闘技場の市場へ 1
護衛の二人が対決した次の日のこと、俺はその負けた方であるウォルフガングと共に、闘技場の市場に繰り出した。
闘技場の市場というと、なんとなくモヤッとすることもなくもないが、「闘技場」という名前の街なのだから、こればっかりは致し方無い。
勝った方であるミハイルの応援もしたいが、やりたいこともあるので、俺は市場を優先した。
ミハイルならば、勝てると信じている。アリアの家とあんな約束もしていたことだし、英雄気質というか、主人公気質のある彼ならば、優勝をもぎ取るだろう。
流石に、明日の決勝は見に行こうと思う。
俺の贔屓目もあるが、昨日の試合が最高の試合であるかもしれないけれど、それでも完全勝利の瞬間は別格だろう。
さて、闘技場の話に戻ろう。
ここの市場は、朝市がピークではあるが、日が暮れるまでずっと賑やかである。普段は店も殆どなくて静かな街だそうだが、今は闘技大会という、王国最大の祭りの真っ最中だ。
店舗の殆どは行商人による露天である。
しかし、それに止まらず、普段は固定の店舗を持っている大商会すらも、巨大なテントで臨時の店舗を作って商売をしている。
出資してもプラスになる、これ以上ない稼ぎ時というわけだ。
俺が最初に足を向けたもの、そんな大商会の一つだ。
ケスラー商会――王都で、レイナのネックレスや、カリンとアリアのバレッタを買った、あの商会である。あの後も、なんだかんだで何度も利用して、常連になっていたりする。
俺の身分が身分なので、毎回、商会長であるカールが直接対応してくれて、彼とはそれなりに仲良く出来ていると思う。彼もここに来ているというから、先ずは情報を仕入れようと思うのだ。
もしも、ここで取り扱っているならば、買うので良いだろうしな。
テントの中に入ると、店全体を見れる位置に立ったカールが、俺に気付いて営業スマイルを浮かべながら近づいてきた。営業スマイルといっても、客に対するある種の敬意から出る、不快感のない笑みだ。
俺はいつも王都でするように、軽く挨拶をして、本題を切り出した。
知りたい情報は、「ゴム」があるかどうか。ゴムの説明をして、それに近いものを知らないか、どこで売っているか知っているかを彼に尋ねる。
「ふむ……」
彼は暫く考えて、残念ながら今は取り扱っていないと、前置きをしたうえで言った。
「恐らくは、『ガクル』のことでしょう。国内では採れないものですが、外縁の方に獣人族が纏まって露店を開いているところがあるらしいです。そこならば、売っている可能性も高いかと」
つまり、こういうことだ。
ゴムと思われるものは、この世界ではガクルと呼ばれるものらしい。
ガクルはローラレンス王国内では採れない。
ローラレンス王国は人間族の国なので、他の種族が集まるところならば、国外の商人が集まっているところだから、ガクルもあるかもしれない。
「成る程」
見ればわかるとのことで、大雑把な場所だけ聞いた。
王都とは反対側の外縁に、彼らはいるらしい。
情報料はどれくらい欲しいかと聞くと、カールは要らないと言った。なんでも、俺がよく利用する店として、王都で評判になっているとかなんとか。俺の力と言っていいのか微妙だが、お言葉に甘えることにしよう。
「ありがとう。また買うものがあったら来るよ」
「ええ、これからもご贔屓の程宜しくお願い致します」
カールに礼を言って、ウォルフガングと二人で歩き出す。
しかし、何といっても人混みで歩きにくい。
人の流れを見て、ゆっくりと目的地に向かう。ウォルフガングは無言で、俺の後ろにピッタリとくっついてきた。優秀過ぎる護衛だ。
しばらく歩くと、成る程確かに、純粋な人間ではない者たちが密集して、露店を開いている場所があった。
一人二人で露店を開いている異種族もいたので、特に決まっているわけではなく、彼らが自主的に集まった結果であろう。
そこにいた彼らは、犬耳がついていた。たれ耳ではなく、日本犬のような尖った耳だ。
これが日本であったならばコスプレと断定するところだが、ここは生憎と異世界だ。その耳は本物であろう。
今までに読んだ本の情報を信じるとすると、彼らは恐らく、「狼牙族」と呼ばれる種族である。獣人族の中の狼牙族だ。
ややこしいかもしれないが、ニュアンスとしては、人間族の中にも白人族・黒人族・黄人族とあるというのことだ。ちなみに俺は白人族だ。――まあ、人間族は肌色が違うだけなので、あえて区分するのは学者くらいであるが。
狼牙族は「人間の体に、狼の耳と尻尾があり、腕と脚が少々毛深く、鋭い犬歯を持っている」という外見をしている。つまり、彼らのものは犬耳ではなく狼耳だ。
「こんにちは」
「こんにちは、坊主。何か買いたいものがあるのか?」
俺に話しかけられた青年は、笑いながら問いかけを返してきた。
笑った時に鋭い犬歯が見えたから、やはり狼牙族だろう。
「ガクルというものが欲しいのですが、ありますか?」
「それならばミックのところで売っている。……おい、ミック! ガクルあるよな!?」
「ああ、あるぞ! 持っていこう!」
最初に話しかけた青年が、ミックという青年に声をかけると、すぐにミックと思われる狼牙族の青年がやってきた。
箱に入れられたままに持ってこられたガクルをみると、それは確かにゴムではあったが、チクル的というか……。うん、「ガム」だなこれ。