闘技場の市場へ 2
よく考えれば、ガムだってゴムの一種である。実物があるわけではない以上、俺の下手くそな説明ではガムが出てきてもおかしくはなかった。
しかし、どうするべきだろうか。
確かに、俺が求めていたものとは違うが、これもまたこの世界では初めて見るものなのである。いや、日本にいた時も、自然由来の感じのガムではなく、所謂ガムベースだったから本当に初めてかもしれない。
「ガクルは、種類とかは無くて、これだけなのですよね?」
「そうだな。ガクルはガクル一種類で、仲間みたいなものはない」
当たり前か。
すると、残念ながら、ゴムタイヤを作ることは不可能そうだ。
もしかしてだけど、タイヤって合成ゴムだったかな。ゴムについては詳しくないから、良く分かっていないのだけど、どのみち無理だったのかもしれない。そう思うことにしよう。
その分、サスペンションは頑張ろう。
リーフ式サスペンション――所謂板バネは簡単な構造だしな。王都に戻ったら、腕の良い鍛冶師を探すことにしよう。
ここでの成果は、狼牙族を見ることが出来たから、良しとしようか。獣人族なんて初めて見た。戦国時代に南蛮人を見た人たちも、こんな気持ちだったのかもしれない。
見られる方は微妙な気持ちかもしれないが、でも、やっぱり見てみたいよな。少し前まで、自分の中では空想の存在だった訳だから。
この世界では存在すると文献では分かっていたけれど、そういうことではないだろう。
閑話休題。
ガクルはどのように使うものなのか、店員に聞いてみると、やはりガムだと確信した。
「口が寂しい時に噛んだりする。後は、そうだな、噛んでいると力が入れやすくなるぞ」
ガムを噛んで力を増すというと、アメリカの野球選手みたいな感じだろうか。
あくまでも俺のイメージだけれど。
この世界の人間は、魔力関係以外はおおよそ前世と同じだから、歯を食いしばっていれば力が増すというのも本当なのだろう。
本来求めていたものとは違うが、とりあえず買って見ることにする。
何かの役に立つかもしれないし、なによりガムなんて久しぶりだ。
ガクル担当の方の狼牙族、ミックに値段を聞いて、お金を渡す。
価格は、一箱で銀貨一枚。つまるところ一万ロルクだ。
決して安いとは言えないが、他の国から態々持ってきたことを考えると、妥当な額であろう。
口に含んで噛んでみると、変な味がするということはなかったが、美味しい味がするわけでもなかった。
端的に言えば無味無臭で、どちらかといえばマズい。
あえて食べたいとは思わないが、思い出補正で口に含んでいる感じだ。最初から味がないガムは初めて食べたがな。
「……ウォルフガング、お前はどう思う?」
同じくガムを口に含んだウォルフガングに問いかけると、彼は無表情のままに言った。
「悪くないですね。自分は好きです」
思えば、ウォルフガングは紅茶よりも、タンポポ茶を好むような感じだ。変なものが好きなんだよな、こいつ。
しかし、味覚がおかしいという訳ではなく、美味しいものも美味しいと感じるらしい。
この国で美味しいものといえば、個人的な好みではヴルストだと思うのだが、彼はそれも好物だという。雑穀混じりの黒パンよりも、小麦100%の白パンの方が好みだという。
統一性のない味覚をしていると思う。
ウォルフガングの味覚はさておき、用が済んだ俺たちは、店員の狼牙族たちに礼を言ってその場を去った。
すぐに宿に戻るのではなく、その日は一日中、市場を冷やかして回った。
興味深い物もいくつかあったが、どちらかというと、多種多様な人に驚かされた。
人間しかいない舞踏会では勿論、王爵家に専用の席がある武闘大会でも、近くで見ることがなかったが、闘技場はアメリカも泣いて逃げ出すレベルの人種の坩堝だった。
多い順に並べると。
一番目が、地球人類と同じ見た目をした、この国の主、我々「人間族」。
二番目が、毛深い人間に、哺乳類の耳と尻尾が生えている「獣人族」。
三番目が、肌の一部に鱗があり、角や爬虫類の尻尾が生えている「龍鱗族」。
四番目が、背中に巨大な翼を持つ、天使のような外見の「天翼族」。
五番目が、優れた容姿と、僅かに尖った耳を持つ「妖精族」。
ほかにも様々な種族がいた。
ローラレンス王国の主である人間族が、半分以上であるので、眺めるように見るだけでは見つかりにくいが、兎に角たくさんの種族が居たのだ。
柄にもなく興奮した。
流石に騒ぐようなことはしなかったが、ワクワクしてソワソワして、落ち着きがなくなっていたことであろう。
一通り楽しんで宿に戻った。
その後の舞踏会で、ミハイルが今日の試合でも勝ったと聞いた。
いよいよ、明日は決勝戦である。