイス。
ハインツの時と同じだから、予想は出来ていたかもしれないが、良い馬だろう? コイツは」
「はい、とても。素人目にもわかる程に」
「うむ。そして、コイツは今日からお前の馬だ。責任を持って世話をしろ。先ずは名前を付けてやれ」
俺は肯いて、暫し考える。
折角ならば強そうな名前を付けてやりたいが、俺が確実に知っている馬など赤兎馬くらいのものだ。しかし、朱くないのにセキトバは流石に可笑しい。
なんちゃらブラックは競馬場の馬だから、こういう馬に付けるような名前ではないし。
もういっそ、簡単でもいいかもしれない。
単純に「黒」でも、ドイツ語にすれば「シュヴァルツ」だ。カッコいい。
でも、何となく味気ないよな。
周りの視線を集めながら更に考えること数分。
俺は、一匹の馬の名前を絞り出すことに成功した。
「松風……マツカゼにします」
名前だけを絞り出せた。それが誰の馬であったかとかは覚えていないが、後世に名が残るくらいには凄い馬であったのだろう。
故に体毛の色も分からないが、赤兎馬みたいに色が入っている名前でもないので、大丈夫だろう。
「珍しい名前だが、いいんじゃないか。では、マツカゼは今日からお前の馬だ」
「はい。ありがとうございます!」
付けてはいけない名前は特にないので、すぐに許可された。
マツカゼと名付けた黒馬は、この瞬間、正式に俺のものになった。
十歳の誕生日プレゼントだ。




