護衛V.S.護衛
アネモネの謝罪を受けた次の日、俺はいつも通り武闘大会の試合を観戦していた。
しかし、いつもならば隣で観戦しているハインツ兄様が居ない。
その理由はハインツ兄様本人から聞いた。
曰く、「『才媛』と直接話をしてこようと思うんだ」と。
納得は出来た。ハインツ兄様はアネモネのことを気に入っていたし、一回くらい直接話をしようと思っても、なんら不思議なことはない。
しかし、不安だ。
ハインツ兄様はつまるところ「自分が強い女性」が好みなのだから、今の、俺に打ちのめされて弱っているアネモネは好みではない可能性も高い。勿論、しおらしい状態の彼女に対しては、俺も不快感や嫌悪感は然程ないのだが。
でも、恐らくは、勝気で調子に乗っているアレも素だと思う。
やはり、不安だ。
ハインツ兄様ならば、その完璧超人スキルを発揮して、彼女を慰めて万全な状態に仕上げてくる予感もする。
それでいいのか――国の方針としては問題ないのか。
ともあれ、俺がハインツ兄様についていくことはない。
理由は二つだ。
一つ目は、人の恋路に口出しは不要だということだ。
ハインツ兄様が、直接話し合った上でもアネモネのことが好きだというのならば、俺の口出しすることではない。
そもそも、相手の気持ちが分からないのだから、断られる可能性だって、零ではない。――まあ、彼が振られる姿がどうにも想像できないのだが、世の中には絶対などないのだ。
二つ目は、今日の試合の内容だ。
武闘大会自体は流し見する程度でも良いと思っているのだが、例外はある。
今日の第三試合のマッチングが、俺としては絶対に見逃せない組み合わせだったのだ。
ミハイル対ウォルフガング――俺の専属護衛である二人が戦うというのだ。
そんなわけで、今日は試合を見ることに集中していた。
といっても、第一試合、第二試合は俺にとっては然程重要ではなかった。そんな感じであっても、このレベルになると接戦で、素晴らしく面白いのだが。
第二試合が終了して少し経過して、いつも通りの司会がこだまする。
『四回戦第三試合の選手は、東より、王国軍特務准将、第二王子の右壁、ミハイル・テオバルト・フォン・シュヴァルツシルト!』
金髪の護衛は、軍服を少しばかり着崩して立っていた。
動きやすさを重視した、質は良いと思われる黒色ベースの上下に、胸当てや籠手といった、最低限の防具だけを身に着けている。
右肩には階級章、左胸には勲章が光る。
両手で握りしめるのは黒色の両手剣。
軍の配給品ではなく、ミハイルの私物だ。彼はいつもそれを使っていて、俺にとっては最も見慣れた剣の一つだ。
『対して、西より、王国軍特務准将、第二王子の左壁、ウォルフガング・アーデム・フォン・レーヴェンガルド!』
茶髪の護衛は、軍服をきっちりと着こなして立っていた。
服装そのものはミハイルのものと全く同じだが、ウォルフガングの方が真面目な印象や、清潔な印象を受ける。更に、腰に短剣をもう一本下げている。
右手で握りしめるのは銀色の片手半剣。
軍の配給品ではなく、ウォルフガングの私物だ。彼もまた、いつもそれを使っていて、俺にとっては最も見慣れた剣の一つだ。
一見しただけでは配給品と同じにも見えるのだが、彼のものは強度も切れ味も段違いだ。
しかし、二人とも右壁とか左壁とか呼ばれているのか。初めて知った。
審判が台に立ち、会場に緊張が走る。
二人が構える。
審判は腕を振り下ろした。
『始め!』
直後――金属のぶつかる音が連続して響いた。
一秒に三回は当たっているだろう。
正直、俺には理解の出来ないレベルだった。
しかし、その打ち合いは長く続いたため、俺にも段々と見えてきた。人間の目は慣れる。
一撃が重いのは、剣が大きいミハイルだ。しかし、それは取り回しが悪いことも意味する。ミハイルが二発打ち込む間に、ウォルフガングは三発撃ち込むことが出来ている。
その結果は、互角だ。
実際にはどちらかに偏っているのかもしれないが、所詮二年間しか剣術をやっていない俺は、まだそれを見極められる次元にはなかった。
分かることは、二人とも凄まじく強いということだけだ。
この二人が俺の専属の護衛だと思うと、頼もしくあり、同時に過保護だなとも思う。――もっとも、過保護にされるのは半ば自業自得なのだが。
戦況は停滞していた。
ミハイルが型破りな動きで攻めるも、ウォルフガングの型にハマった動きに阻まれると言った感じだ。
うん、段々と理解できて来た。
ミハイルの動きは、面白い。読むことが難しい。
しかし、それにもかかわらず洗練された動きでもある。ツヴァイヘンダーという、上級者向けの武器を軽々と取り回し、的確な攻撃を入れている。
基本を押さえつつも、我流を極めたと言った感じだ。
ウォルフガングの動きは、読みやすい。しかし、隙は無い。
完璧な型通りの動きだ。それは先を読まれやすいということなのだが、長い間受け継がれてきた「型」には、それだけの良さがある。弱点に対するリカバリー方法というのも、必ず研究されている。
極めれば隙は無い。そんなことを体現したようだった。
長い試合だった。
しかし、段々と戦況の偏りが見えてきた。
ミハイルの攻撃が加速し、ウォルフガングは専守防衛に徹さざるを得なくなった。
暫くの打ち合いの後、ミハイルの一閃で、ウォルフガングのバスタードソードは宙を舞った。
彼は腰からダガーを抜いた。用意周到なウォルフガングは、まだ諦めてはいないのだ。
それで反撃に出たのだが、しかし、ミハイルの攻撃はダガーでは止められないものだった。
ツヴァイヘンダーの腹で思いっきり殴りつけた。
ウォルフガングの体躯は宙を舞った。その冗談のような身体能力で受け身こそ取ったが、勝敗は決した。
喉元にツヴァイヘンダーが突き付けられる。
審判の声が響いた。
『勝者、東、ミハイル・テオバルト・フォン・シュヴァルツシルト!』
贔屓目もあるかもしれないが、今までで一番凄まじい試合だったのではなかろうか。
二人は剣を下ろし、立ち上がり、握手を交わした。
二人で仲良く退場していった。ウォルフガングがミハイルの背中を軽く叩いた。ミハイルが腕を掲げた。
会場は沸いた。
こうして、護衛二人の試合はミハイルの勝利で終わった。
細かい心境は二人に聞かないと分からないが、少なくとも見ている側としては、面白く気持ちの良い試合であったと思う。
後、こういうことを考えるのは失礼なのかもしれないが、彼らのどちらかが負けたということは、俺はようやく自由行動がとれるようになった。
明日は、ウォルフガングには悪いけれど、市場の方を見に行こう。