何故に貴族は剣を持つ
第三章開幕です。
武闘大会から二年と少しの時が過ぎた。
俺こと、従一位王爵家第二子ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスは、十歳の誕生日を目前に控えていた。
十歳だ。
平成の日本では、二分の一成人などというものが流行したりもしたが、ローラレンス王国の成人は十五歳なので、特に半分ということはない。
それでもやはり、十進法を基準とすることが多いので、一つの区切りではある。
例えば、ハインツ兄様は十歳の誕生日に、馬を貰っていた。
彼のイメージにピッタリ合うような、美しくも逞しい一匹の白馬だ。白馬の王子様の完成だ。
最低限の世話は王城の使用人がしてくれるが、それでも馬は自ら手入れをしないと懐いてくれない。自分で世話をすることもできるだろうという、成長を認めてくれた証でもあるのだ。
彼は長男で、俺は次男だ。
同じものが貰えるとは限らないが、それでも国の慣例から見るに、祝ってもらえることは確実だ。
でもそれは、純粋に喜んでいいものではあるが、尻拭いをしてもらえることが減るということでもある。
「殿下、何故剣を習っているのだと思いますか?」
剣術の授業の休憩中、今日の先生であった、ウォルフガングが唐突にそう聞いてきた。
専属護衛ということもあり、俺に教えてくれることが最も多い彼であったが、そのようなことを聞かれたのは、五年間で初めてのことだった。
やっていたことは今までと変わらないから、俺が何かを失敗したという訳ではなく、純粋にそういう質問なのだろう。
自分の左腰に下げた、木剣の柄に手を添えて、考える。
しかし、然程深くは考えず、五秒ほどで結論を出した。
ウォルフガングの顔を確りと見ながら答える。今の関係は弟子と師匠なので、敬語で。
「自衛のため、でしょうか………?」
「広義ではその通りですが、少し違います」
ウォルフガングは訓練場の一角を指さす。
そちらに顔を向けると、訓練用の木製の、しかし黒く塗られたツヴァイヘンダーを持った男がいた。
「黒刃」ミハイル。
俺のもう一人の専属護衛で、純粋な単独戦闘能力では、ウォルフガングも上回る青年だ。
「剣は――己の守りたいものを護るためにあります」
ミハイルは挑発的な笑みを浮かべ、打ちかかってくる若い男たちを次々となぎ倒す。
乱取りだ。周りの男たちは全て彼の弟子で、多対一なのにも関わらず、未だに一太刀も入れられていないように見える。
そんな彼をウォルフガングが指し示した理由は、共に添えられた言葉から理解できる。
彼は全てを剣で掴み取った。
俺と俺の婚約者であるレイナの専属護衛の地位は、剣術の腕で掴み取ったものだ。
彼と彼の妻であるアリアは、貴族でもあるにもかからわず恋愛結婚だ。彼は先の武闘大会で、「優勝したら結婚を許可する」と言われ、見事にそれを成し遂げたのだ。
彼は剣を己の為に振るう。
普段は真面目に職務についているため、国に捧げた剣だと思われることもあるが、ミハイルは自分の妻の為ならば、迷わずに剣を取るだろう。
否、妻だけではない。
つい先日判明したことだが、アリアのお腹に、もう一つ生命が宿っている。
父親が誰か等は言うまでもないだろう。結婚して二年になるのだ。何も不思議なことではない。
ミハイルは、家族の為に剣を持つのだ。
ウォルフガングに、「では、師匠は何のために?」と問うと、彼は、短く答えた。
夢の為に。
「心に刻みます」
守りたいものを護るためというのは、しっくりきた。
ストンと、胸の中に落ち着いた感じだ。
例えばレイナに危険が迫ったとしたら、俺は剣を握るだろう。
それは勿論比喩で、実際は魔術を使うかもしれない。
でも、護ることには変わりない。ようは、心構えだ。
しばらくの間、ミハイルが無双するのを眺めながら休憩して、弟子たちが沈黙したころに授業を再開した。
ウォルフガングが構えているところに俺が打ちこみ、悪い点を指摘してくれる。彼は他の兵士たちの授業の時と比べると、かなり丁寧に教えてくれるので、非常に分かりやすい。
未だに一度も剣を当てられたことがないので、多少自信がなくなりそうではあるが、それでも着実に上手くなっていると実感はある。
前に、他の兵士にではあるが、一発だけ当てることが出来た。その兵士は同僚に煽られていたが、俺の方は達成感でいっぱいだった。
剣を打ち込み、いなされる。悪かったところのアドバイスを受け、再度剣を打ち込み、またいなされる。そんなことを何度も何度も続ける。
昼食の時間に、カリンが呼びに来るまで授業は続いた。
◆
ところで、今年――王国歴740年は、誕生の年になりそうだ。
あくまでも、俺の周りは、だが。
まず、先に言った通り、アリアが妊娠した。
その子供は、きっとミハイルが護り抜くことだろう。
しかし、それだけではない。
こういっては何だが、俺にとっては本来、こちらの方が重要度が高いものだ。
妹か弟が出来る。
アルトリウスは相変わらずの一夫一妻なので、妊娠したのは俺の直接の母であるリリアだ。
親というからどうにも中年を思い浮かべがちだが、あの二人はまだ二十代だ。子供くらいできるし、順調に進めば出産も問題ないという。
十歳年下の弟か妹だ。
前世では兄弟はいなかったが、きっと可愛いに違いない。
更に、将来の義弟か義妹も出来る。
レイナの母親、ユグドーラ大公爵第一婦人のマリアもまた妊娠したのだ。
彼女もまた、まだ二十代だ。
レイナの弟か妹だ。きっと可愛いに違いない。
非常にめでたいことだが、しかし、どうして皆名前が「○リア」なのだ。ややこしい。
と、母親たちの名前は兎も角。
俺も年齢的な意味で、誰かの上になるのだ。
兄として、あるいは近所のお兄ちゃんとして、尊敬されるような存在でありたい。
そこまで高望みしなくとも、せめて、軽蔑されたり、傷つけたりしないように。
まあ、全ては半年ほど先のことだ。
先ずは、立派な十歳になろう。
そんな風に人知れず誓ったのは、誕生日目前の、何でもない日のことだ。