準決闘後の舞踏会にて
武闘大会中は毎晩舞踏会があるわけだが、今日はなんだか少し雰囲気が違った。
よく知る人物を中心に、大勢の若い貴族たちが集い、酒杯を掲げている。
そして、中心人物が言い放った言葉がこれだ。
「我らが『神童』ヴァイス殿下の勝利を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
その金髪の中心人物――ミハイルは酒杯を傾けて、一気に内容物を飲み干す。周りの男たちも同じように酒杯を傾けて、女たちはもう少し大人しい飲み方をした。
俺もその集まりの中にいて、酒杯に注がれた、果実水を大人しく飲んだ。流石にノンアルコールだったので、そこは安心だ。
しかし、一体この集まりは何なのだろうか。
俺が名前を知っているのは、六人――レイナ、カリン、アリア、ミハイル、ウォルフガング、フランツィスカ――だけである。
他は大半が若い男たちなのだが、正直なところ誰なのか分からない。顔を見たことがある者は数人いるが、それでも名前までは分からない。
円の中心にいるミハイルに聞くのが筋なのかもしれないが、なんだか盛り上がってしまって、中心までは行きたくない。盛り上がりの当事者である、俺が入り込み辛いと思っているのだが、この集まりは大丈夫なのだろうか。
なので、外縁の方で、男性にしては例外的に大人しく酒を飲んでいたウォルフガングに聞くと、彼やミハイルの「自称弟子」たちだという。今の武闘大会で未だに勝ち残っているため、剣を生業とする貴族の子弟たちが、押しかけてきたのだそうだ。
是非を答えずに放置していたら、この取り巻きのような状態になってしまったという。
「お前ら、ヴァイス殿下に忠誠を誓う覚悟はあるか!? あるならば右手を上げよ!」
「「「オォー!!!」」」
「何勝手に俺を祀り上げた派閥を作っているんだ!? 止めろ!」
流石に悪乗りが過ぎたので、思わず声を荒げてしまった。
俺は政争には巻き込まれたくないから、派閥などは真っ平御免だ。今の小さな集まりでワイワイやっているくらいが心地よい。
ずっと一緒に居られると思うほど楽観的ではないが、こんな幼い時から、軍事派閥の代表に祀られるつもりもないぞ。
ミハイルは俺に目で謝罪すると、なんだかんだで別の方向に盛り上げて、騒ぎ始めた。
隣でウォルフガングが溜め息を吐いて、頭を下げた。
「申し訳ありません。ミハイルは殿下の前では取り繕っていますが、基本的には英雄気質のお祭り男なので……」
「ウォルフガングが謝ることではないよ。それに、祝ってくれること自体は嬉しい」
ただ、派閥紛いなものを作ろうとしたのが、嫌だっただけだからな。
皆はもっとハインツ兄様の優秀さを具体的に理解するべきだ。そうすれば、俺は憂いなく、やりたいようにやることが出来るのだから。常識的な範囲で。
苦笑いをしながら、集まりの外縁部から、中心を眺めていると、ウォルフガングとは反対側の隣から声をかけられた。
そこにはレイナが居て、その後ろにはニコニコ笑っているアリアと、口元が僅かにニヤけているカリンが立っていた。
レイナは少し恥ずかしそうに、微笑みながら言った。
「ヴァイス様、一緒に踊りませんか?」
後ろの二人が少々不安材料ではあったが、レイナの言葉には悪意を感じなかった。
レイナに頷きを返して、手を差し出すと、彼女は手を取って講堂の真ん中の方へ移動した。
まだ曲の途中であったので、リズムを取りながら、少しずつ踊りを乗せていく。
ゆったりとした音楽に合わせて、静かなステップを刻む。
今、演奏されている曲は、基本的な動きばかりなので、途中からでも簡単だった。
しばらくの間音楽に身を任せて、二人で一つの生き物のように、くるくると規範通りに踊る。アレンジを入れられるほどの実力はないが、習った通りならばほぼ完璧だ。
本当はアレンジどころか、オリジナルで踊っている人も少なくはない。
そういったひとは、プロか、夫婦である。ある程度の規範があるのは、初めて踊る相手とも上手く踊る為だ。
俺たちも一緒に居る年数だけならば負けていないかもしれないが、如何せん踊っている年数が足りないのだ。
曲が終わって、最後のステップを踏み終わった後、レイナが不自然に身を寄せてきた。
思わず受け止めようとするが、彼女はバランスを崩したわけでも無いようで。
不意に、頬に柔らかい感触を覚えた。
すぐに密着と呼べる状態からは離れた。
少し頬を赤く染めたレイナは、最高に嬉しそうに笑った。
「勝利おめでとうございます。やっぱり、ヴァイス様は凄いです」
思考が鈍ってしまい、すぐに返答することが出来なかった。
状況を整理して、不自然にならない程度には早く再起動出来たと思うが。
本当に勝ってよかったと思う。
思考が鈍った原因ではなく、彼女の笑顔を見ることが出来たという意味で。
俺も心からの笑顔で、彼女に返した。
「ありがとう。勝てて良かったよ」
するとレイナは顔の赤みを深め、少しばかり照れくさそうに笑った。
俺も恥ずかしさが増してきて、多分、顔も赤くなっていたと思う。
それを紛らわすために、次の曲に身を投じた。アップテンポで楽しい印象の曲だった。
しばらくの間、何曲か踊り続けた。
恥ずかしさも無くなって、踊ること自体にも満足した時、俺たちに近づいてくる人物がいた。
同年代の少女、「才媛」アネモネ。
最初に会った時や、準決闘の時にあった、絶対的な自信のようなものは感じられなかった。
「殿下、一曲お相手していただけないでしょうか?」
赤い目を更に赤くした彼女は、弱々しくそう言った。