表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/126

アネモネ

 アネモネと踊っても良いものか、レイナに目配せすると、彼女は肯きを返してくれた。

 特別何かを企んでいるという訳でもなさそうだから、アネモネに対して手を差し出した。


「ありがとうございます」


 アネモネは弱々しく笑い、俺の手を取った。

 彼女は最初、無言であった。

 何かを言おうとは思っているのだが、言い出しずらいという感じであった。


 しかし、そんな感じでもあるにも関わらず、彼女とは踊りやすかった。今までどこかで会ったということもないし、ここ数日は小競り合いというか、決して良好な関係とは呼べないものであった。

 にもかかわらず、アネモネとは踊りやすいのだ。

 そういったところでふと、やはりアネモネは「才媛」であるのだと痛感する。あの魔術を見た時には、彼女は魔術であの称号を得たものだと思っていたのだが、それだけという訳でもなさそうだった。


 曲の一番が終わり、二番に突入したころ、彼女はポツリポツリと語り始めた――。







 私はユーベルヴェーク子爵家の三女として生まれました。

 というと聞こえがいいかもしれないけれど、私は正妻の子ではありませんし、私が生まれた時にお母様は死んでしまいました。

 そして、両親のものとは違う色の髪と瞳を、私は持っていたのです。


 家族からは疎まれて育ちました。

 そのうえに日光に弱く、外に出ることが出来ませんでしたし、目が悪くて、文学や絵を楽しむことも難しかったです。

 内向的で暗かった私を変えてくれたのは、お父様の仕事で訪れた大公都の、責任者でもある人。


 ロマーナ大公爵は私が外に出られないという話を聞いたとき、魔術を教えてくれたのです。

 それは五歳の時だったでしょうか――初めて魔術を使った日に、私は上級魔術まで使うことが出来ました。

 その時の大公様の驚く様を、私はとても強く覚えています。


「この子は天才だぞ!」


 年齢にも立場にも不釣り合いだったけれど、大公様はとても興奮した調子でそう言いました。

 その日、大公様とお父様が話し合ったらしく、私は大公様のもとで暮らすことになりました。家族と離れると聞かされた時、そんな扱いでしたから、思いのほか悲しくはありませんでした。


 私と大公様の関係は、弟子と師匠。

 侍女と同等の部屋を与えられ、雑用は色々と覚えなければなりませんでしたが、教育等も与えられて、子供にも近い扱いを受けました。――もちろん、今も。

 午前は色々と教育を受け、午後は大公様が直々に魔術を教えてくれます。


 弟子になって、大公様が初めに教えてくれた魔術は「視力強化」でした。

 今まで見えなかった世界が見えるようになって、バルコニーから眺めた美しい大公都の景色は、決して忘れることが無いでしょう。


「わぁ……!」


 感動する私に、もう覚えたのかと驚きつつも、大公様は笑って言いました。


「これが魔術だ。誰かを喜ばせたり、驚かせたりする、不思議な力だ」


 私はそんな力を自在に使えるようになりたいと、より一層頑張りました。

 「光量操作」の魔術を教えてもらい、外に出ることも出来るようにもなりました。

 魔術も、それ以外も全力で取り組みました。

 そして私は一年で、様々な教育を前倒しに履修して、魔術は特級魔術まで全て覚えることが出来ました。


 そんな私を大公様は「最高の原石」と称し、「才媛」をいう称号を与えてくださいました。

 初めて、明確に、期待されていると感じました。

 自分は一番であると、自信を持って思うことが出来たのです。


 そんな時、私は二つの影を見ました。


 一つは、自分の名前です。

 アネモネという言葉には、古い言葉で「見捨てられたもの」という意味があるそうです。

 私は家族に、見捨てられていたのかもしれません。ただ、大公様が拾ってくれたと言うだけで。


 一つは、「神童」の存在です。

 そう呼ばれる王爵家の次男は、非常に優れた頭脳と、魔術の才能を有すると聞きました。

 それはきっと、私と同等の存在であると直感しました。


 それらが合わさったとき、強い悪寒を覚えました。

 一番は一人で充分なのです。

 もしも、私と同じレベルの人間がいるならば、私は「最高の原石」ではなくなってしまう。

 そんなの、「才媛」ではない。

 大公様は一番ではない私を見捨てないでいてくれるでしょうか。そんな保証はどこにもありませんでした。


 私は「神童」に勝とうと誓いました。

 今まで以上に努力もして、勝つ自信もありました。

 そして、戦いを挑み、自分の最も得意な魔術を指定されたとき、勝利を確信しました。超級魔術までも使えるようになった私に、複合魔術であれど一発の威力で勝るはずがないと思ったのです。

 しかし、結果はこの通りです。


 すべては、私の空回りだったのです。







 彼女はもはや、涙も枯れたと言った様子だった。

 五番まである長い曲がちょうど終わり、彼女は頭を下げた。


「殿下、申し訳ありませんでした」


「いや……いいよ。過ぎたことだから」


 準決闘で全ての決着はついたのだ。

 恨みっこ無しで、勝者は俺。ただ、それだけの記録が残るのみである。

 第一印象から受けた好悪の話は置いておいて、あの程度のことならば、謝られて許せないほどに心は狭くない。


「ありがとうございます。では、レイナ様にもそうお伝えください」


 彼女は最後に薄く笑いながら、そう言い残して、舞踏会の雑踏に去っていった。


 しかし、古い言葉か。

 アネモネという花の花言葉が、彼女の言った名前の意味と同じだったような気がする。細かいニュアンスは違うかもしれないが、おおよそあんな感じだった。

 地球の花言葉が、この世界の古い言葉に関係があるのか、偶然の一致か。


 思いがけないところで、疑問を抱えてしまった。

 検証する方法もないし、緊急性も低そうなので、頭の隅に留める程度にしておこう。

 俺はアネモネが去った方を一瞥(いちべつ)して、レイナが待っている方へ戻った。

 次の曲が流れだしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ