アネモネ
アネモネと踊っても良いものか、レイナに目配せすると、彼女は肯きを返してくれた。
特別何かを企んでいるという訳でもなさそうだから、アネモネに対して手を差し出した。
「ありがとうございます」
アネモネは弱々しく笑い、俺の手を取った。
彼女は最初、無言であった。
何かを言おうとは思っているのだが、言い出しずらいという感じであった。
しかし、そんな感じでもあるにも関わらず、彼女とは踊りやすかった。今までどこかで会ったということもないし、ここ数日は小競り合いというか、決して良好な関係とは呼べないものであった。
にもかかわらず、アネモネとは踊りやすいのだ。
そういったところでふと、やはりアネモネは「才媛」であるのだと痛感する。あの魔術を見た時には、彼女は魔術であの称号を得たものだと思っていたのだが、それだけという訳でもなさそうだった。
曲の一番が終わり、二番に突入したころ、彼女はポツリポツリと語り始めた――。
◆
私はユーベルヴェーク子爵家の三女として生まれました。
というと聞こえがいいかもしれないけれど、私は正妻の子ではありませんし、私が生まれた時にお母様は死んでしまいました。
そして、両親のものとは違う色の髪と瞳を、私は持っていたのです。
家族からは疎まれて育ちました。
そのうえに日光に弱く、外に出ることが出来ませんでしたし、目が悪くて、文学や絵を楽しむことも難しかったです。
内向的で暗かった私を変えてくれたのは、お父様の仕事で訪れた大公都の、責任者でもある人。
ロマーナ大公爵は私が外に出られないという話を聞いたとき、魔術を教えてくれたのです。
それは五歳の時だったでしょうか――初めて魔術を使った日に、私は上級魔術まで使うことが出来ました。
その時の大公様の驚く様を、私はとても強く覚えています。
「この子は天才だぞ!」
年齢にも立場にも不釣り合いだったけれど、大公様はとても興奮した調子でそう言いました。
その日、大公様とお父様が話し合ったらしく、私は大公様のもとで暮らすことになりました。家族と離れると聞かされた時、そんな扱いでしたから、思いのほか悲しくはありませんでした。
私と大公様の関係は、弟子と師匠。
侍女と同等の部屋を与えられ、雑用は色々と覚えなければなりませんでしたが、教育等も与えられて、子供にも近い扱いを受けました。――もちろん、今も。
午前は色々と教育を受け、午後は大公様が直々に魔術を教えてくれます。
弟子になって、大公様が初めに教えてくれた魔術は「視力強化」でした。
今まで見えなかった世界が見えるようになって、バルコニーから眺めた美しい大公都の景色は、決して忘れることが無いでしょう。
「わぁ……!」
感動する私に、もう覚えたのかと驚きつつも、大公様は笑って言いました。
「これが魔術だ。誰かを喜ばせたり、驚かせたりする、不思議な力だ」
私はそんな力を自在に使えるようになりたいと、より一層頑張りました。
「光量操作」の魔術を教えてもらい、外に出ることも出来るようにもなりました。
魔術も、それ以外も全力で取り組みました。
そして私は一年で、様々な教育を前倒しに履修して、魔術は特級魔術まで全て覚えることが出来ました。
そんな私を大公様は「最高の原石」と称し、「才媛」をいう称号を与えてくださいました。
初めて、明確に、期待されていると感じました。
自分は一番であると、自信を持って思うことが出来たのです。
そんな時、私は二つの影を見ました。
一つは、自分の名前です。
アネモネという言葉には、古い言葉で「見捨てられたもの」という意味があるそうです。
私は家族に、見捨てられていたのかもしれません。ただ、大公様が拾ってくれたと言うだけで。
一つは、「神童」の存在です。
そう呼ばれる王爵家の次男は、非常に優れた頭脳と、魔術の才能を有すると聞きました。
それはきっと、私と同等の存在であると直感しました。
それらが合わさったとき、強い悪寒を覚えました。
一番は一人で充分なのです。
もしも、私と同じレベルの人間がいるならば、私は「最高の原石」ではなくなってしまう。
そんなの、「才媛」ではない。
大公様は一番ではない私を見捨てないでいてくれるでしょうか。そんな保証はどこにもありませんでした。
私は「神童」に勝とうと誓いました。
今まで以上に努力もして、勝つ自信もありました。
そして、戦いを挑み、自分の最も得意な魔術を指定されたとき、勝利を確信しました。超級魔術までも使えるようになった私に、複合魔術であれど一発の威力で勝るはずがないと思ったのです。
しかし、結果はこの通りです。
すべては、私の空回りだったのです。
◆
彼女はもはや、涙も枯れたと言った様子だった。
五番まである長い曲がちょうど終わり、彼女は頭を下げた。
「殿下、申し訳ありませんでした」
「いや……いいよ。過ぎたことだから」
準決闘で全ての決着はついたのだ。
恨みっこ無しで、勝者は俺。ただ、それだけの記録が残るのみである。
第一印象から受けた好悪の話は置いておいて、あの程度のことならば、謝られて許せないほどに心は狭くない。
「ありがとうございます。では、レイナ様にもそうお伝えください」
彼女は最後に薄く笑いながら、そう言い残して、舞踏会の雑踏に去っていった。
しかし、古い言葉か。
アネモネという花の花言葉が、彼女の言った名前の意味と同じだったような気がする。細かいニュアンスは違うかもしれないが、おおよそあんな感じだった。
地球の花言葉が、この世界の古い言葉に関係があるのか、偶然の一致か。
思いがけないところで、疑問を抱えてしまった。
検証する方法もないし、緊急性も低そうなので、頭の隅に留める程度にしておこう。
俺はアネモネが去った方を一瞥して、レイナが待っている方へ戻った。
次の曲が流れだしていた。