「黒刃」のミハイル
今日は決勝戦だ。
会場はこれ以上ない程の盛り上がりを見せている。
観客たちが興奮しているのは勿論のこと、博打の筒元が最後に稼ごうと大声を張り上げ、飲食業の売子たちが商品を売り切ろうと必死になっている。
流石に最終日ということで、平民席も、貴族席も、王爵家と大公爵家に用意される専用席も、全部が埋まっていた。
それどころか、階段に座る者がいたり、平民席の後ろの通路で立ってみる者がいたりと満員だ。想定されているものの200%人がいる、といった感じだ。昨日は見なかったが、それまではいつも貴族席には空きがあって、しかし立ち見の者はいたから、120%くらいであっただろうか。
今日は、盛り上がりが根本から違うのだ。
『紳士淑女の皆様!
本日最終日、決勝戦も私ことラファが視界を担当させていただきます!
何卒、何卒よろしくお願いいたしまっす!』
いつもの司会のアナウンスも、今日は弾むようにテンションが高い。
いや、実際に跳ねている。見た目十代後半の、服装的に貴族だろうか、そんな女性がマイクのような見た目の魔道具を片手に、ハイテンションで司会をしているのだ。
声もいつもより大きく、周りの人は流石に耳を抑えつつも、同じように盛り上がっている。
『それでは、選手の紹介と参りましょう!
皆さん既に覚えているかもしれませんが、最後までお付き合いくださいね!
東は、神速の二つ名で呼ばれる凄腕冒険者、クリストフ・シュテムハイゼン!
記念すべき一回戦第一試合の勝者が、最終戦たる決勝戦までやってきたー!』
会場が、特に平民が、その中でも冒険者たちが、兎に角盛り上がる。
やってやれと、実力を見せつけろと、全力で盛り上がる。拍手や指笛までもが聞こえ、それに応えるようにクリストフが右手を上げる。
その手に握られたレイピアの先端が、真直に天上を指した。
『西は、王国軍特務准将、第二王子の右壁、ミハイル・テオバルト・フォン・シュヴァルツシルト!
要人警備を任された最強の兵士が、決勝戦にてどう舞うのかー!?』
会場が、特に貴族が、王国軍の正規兵たちが、否応なく盛り上がる。
意地を見せろと、在野の奴に負けるなと、盛大に叫ぶ。中には楽器を持ち込んだ奴もいて、簡略化した軍歌が流れた。
しかし、ミハイルはそんなものには目もくれず、聞き耳も持たずに、ただ一点を見つめていた。
その先に居たのは、アリアだ。
彼女が手を振ると、ミハイルは拳を上げた。
最終回かな。主人公なのかな、アイツ。
相対する二人が拳を上げた状態になると、会場は絶頂を迎えた。
割れんばかりの声援と興奮の中で、司会だけが冷静に台の上に立ち、腕を振り上げた。
ミハイルとクリストフの纏う雰囲気が変わった。
それを感じたのか、会場も静まり返る。
緊張が迸り、しかし、皆が持つ興奮は抑えきれぬままに。
その時間は長く感じた。
あるいは、永遠にも感じたかもしれない。
『始め!』
審判の腕が振り下ろされる。
衝突は、早い。
会場は一歩遅れて盛り上がる。
攻撃が早いのは、比べるまでもなくクリストフだ。
しかし、ミハイルが振り回す巨大なツヴァイヘンダーは、クリストフの使うレイピアやマンゴーシュでは、受けきれるものではない。
最初の数十撃はクリストフの優勢であったが、ミハイルが一度でも攻撃に移った瞬間、ミハイルの優勢に転じた。小さな剣なので二本使わねば、ツヴァイヘンダーを止められないのだ。
打ち合いは続き、少しずつミハイルが優勢になっていく。
クリストフが戦況を立て直すために後退するが、その隙を狙ってミハイルが一閃。両手剣故のリーチの長さを活かしたのだ。
その剣閃は、相手の左手にある、マンゴーシュを的確にとらえた。
レイピアとツヴァイヘンダーの一騎打ち。
明白に優劣が傾いた。
後は、早かった。
一分もかかっていないだろう。
レイピアが宙を舞い、ツヴァイヘンダーは喉元に突き付けられた。
勝敗は決した。
『勝者、西、ミハイル・テオバルト・フォン・シュヴァルツシルト!』
審判の声が響いた。
会場が最高潮に盛り上がる。同時に、叫んだ。
「ッシャアアアァァアアアアアアア!!!!」
ミハイルの、心の底からの叫び。
拡声器を使わなくても歓声の中で響く大声。
それは勝利への狂喜で、その先を掴んだ欣悦。
まさに、歓天喜地といった様子で、全力で両の拳を上げる。
彼の黒剣が天を示す。
会場は暫くの間、喧噪に包まれた。
そんな中、アルトリウスがふいに立ち上がる。
しばらくすると、大公爵たちがやってきて、王爵家の席の後ろで話し出す。
近くではあったが、会場が五月蠅くて聞き取ることは出来なかった。隣のハインツ兄様に聞いても、彼も首を横に振る。かといって、これ以上近くに寄って良い雰囲気でもなさそうだ。
会場の熱が僅かに冷めてきた頃、彼らは話し終えたようで、最初に開会を宣言した場所に向かった。
今回はアルトリウスだけではなく、四大貴族家の当主全員である。しかし、話すのはその中でもトップだけだ。
彼らが立つと、流石の観客も静まった。アルトリウスは鷹揚に口を開く。
「武闘大会優勝者、ミハイル・テオバルト・フォン・シュヴァルツシルト」
「はっ!」
「正一位王爵家当主アルトリウス・ハルト・フォーラル・ローラレンス、
正二位大公爵家当主ルイス・ジュリアン・フォーニャ・ロマーナ、
正二位大公爵家当主ヘンリー・アッシュ・フォーリア・バウマイスター、
正二位大公爵家当主リーデンハルト・ジャック・フォーガス・ユグドーラ、
以上四人の名において、貴殿に『黒刃』の称号を与える」
「ありがたく拝命致します!」
会場の盛り上がりは再び最高潮となった。
それもそのはずで、四大貴族家当主連名の称号発行は、最高の名誉の一つだ。
名誉なだけで、政治的な力は然程ないことについては、触れてはならない。
名前の安易さについても触れてはならない。
ともあれ、「黒刃」ミハイルは観客席の一角に手を振った。
The END.
なんてな。
ミハイルとアリアならば、結婚を人生の墓場にはしないであろうし。
まだ確定とは言えないが、貴族が恋愛結婚できた時点で、始まりでしかないだろう。うちの両親のことならば、もともと婚約者だからノーカウントだ。
こうして、武闘大会は閉会した。
なんだかんだで楽しい祭りで合ったと思う。
優勝者であるミハイルは、最大の歓声を受けながら、堂々と退場していった。
『第二王子』自体は勿論続きますし、「第二章」ももう数話あります。